第49話:それでは、決算を申し上げますわ 〜大蔵卿の追徴〜
玉座の間の、天井は、高うございましたわ。
声が、上へ、逃げてまいりますの。ですから、ここで話す者は、皆、腹から声を出しますわ。……私は、そうはいたしませんでしたけれど。
正面に、陛下。左手に、王弟レオンハルト殿下。右手に、大蔵卿マルバス侯爵。そして、王国の重臣が、ずらりと。
私の側には、セドリック様と、フィー。
三人ですの。
「王前会計検査を、開く」
陛下の、お声ですわ。
「監査庁特別監査官、ロザリンド・ファルケンラート。申し述べよ」
「はい」
私は、一歩、進みましたわ。
インク壺を、袖の中で、一度、握りましたの。祖父の形見ですわ。……ここまで、参りましたわよ、お祖父様。
そして、私は、いつもの、様式で、始めましたの。
「それでは——決算を、申し上げますわ」
玉座の間が、静まりましたわ。
「第一。余剰金の、不正繰入」
私は、フィーの作った表を、掲げましたの。
「過去五年、六省庁において、実際には余っていない予算が、『余剰』として申告されましたわ。件数、六十一件。総額、百六十八万クローネ。申告の三日後、同額が、王室財務局の機密費へ、繰り入れられておりますの。……六十一回、一度の例外も、ございませんわ」
重臣の列が、ざわめきましたの。
「軍務省の薪は、燃えておりましたわ。建設省の橋は、架かっておりましたの。駅逓の馬は、走っておりましたわ。物は、正しく、使われておりましたのよ。余ったのは、物のほうですわ。……お金は、余っておりませんの。余ったことに、されただけですわ」
「第二。機密費の、二重帳簿」
次に、副署控えの束を、掲げましたわ。
「王印璽の副署が押されながら、財務局の機密費簿に、一件も記載のない支出。七十一件。総額、百六十八万クローネ。……先ほどの繰入と、一クローネ違わず、同じ額ですわ。入ったものが、そっくりそのまま、出ておりますの」
私は、その内訳を、示しましたわ。
「うち、百四十万クローネが、貴族家への貸付。残る二十八万クローネが、人を貴族家へ配置するための、報酬——三十七話で申し上げた、『人事費』ですわ」
私は、その一枚を、開きましたわ。
「貸付先には、いずれも、同じ印がございますわ。『G』の印。……八話のドラクロワ伯爵。十八話のグランツベルク公爵家。三十二話の、オルロ・ヴァレンス司教。私がこの一年、監査してまいりました案件の、すべてに、この印が、ございましたの」
私、そこで、陛下を、まっすぐに、見上げましたわ。
「陛下。この国の貴族が、脱税のために、借りていたお金は。……この国の、国庫から、出ておりましたわ」
玉座の間が、鳴りましたの。
悲鳴に近い声も、ございましたわ。当然ですわね。……自分の借金の出どころが、そこにあった方も、この部屋には、いらっしゃるのですもの。
「第三。私財への、還流」
私は、ドルン主計官の目録を、開きましたわ。
「貸付の利息と、仲介の手数料。五年で、四十二万クローネ。宛先は、大蔵卿マルバス侯爵の、名義および縁者名義の口座ですわ。……こちらは、機密でも、国事でも、ございませんの。ただの、お小遣いですわね」
「第四。王命の、私的流用」
私は、九年前の、あの一枚を、掲げましたの。
手が、少し、震えましたわ。……怒りで、ですけれど。
「機密費決裁、番号百八十二。『ファルケンラート家縁組・支度金、三万クローネ』。目的欄、『オーギュスト・ファルケンラートの遺した書類の、相続監視』」
私は、その紙を、重臣の列に、示しましたわ。
「王国の機密費で、一人の娘の縁談が、買われましたの。目的は、国事では、ございませんわ。ある家の、書類の、監視ですの。……ちなみに、その娘は、私ですわ」
誰も、口を、開きませんでしたわ。
「第五。国庫の、停止」
私は、最後の一枚を、置きましたの。
