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離縁された公爵夫人ですが、王宮監査官に任命されましたので、皆様の帳簿を拝見させていただきますわね? 〜数字は嘘を吐きませんの。追徴課税のお時間ですわ〜  作者: 桐谷ルナ
第三部 祖父の事故

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第51話:いちばん古い帳簿を、探しに参りますわ

 第3部、はじまりますわ。……お待たせいたしました。今度の監査先は、十二年前ですの。

 あれから、ひと月が経ちましたわ。


 王宮監査庁の机は、十四から、十八になりましたの。勅令で、予算の査定権が、王室評議会へ移りましたから。財布の紐を握っていた相手を崩すと、こういうことが起こりますのね。


 新しい机は、まだ、木の匂いがいたしますわ。


「ロザリンド様、これ、どこに置きます? 書棚、もう入りませんけど」


 フィーが、綴りの束を抱えて、右往左往しておりましたの。


「廊下に積んではいけませんわよ。監査庁が、監査されますもの」


「し、しませんよね、そんなこと」


 ……いたしますのよ。あとで、しっかり、いたしますの。


 セドリック様は、朝から、条文と睨み合っていらっしゃいましたわ。私が持ち込んだ、たった一枚の起票書のせいですの。


「監査官殿。これは、通りません」


「あら」


「監査規程は、会計事象を対象といたします。……人の死は、会計事象ではありません」


 ええ。ですから、困っておりますのよ。私が起票いたしましたのは、十二年前の、祖父の死ですわ。


 私怨ではございませんの。四十二話で、マルバス様が仰いましたわね。「あの男も、雨の日に、同じことを申しましたな」と。五十話では、こうも。「オーギュスト殿は、そこまで、辿り着かれた」と。


 祖父は、辿り着いておりましたのよ。三十一年前に、最初の灰色の一冊を書いた人のところまで。


 そして、その年に、死んでおりますの。


 偶然と呼ぶには、日付が、揃いすぎておりますわ。ぴったり合いすぎる数字は、私、いちばん、信用いたしませんの。


「セドリック様。人の死は、会計事象ではございませんわね。……では、徴税請負人の死は、いかがです?」


 セドリック様の指が、条文の上で、止まりましたわ。


「……請負区の、承継」


「ええ。徴税請負人が亡くなれば、請負区が、誰かへ移りますの。移れば、権利と、未収と、保証金が、動きますわ。それは、会計事象ですわね?」


「……規定により」


 セドリック様は、そこで一度、天井を、御覧になりましたの。


「規定により、可能です。不愉快ですが」


「まあ。褒めていただいて、光栄ですわ」


 殿下は、その間ずっと、窓辺で腕を組んで、聞いておられましたわ。


 やがて、一言だけ。


「やれ」


 それだけですの。この方は、いつも、それだけですわ。……ただ、今日は、少しだけ、続きがございましたの。


「ロザリンド」


「はい」


「五十話の、利息の話だが」


 私、書きかけの起票書に、線を引いてしまいましたわ。


「……あら。章が、変わりましたので。繰越しですわ」


「繰越すと、増えるのだろう」


「殿下」


「なんだ」


「帳簿は、お読みになれないはずでしたわよね?」


 殿下は、答えずに、窓の外を御覧になりましたの。耳の先が、少しだけ、赤うございましたわ。


 ……この方、そういうところが、ずるいと思いますの。


 祖父の死について、私が知っておりますことは、三行しかございませんの。


 十二年前、雨の夜、ミュール街道の坂。馬車の事故。同乗者なし。御者は三日後に辞めて、行方知れず。


 ……死んだ場所を、いったい、どなたが、確かめましたのかしら。まず、取り寄せましたのは、街道の通行税の綴りですわ。


 ミュール街道は、王都と、北のヴァイスハーフェンを結んでおりますの。四話で、塩の樽を数えに参りました、あの北ですわ。


 街道には、関がございますの。馬車が一台、通れば、二クローネ。荷なら、また別の額。関の番人は、通った順に、日付と、家名と、額を、書きつけますわ。


 徴収した金を、上へ納めなければなりませんもの。書かない番人は、盗んだ番人ですの。


 ですから、この綴りは、正直ですわ。十二年前の、雨の夜。


 フィーと二人で、その日の頁を、探しましたの。


「ありました。……十二年前の、九の月、十四日」


 フィーの声が、途中で、細くなりましたわ。


「……ロザリンド様。ファルケンラート家の馬車、ありません」


 私、綴りを、覗き込みましたの。


 その夜、関を通ったのは、七台。ラング侯爵家の荷馬車。塩の隊商が二つ。名もない行商が三つ。それから、修道院の荷車。


 祖父の馬車は、ございませんわ。


「前の日は」


「……ありません」


「翌日は」


「ありません。前後三日、どこにも」


 雨が降っておりましたのよ。あの夜は、王都でも、降っておりましたわ。祖父は、その雨の中を、ミュール街道の坂で、亡くなったことになっておりますの。


 坂は、関の、向こう側ですわ。関を通らなければ、坂には、行けませんの。


 ……祖父の馬車は、通っておりませんわ。なのに、坂で、死んでおりますのよ。


「フィー」


「はい」


「あなた、いま、寒くなりまして?」


「……なりました」


 私も、ですわ。


 インク壺を、握りましたの。祖父の形見ですわ。二十五話で、彫りに続きがあるような気がして、そのままにしてある、あのインク壺ですの。


 十二年間、誰も、この綴りを、開かなかったのですわね。事故だと、皆が、申しましたから。

第3部「最後の監査編」、開幕ですわ。

監査庁の机は十八に増え、ロザリンドは十二年前を「請負区の承継」という会計事象として起票いたしました。人の死は監査できませんけれど、死んだ人の帳簿は、監査できますの。

そして最初の一枚、街道の通行税の綴り。あの夜、祖父の馬車は、関を通っておりませんでした。……通らなければ、坂には行けませんのに。

次回、宿場の宿帳を、拝見してまいりますわ。

第3部も、毎回きっちり一人ずつ、耳を揃えていただきますわ。ブックマークと評価が、この続きを書くための軍資金ですの。

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