第60話:監査官が、監査されますの
申立書は、二十二頁ございましたわ。五案件、十九件。
四話のベルマン子爵。八話のドラクロワ伯爵。十六話のグランツベルク公爵領。二十六話の聖アガタ。四十二話の王室財務局。
私が、一年で、追徴を取ってまいりました全部ですわ。その一件ずつに、手続の瑕疵が、書いてございますの。
「……第七話。追徴の告知が、被監査者への送達から十四日を経ずに執行されている。規程第三十一条違反」
セドリック様が、読み上げてくださいましたわ。
「……第十四話。現行犯としての帳簿差押えについて、立会人の署名が二名。規程は三名を要する」
「……第三十一話。聖職者に対する査問の召喚状に、教会法上の副署がない」
「……第四十九話。王前会計検査における証拠提出のうち、王室書記局からの副署控えの写しに、原本照合の記載がない」
私、椅子の背に、寄りかかりましたわ。全部、本当ですのよ。
私、急いでおりましたもの。子爵は帳簿を焼こうとしておりましたし、伯爵は船を出そうとしておりましたわ。司教猊下は、孤児院を人質になさいましたのよ。
……ですから、十四日、待ちませんでしたの。
「セドリック様。これ、通りますかしら」
「……通る、と申し上げるのは、不愉快ですが」
セドリック様は、眼鏡を、押し上げられましたわ。
「通ります。全部、事実です」
この申立てが通りますと、どうなりますかしら。手続に瑕疵のある監査は、無効ですわ。無効になれば、追徴も、無効ですの。
塩の二十三万四千クローネ。港の十九万。公爵家の八万九千。聖アガタの五十九万七千。……大蔵卿の、二百四十万。全部、お返しすることになりますのよ。
いいえ。お金の話だけでは、ございませんわ。
ベルマン子爵は、爵位をお返しになりましたの。ドラクロワ伯爵は、国外へ。オルロ猊下は、聖職を剥奪されましたわ。マルバス様は、侯爵位を。
あの方々の裁きが、全部、「手続に瑕疵があった」という一行で、ひっくり返りますのよ。私が一年かけて、耳を揃えていただいたものが、全部、戻りますわ。
……ええ。これは、私への攻撃では、ございませんのね。
私が積み上げた四十九話ぶんを、そっくり、人質に取っていらっしゃいますのよ。
その晩、フィーが、泣きましたわ。
「……わたしが、計算したから。わたしが、あの日、急ごうって言ったから」
「フィー」
「三十話です。わたしが、パンの計算を、あそこで出したから、召喚状が、早く出て」
「フィー」
私、この子の頭に、手を置きましたの。
「あなたが早く出したから、あの子たちは、その冬に、パンを食べましたのよ」
フィーは、しゃくり上げて、それから、こう申しましたわ。
「……じゃあ、正しかったんですか」
「正しかったですわ。ただ、規定には、違反いたしましたの」
両方、本当ですのよ。この二つを、両方とも本当だと言えなくなったとき、人は、灰色を書きはじめますわ。
深夜、私、申立書を、もう一度、読み返しましたの。……そして、手が、止まりましたわ。
文面ですのよ。
『被監査者の急迫の事情をもって手続を省略することは、監査官の裁量に属さない。裁量に属さぬ省略を、我々は「善意の逸脱」と呼ぶ。善意であることは、逸脱を治癒しない』
私、この文章を、知っておりますわ。書棚から、監査教本を、引き出しましたの。
『監査官必携』。監査庁に入った者が、最初に渡される本ですわ。私も、三話で、いただきましたのよ。
手続の厳格性の項、二十七頁。
『善意であることは、逸脱を治癒しない』
一字一句、同じですわ。申立書の、二十二頁ぜんぶが、この本の例文で、できておりますのよ。
……当たり前ですわね。この本を、お書きになったのも、あの方ですもの。
私、教本の、奥付を、見ましたわ。
『編著 ヴァルター・グリム』
それから、自分の机の、引き出しを、開けましたの。一年分の、監査調書の控えが、入っておりますわ。
私が書いたものですのよ。全部。
月、区、相手方、額。額の下に、一本、線。
……五十六話で、ケラー様が仰いましたわね。その方は、こう書く、と。
私、自分の書いた調書の束を、しばらく、見ておりましたの。私の字ですわ。癖も、私のものですの。
……ですけれど、この並べ方は。
この様式は。
私のものでは、ございませんのね。
逆監査ですわ。五案件・十九件、全部が本当の瑕疵ですの。ロザリンドが急いだのは、子爵が帳簿を焼こうとして、司教が孤児院を人質にしたからですけれど……規定に違反したことも、本当ですの。
この二つを、両方とも本当だと言えなくなったとき、人は灰色を書きはじめますわ。
そして申立書の文面は、二十二頁すべてが『監査官必携』の例文ですの。編著、ヴァルター・グリム。
ロザリンドが一年書き続けた調書の様式も、あの方のものでしたわ。
次回、林檎の木の家へ、もう一度参りますわ。……今度は、お話しくださるそうですの。
皆様なら、正しさと規定のどちらを取られますかしら。……ロザリンドは、両方だと言い張りますのよ。ブックマークと評価、どうぞよろしく。




