第55話:それでは、決算を申し上げますわ 〜十二年前の追徴〜
組合の会計監査は、規定どおりに、行いましたわ。
三日かけて、月末の出入りを、洗いましたの。全国の請負人から集まる金は、区の実績と、突き合わせれば、額が出ますわ。
合いませんでしたのよ。
毎月、末日に、実績のどこにも紐づかない額が、一本、入っておりますの。そして翌日、同じ額が、出ていっておりますわ。
六話の子爵の上納。九話の検査料。十八話の簿外の返済。三十二話の司教猊下の分。
全部、この一本に、入っておりましたの。
「ケラー様。この一行の、宛先を、伺ってもよろしくて?」
「符牒でございます」
「符牒の、中身は」
「存じません」
嘘では、ございませんわね。
この方は、嘘を、おつきになりませんの。ただ、知らないことだけを、お答えになりますのよ。
ですから、私、話を、変えましたわ。
「では、別の勘定を、拝見いたしますわ」
私、四つの写しを、机に、並べましたの。ミュール関の、通行税の綴り。
梟亭の、宿帳。ゲルト工房の、修繕帳。
村の馬丁の、日雇い帳。ケラー様は、一枚ずつ、御覧になりましたわ。眼鏡を、指で、上げながら。
顔色は、変わりませんでしたの。
「それでは、決算を申し上げますわ」
私、扇を、閉じましたの。
「十二年前、九の月十一日。坂の下のゲルト工房で、ファルケンラート家の四輪馬車の車軸が、交換されておりますわ。規格品は八クローネ。入りましたのは、荷車用の、三クローネ。街道の坂を下れば、もちませんの」
「支払は、銀貨。名乗りなし。……ただ、連れの方が、胸に、徽章をつけておられましたわ。銅の、天秤と、麦」
私、その徽章を、机の上に、置きましたの。
組合の受付で、いただいてまいりましたのよ。三十一年、同じ意匠だそうですわ。
「十四日の夜明け前、祖父は梟亭を発ちましたの。南へ、王都へ、帰るためですわ。ですけれど、ミュール関の通行税の綴りに、祖父の馬車は、ございませんわ。前後三日、一度も」
「同じ日の夜、村の馬丁が、馬を三頭、貸しておりますの。坂の上まで、往復。夜中。金は、倍。借りた方の袖には、光るものが」
私、指で、机の徽章を、押さえましたわ。
「銅の、天秤と、麦」
ケラー様は、まだ、何も仰いませんでしたの。
「検死の記録には、こうございますわ。十四日の夜、ミュールの坂、車軸の破断による転落、同乗者なし。……検死をなさったのは、当時の街道役人ですわね。その方は、翌年、退職して、年金のほかに、組合から、慰労金を、お受け取りになっておりますの」
「三百クローネ。組合の帳面の、四十二頁目でございますわ」
ケラー様の、眼鏡を上げる指が、そこで、一度、止まりましたわ。
「以上、四つの帳面と、一つの慰労金から、申し上げますわ」
私、息を、吸いましたの。……お祖父様。
「十二年前の、あれは、事故では、ございませんわ」
ケラー様は、しばらく、四枚の写しを、御覧になっておりましたの。
それから、眼鏡を、外されましたわ。
「……車大工が、書いておりましたか」
「ええ」
「あれは、書かせぬようにと、申しつけてありましたが」
私、扇を、握りましたの。いま、この方は。
「ケラー様」
「隠しても、算が合いませんでしょう。合わぬものを合うと書くのは、手前どもの仕事ではございません」
ケラー様は、机の上で、両手を、揃えられましたわ。
「手前は、車を、手配いたしました」
それだけ、仰いましたの。
声も、顔も、変わりませんでしたわ。銅貨の枚数を申し上げるときと、同じ調子ですのよ。
「……お祖父様を、殺したのは、あなたですのね」
「殺しては、おりません。手前は、車の軸を、替えさせただけでございます。坂を下られたのは、オーギュスト殿ご自身でございます」
私、目の前が、少しだけ、白くなりましたわ。……いいえ。
取り乱してはなりませんの。
この方は、いま、ご自分の帳面を、正確に読み上げていらっしゃるだけですわ。それに、私が声を荒げましたら、この帳面は、閉じられてしまいますもの。
私、扇を、開きましたの。ゆっくりと。
「ケラー様。……なぜですの」
「オーギュスト殿が、いちばん古い帳簿を、御覧になったからでございます」
三十一年前の。最初の、灰色の一冊。
「祖父は、それを、見たのですわね」
「御覧になったかどうかは、存じません。ただ、『どこにあるか』を、突き止められました。……それだけで、十分でございました」
ケラー様は、そこで、初めて、少しだけ、目を、伏せられましたの。
「オーギュスト殿は、几帳面な方でございました。……手前より、ずっと」
その日、私、組合の帳面を、押収いたしましたわ。三十一年分、十七冊。
馬車に積んで、監査庁の書庫へ運んで、その晩、一冊目を、開きましたの。
……開いて、手が、止まりましたわ。文字では、ございませんのよ。
数と、記号と、意味の分からない仮名が、罫の中に、びっしりと。頁を繰っても、繰っても、同じですわ。
十七冊、全部。私、その場に、座り込みそうになりましたわ。
証拠は、ここにございますのよ。三十一年分、全部。……ただ、読めませんの。
翌朝、組合へ、参りましたわ。
「ケラー様。この帳面の、読み方を」
「存じません」
「あなたが、お書きになったものでしょう」
「書きましたが、作ってはおりません」
ケラー様は、いつもの調子で、そう仰いましたの。
「これは、手前が、考えたものではございません。……習ったのでございます」
A2、回収ですわ。十二年前のあれは、事故ではございませんでした。
四つの帳面と、街道役人の慰労金三百クローネ。ケラー様は、否認も、嘲りも、なさいませんの。ただ「手前は、車を、手配いたしました」と、銅貨の枚数を数えるのと同じ調子で仰いましたわ。……いちばん、怖い型ですのよ、これは。
そして押収した組合の帳面、三十一年分・十七冊。証拠はすべてここにございますのに——一冊も、読めませんの。
「これは、手前が考えたものではございません。習ったのでございます」
次回、その「習った」を、伺ってまいりますわ。
決算を申し上げる回は、書くほうも、少しだけ背筋が伸びますの。ブックマークと評価、どうぞよろしくお願いいたしますわ。




