第54話:車軸は、折れる前に、替えられておりましたの
坂の下の村は、家が二十軒ほどの、小さなところでしたわ。
ゲルト工房は、いちばん街道寄りにございましたの。木屑と、膠の匂いがいたしましたわ。
ゲルトさんは、四十二とのことでしたけれど、腕が丸太のようでしたので、もっと上に見えましたの。
「十二年前の帳面? あるよ」
あっさりと、そう仰いましたわ。
「捨てないんですか」
フィーが、目を丸くしておりましたの。
「車ってのはさ。十年経ってから、あのとき何を入れたって聞かれるもんなんだ。だから、書いとくんだよ」
……ですから、この王国は、そういう方々に、支えられておりますのよ。
九の月、十一日。その頁は、すぐに、見つかりましたわ。
ファルケンラート家、四輪、車軸一、三クローネ。私、そこを、じっと、見ましたの。
「ゲルトさん。車軸は、おいくらですの」
「ものによる。街道を走るなら、樫の芯を入れた規格品だな。八クローネ」
「では、三クローネというのは」
「ありゃあ、荷車用だ。畑の中を、ゆっくり行く車の軸だよ。街道の坂を、荷を積んで下るような使い方をしたら」
ゲルトさんは、そこで、一度、口を閉じられましたの。
「……もつわけがねえ」
鉋屑が、一枚、机から、落ちましたわ。
「ゲルトさん。……あなたは、それを、お売りになったのですわね」
「売ってねえ!」
丸太のような腕が、机を、叩きましたの。
「売ってねえよ。おれは、八クローネのを勧めた。街道を行くんだろうって言った。……そしたら」
そこで、ゲルトさんは、帳面を、指で、押さえられましたわ。私、覗き込みましたの。
値段の下に、小さな字で、書き足しがございました。
『客の連れの男、三の方でよいと。銅色の徽章。天秤と麦。銀貨で払う。名は言わず』
……ゲルトさん。あなた、お客の連れの、徽章の柄まで、お書きになりますのね。
「なんで書いたんですか」
フィーが、震える声で、伺いましたわ。
「気に入らなかったからだ」
ゲルトさんは、それだけ、仰いましたの。
「……気に入らねえ客の分は、書いとくんだよ。あとで文句を言われたときに、こっちが正しいって言えるようにさ」
この方は、十二年間、自分が正しいと言うために、そう書いておられましたのね。
それが十二年経って、人を一人、殺した証拠になっておりますのよ。
「ゲルトさん。もう一つ、伺いますわ。……そのお客様は、お一人でしたかしら」
「二人だ。年寄りと、連れの男」
「検死の記録には、同乗者なし、とございましたの」
「知らねえよ。おれが見たときは、二人だった」
私、扇を、握っておりましたわ。二人で来て、一人で死んでおりますのよ。
村の馬丁のところにも、帳面がございましたわ。
日雇いの、馬の貸し出しですの。一日いくら、と書いて、印を押すだけの、粗末な紙束でしたけれど。
十二年前の、九の月。十四日の欄に、馬が、三頭。
「三頭。この村で、三頭は、多いんですのよ」
馬丁のご老人は、そう仰いましたわ。
「うちにゃ、五頭しかいねえからね。三頭も出りゃ、覚えてる。……あの日は、坂の上まで、往復してくれって話でね。夜中だ。金は、倍もらった」
「借りた方は」
「顔は、暗くて。……ああ、でも、袖に、こう、光るもんが」
ご老人は、ご自分の胸のあたりを、指で、示されましたの。銅色の。天秤と、麦。
王都へ戻る馬車の中で、フィーが、ぽつりと申しましたわ。
「ロザリンド様。……この四つの帳面、ぜんぶ、別々の人が書いてます」
「ええ」
「関の番人と、宿屋の女将さんと、車大工と、馬丁と。誰も、お互いを、知りません」
「そうですわね」
「なのに、ぴったり、合っちゃいます」
ええ。合いますのよ。
嘘は、合いませんの。嘘というのは、一人が、一つの帳面の中でつくものですから、他人の帳面と突き合わせると、必ず、どこかが、ずれますわ。
十三話の灯台守の日誌も、十五話のパン屋の仕入帳も、そうでしたわね。
この四冊は、ずれておりませんのよ。……ですから、これは、本当のことですの。
十二年前の九の月十一日、坂の下の村で、祖父の馬車の車軸が、三クローネの荷車用に、替えられましたわ。
十四日の夜明け前、祖父は梟亭を発ちましたの。
その日の夜、天秤と麦の徽章をつけた男が、馬を三頭借りて、坂の上まで、往復いたしましたわ。
そして、祖父は、坂で、死んでおりますの。……五クローネですわ。
八クローネの車軸を、三クローネにして、浮いたのは、五クローネですのよ。
平民の年収の、六分の一。人が一人、そのために、死んでおりますの。
いいえ。違いますわね。
五クローネで済ませたのは、その方が、けちだったからではございませんわ。
規格品を入れれば、記録が、残りますもの。荷車の軸なら、村の車大工が、いくらでも持っておりますでしょう。
……安いから、選んだのではございませんの。目立たないから、選んだのですわ。
天秤と、麦。私、その徽章を、今日、見ておりますのよ。
川沿いの、地味な建物の、木の看板に。
車大工のゲルトさんは、気に入らないお客の分だけ、書き留める方でしたの。それが十二年経って、人一人を殺した証拠になりましたわ。
規格品は八クローネ、荷車用は三クローネ。差は五クローネですけれど、安いから選んだのではございませんの。目立たないから選んだのですわ。
関の番人、宿屋の女将、車大工、馬丁。四人とも、お互いを知りませんのに、四冊が、ぴったり合ってしまいます。……嘘は、合いませんのよ。
次回、決算を申し上げますわ。十二年分の、追徴ですの。
この四冊は、書く前に、日付を実際に並べて突き合わせましたのよ。合わないところを探すのが、いちばん楽しゅうございますわ。評価、お待ちしておりますの。




