第53話:帳元は、月末にしか、いませんの
街道の話は、一度、置きますわ。もう一本、引かねばならない糸が、ございますの。
「フィー。今月の、月末ですけれど」
「はい」
「灰色の上納、止まっておりまして?」
フィーは、綴りを、めくりましたわ。
「……止まってません」
そうですわよね。
大蔵卿マルバス様は、四十九話で罷免され、五十話で全財産を清算なさいましたわ。機密費の口座は封じましたし、繰入も、勅令で塞ぎましたの。
なのに、月末になりますと、地方の商会や、小さな貴族家から、同じ額が、同じ日に、どこかへ出ていっておりますのよ。
六話で、ベルマン子爵が仰った、あの「上納」ですわ。九話でも、十三話でも、十八話でも、三十二話でも。全部、月末でしたの。
番頭が消えても、集金は、回っておりますわ。……ということは。
「金を、受け取っている人が、いるということですわね」
帳元。
六話から、ずっと、その言葉だけが出ておりましたの。誰も、顔を見ておりませんわ。子爵は「上」、司教猊下は「あちら」ですもの。
けれど、金は、顔のない人には、渡せませんのよ。誰かが、受け取っておりますの。数えて、突き合わせて、記帳して。
……つまり、それは、私と、同じ仕事をなさる方ですわ。セドリック様が、条文の束から、顔を上げられましたの。
「一つ、伺っても」
「どうぞ」
「上納は、月末に、全国から集まります。……集めて、数えて、帳面に付ける。それを一人でやれる組織が、この国に、いくつありますか」
「徴税請負人の、組合ですわね」
王国徴税請負人組合。
王国は、税の取り立てを、直接はいたしませんの。請負人に、区を割り当てて、任せておりますわ。祖父も、その一人でしたのよ。
組合は、その請負人たちの、互助の集まりですの。全国に人がおりますし、月末に金が動くのは、当たり前ですわ。
……上納を、そこに紛れ込ませれば。誰も、気づきませんのね。
「セドリック様。組合の会計監査は、規定で、いつでも入れまして?」
「入れます。組合は、王国の徴税権を預かる法人ですから。……ただし」
「ただし?」
「組合の頭取は、三十年、同じ方です」
組合の建物は、王都の、川沿いにございましたわ。
ずいぶんと、地味な建物ですの。看板は、小さくて、木ですわ。窓には、飾りもございませんの。
案内された部屋には、金屏風も、絵も、ございませんでしたわ。
あるのは、机と、算盤と、帳面の棚だけ。棚は、天井まで、届いておりましたの。
「ファルケンラートのお嬢様」
その方は、立ち上がって、そう仰いましたわ。私、一瞬、返事が、遅れましたの。
……その呼ばれ方を、八年、されておりませんでしたもの。
「ラウレンツ・ケラーでございます。当組合の、頭取を務めております」
六十を、いくつか越えていらっしゃいますわね。痩せて、背が低くて、袖口が、少し擦り切れておりましたの。
目には、何も、ございませんでしたわ。
二十話のマルバス様には、余裕がございましたし、二十八話のオルロ猊下には、聖性の仮面がございましたの。三十五話のミレーヌには、砂糖菓子の棘が。
この方には、それが、ございませんのよ。嘲りも、恐れも、誇りも。
……ただ、数えている方の、目ですわ。
「お祖父様には、よくしていただきました」
「祖父を、御存じですのね」
「同じ組合の者でございます。オーギュスト殿の北部三郡は、お亡くなりになりました翌年、手前が、引き継ぎましてございます」
私、扇を、開きましたの。
「まあ。それは、御縁がございますこと」
「ご縁と申しますより、規定でございます。請負人が欠けますと、区は、組合が預かり、次を立てます。手前が立ちましたのは、手前より上の者が、おらなかったからでございます」
嘘は、ございませんわ。少なくとも、いま仰ったことに、嘘は、ございませんの。
「ケラー様。本日は、組合の会計を、拝見させていただきに参りましたわ」
「承知しております」
「……あら。まだ、何も、申し上げておりませんけれど」
「監査官殿がおいでになるのは、月末の翌日と、決まっております。手前どもの帳面が、いちばん動いた翌日でございますから」
……この方。
「帳面は、どちらに」
「そちらの棚に、全部でございます。三十一年分」
三十一年。私の胸の内で、何かが、かたりと、動きましたわ。
「ケラー様。三十一年と、仰いましたわね」
「はい。手前が、組合の帳面を預かりました年からでございます」
二十五話で、私、見ておりますのよ。
東方交易組合の印章登録が、三十一年前ですわ。五十話で、マルバス様が仰いましたわね。三十一年前に、最初の灰色の一冊を書いた人がいる、と。
この方は、その年から、金を数えていらっしゃいますの。私、棚を、見上げましたわ。
天井まで。びっしりと。
「拝見させていただきますわね?」
「どうぞ」
ケラー様は、椅子を、引かれましたの。止めもせず、隠しもせず。
……いちばん、気に入りませんわ、この型は。
六話からずっと名前だけだった「帳元」に、顔がつきましたわ。ラウレンツ・ケラー、王国徴税請負人組合の頭取。祖父の北部三郡を、祖父の死の翌年に継いだ方ですの。
嘲りも、恐れも、誇りもございませんの。ただ、数えている方の目ですわ。……ロザリンドと、同じ目ですのね。
そして三十一年。二十五話の印章登録も、五十話でマルバス様が仰った「最初の一冊」も、同じ年ですの。
次回は、坂の下の村へ、戻りますわ。三クローネの車軸を、拝見してまいりますの。
徴税請負というのは、実際にあった仕組みですのよ。国が自分で集めきれない税を、民間に請け負わせますの。ブックマークと評価、励みになりますわ。




