第64話:皆様の帳面を、拝見させていただきますわね
最初にいらしたのは、ジョゼフ翁でしたわ。十三話の、セルヴァン岬の灯台守ですの。八十を、いくつか越えていらっしゃいますわ。
その方が、麻袋を、二つ、背負って、監査庁の階段を、上ってこられましたの。
「ジョゼフ様。お迎えを、出しますと、お手紙に」
「わしの日誌に、他人の手は触らせん」
……三十年分、ございましたわ。灯台の点灯と消灯。風向き。沖を通った船の、灯りの数。
毎晩、同じ形で、三十年。
「読める者は、わししかおらん。だから、わしが来た」
二人目は、セルヴァンのパン屋の女将ですの。十五話で、検査札の分の三十四クローネ七十を、お返しした方ですわ。
「監査官様。……あんとき、返してもらった三十四クローネ、あれね」
「はい」
「窯、直したんですよ。今、うちのパン、隣の町まで売ってます」
女将は、仕入帳を、二十二冊、包んで持ってこられましたわ。紐が、新しゅうございましたの。
……この日のために、括り直してくださいましたのね。
三人目と、四人目は、一緒にいらっしゃいましたわ。二十一話の、ハンスさんと、マルタさんですの。グランツベルク領の、水車小屋と、寡婦の方ですわ。
「奥様。……いえ、監査官様」
「どちらでも、構いませんのよ」
「うちの通い帳、粉の目方しか書いてねえんですが」
「それで、十分ですわ」
村の通い帳には、粉を挽いた目方と、代金と、それから、代官へ納めた分が、書いてございますの。その「代官へ納めた分」が、月末に、少しだけ、多い月がございますわ。
三十年、ずっと。
マルタさんは、小さな帳面を、両手で、持ってこられましたの。
「うちのは、亭主の。……納屋番でしたから、大したもんじゃ」
「マルタ様」
私、その帳面を、両手で、受け取りましたわ。
「大したものですのよ。……この国で、いちばん」
五人目は、マチルダ院長ですわ。二十七話の、聖アガタ孤児院の、老シスターですの。
「監査官殿。うちには、大きな帳簿はございません」
「存じておりますわ」
「ただ、寄進を、いただいた日付だけは、書いております。……いただけなかった日付も」
私、その頁を、見ましたの。月末の欄に、印が、ございませんわ。
毎月、末日だけ、寄進が、ぱたりと、止まっておりますのよ。三十年、ずっと。
……上納の日ですのね。あの日は、教会にも、金が、回りませんの。
六人目は、いらっしゃらないと、思っておりましたわ。夕方、階段の下に、立っておられましたの。
黒い上着で、帽子を、手に持って。ずいぶん、痩せておられましたわ。
「……奥様」
「トマ」
一話の、あの夜以来ですわ。この方は、私が離縁される三月前に、解雇されておりましたの。十六話で、そう伺いましたわ。
「お手紙を、いただきまして」
「ええ」
「あの……一年、迷っておりました」
トマは、帽子を、握っておりましたの。
「奥様が、あの晩、仰いましたでしょう。給金の未払いが出たら、いつでも知らせて、と」
「申し上げましたわ」
「出ておりました」
……ええ。
「三月分、出ておりました。私と、下女が四人と、庭番が二人。……ですが、お知らせ、できませんでした」
「なぜですの」
「奥様も、追い出された側でしたから」
私、扇を、開きましたわ。この方は、一年、そのことを、抱えていらしたのですわね。
「トマ。……あなた、帳面は」
「ございます」
トマは、上着の内から、薄い帳面を、出されましたの。
「解雇されました日から、書いております。誰に、いくら、未払いがあるか。……いつか、どなたかに、伺われるかもしれませんので」
私、それを、受け取りましたわ。最初の頁に、七人の名前と、額が、ございましたの。
合計、四百二十六クローネ。……そして、その下に、もう一つ、欄がございましたわ。
『公爵家より、月末、青鷺亭へ運びし包み』
「トマ。これは」
「執事でしたから。使いを出しましたのは、私です。……中身は、存じません。ただ、日付と、目方だけは」
三月分。毎月、末日。
目方まで、書いてございますのよ。
その晩、監査庁の広間に、帳面が、積まれましたわ。灯台の日誌が三十年分。パン屋の仕入帳が二十二冊。水車小屋の通い帳。納屋番の覚え。孤児院の寄進の記録。執事の、四百二十六クローネの帳面。
誰も、規程を、御存じありませんわ。様式も、罫も、ばらばらですの。目方で書く方も、樽で書く方も、覚え書きの裏に書く方も、いらっしゃいますわ。
……この国で、いちばん、正直な紙の束ですのよ。
六人が、広間の椅子に、並んで、お茶を飲んでおられましたわ。ジョゼフ翁と、パン屋の女将が、なぜだか、口喧嘩をなさっておりましたの。
私、扇を、開いて、その前に、立ちましたわ。
「皆様の帳面を——拝見させていただきますわね?」
六人、いらっしゃいましたわ。灯台守のジョゼフ翁、パン屋の女将、水車小屋のハンス、納屋番の寡婦マルタ、孤児院のマチルダ院長。……そして、六人目。
一話で、ロザリンドが「給金の未払いが出たら、いつでも知らせて」と申し上げた執事のトマですわ。未払いは出ておりました。ですけれど、奥様も追い出された側でしたから、お知らせできなかったと。一年、抱えていらしたのですのね。
そのトマの帳面に、月末、公爵家から青鷺亭へ運ばれた包みの、日付と目方が。
規程も様式も知らない方々の、ばらばらの紙の束。……この国でいちばん、正直な紙の束ですわ。
次回、三十一年分を、数えますの。
ここまでに出てまいりました方々に、もう一度お会いいただきたくて、六人お呼びいたしましたの。ブックマークと評価、どうぞよろしくお願いいたしますわ。