「七日前、王都の支払いが、止まりましたわ。理由は『監査中のため』。……ですが、規定により、会計検査中の支出停止を定めた条文は、王国のどこにも、ございませんの。セドリック様が、三日かけて、全条文を、当たってくださいましたわ」
セドリック様が、一礼なさいましたの。
「規定により、ございません。この停止に、法的根拠は、皆無です」
「石工の手間賃が、止まりましたわ。パン屋の代金も。兵の糧秣も。……大蔵卿閣下は、この検査を止めるために、王国の民の暮らしを、七日間、人質に、なさいましたの」
私は、そこで、陛下に、向き直りましたわ。
「陛下。第一から第四までは、脱税と、横領と、私的流用ですわ。……けれど、第五は、違いますの。国庫は、陛下の財布では、ございませんわ。民が納めた税ですもの。それを、己の保身のために止めるのは——」
「脱税では、ございませんわ。反逆ですの」
陛下が、玉座の肘掛けを、握られましたわ。
「以上、五点。総額を、申し上げますわ」
私は、息を、整えましたの。
これが、いちばん、気持ちのよいところですのよ。
「国庫への返納、百六十八万クローネ。私財の没収、四十二万クローネ。……そして、王国税法および監査規程による、追徴と利息、三十万クローネ」
私は、扇を、閉じましたわ。
「締めて——二百四十万、クローネ」
声が、消えましたの。
誰も、何も、仰いませんでしたわ。
平民の年収は、およそ三十クローネですわね。……八万年分ですの。侯爵家の全資産を、屋敷も、領地も、絵画の一枚まで清算いたしましても、届きませんわ。
「なお」
私、そこで、付け加えましたの。
「二十話にて、閣下は、私の監査を止めるために、私の醜聞を、王都に流されましたわ。あのときのお茶は、お出ししませんでしたわね。……あの日の無礼にも、利息を、つけさせていただきますの」
私は、最後の、一葉を、置きましたわ。
「名誉毀損による、慰謝。一クローネですわ」
マルバス様が、初めて、こちらを、御覧になりましたの。
「……一クローネ、ですと」
「ええ。私の名誉は、お金では、量れませんもの。ですから、いちばん小さな額に、いたしましたわ。……けれど、記録には、残りますのよ。閣下が、一人の女の評判を、金で買って、潰そうとなさったことが。二百四十万の中の、一クローネとして。永久に」
私は、頭を、下げましたわ。
「以上ですわ。……数字は、嘘を、吐きませんの」
しばらくの、沈黙の後。
陛下が、静かに、仰いましたわ。
「大蔵卿マルバス侯爵。……申し開きは」
マルバス様は、ゆっくりと、立ち上がられましたわ。
背筋は、最後まで、まっすぐでしたの。
「……ございません」
その日、王前会計検査は、閉じられましたわ。
大蔵卿罷免。全資産の清算。侯爵位の返上。国庫停止については、別途、司法の場で、問われることに、なりましたの。
王国徴税の元締めが、一日で、無一文に、なりましたわ。
第2部、最大の決算ですわ。二百四十万クローネ。平民の年収の、八万年分。……そして、その中の、一クローネ。
「私の名誉はお金では量れませんもの。ですから、いちばん小さな額にいたしましたわ。けれど、記録には残りますのよ」——二十話のあとがきで、ロザリンドが「無礼には利息を」と申しておりましたわね。回収させていただきましたわ。
玉座の間に立ったのは、たったの三人。離縁された元公爵夫人と、実家と縁を切った書類男と、孤児院育ちの計算係。この三人が、王国徴税の元締めを、数字だけで、崩しましたの。
けれど——この章は、まだ、終わっておりませんのよ。
次話、第2部・完。マルバス侯爵が、最後に、たった一言だけ、残しますわ。
その一言で、皆様がこれまで信じていらしたものが、崩れますの。
ブックマークと評価、どうぞよろしくお願いいたしますわ。




