第47話:余りません。ぜったい、余りませんわ
王室財務局の、査定室ですわ。
大蔵卿は、いらっしゃいませんでしたの。代わりに、財務局の主計官が四人と、書記が六人。……こちらは、私と、セドリック様と、フィーの、三人ですの。
「監査官殿。余剰金の申告は、各省庁が行ったものです」
主計官の一人が、慇懃に、口を、切りましたわ。
「財務局は、届いた申告を、粛々と、処理したにすぎません。もし虚偽があるなら、それは、各省庁の罪でございましょう」
「では、伺いますわ」
「軍務省の、三年前の余剰金。三万クローネ。……これは、何が、余りましたの」
「冬営の、薪代でございます。暖冬でしたので」
「暖冬」
「はい。記録がございます」
……お上手ですわね。
嘘ではございませんの。三年前の冬は、たしかに、暖こうございましたわ。
「フィー」
「は、はい!」
フィーが、書類の束を、抱えて、立ち上がりましたわ。膝が、笑っておりますの。貴族が十人も並んだ部屋ですもの、無理もございませんわ。
「あの、えっと……し、失礼、いたし……」
噛みましたわね。
いつもの、ことですの。
「フィー。数字だけ、仰いな」
それで、充分ですの。この子は、数字の上でだけは、誰よりも、まっすぐに、立てますもの。
フィーは、一度、深く、息を、吸いましたわ。
そして、顔を、上げましたの。
「三年前の冬営の薪代、予算、四万二千クローネ。暖冬で余ったのが、三万クローネです」
声が、変わりましたわ。
噛みませんの。あの、暗算の声ですわ。
「つまり、実際に使った薪代は、一万二千クローネ。……でも、駐屯地の受払簿に、薪の受け入れが、書いてあります。北の三か所で、合わせて、二千四百束です」
フィーは、書類を、めくりませんでしたわ。もう、覚えておりますの。
「三年前の薪の相場は、一束、十二クローネ。二千四百束なら、二万八千八百クローネ。……一万二千では、買えません」
主計官の、一人が、口を、開きかけましたわ。
「相場は、地域で」
「北の相場です。ヴァイスハーフェンの、市場記録から取りました。四話で、ロザリンド様が、塩の樽を数えた町です」
フィーは、言い切りましたわ。
「暖冬だったのは、本当です。だから、薪は、余りました。……でも、余ったのは、薪です。お金じゃありません。お金は、もう、薪に、なってました」
部屋が、静まりましたの。
「余ったことにされた三万クローネは、はじめから、ありません。ないお金が、機密費に、入ってます。……つまり」
フィーは、そこで、私の口癖を、借りましたわ。
「余りません。ぜったい、余りませんわ」
……あら。
移りましたわね。
その日、フィーは、五年分の余剰金を、六十一件、続けざまに、崩してまいりましたの。
建設省の橋。駅逓の馬。宮内省の蝋燭。鉱山監督の坑木。どれも、「余った」と申告され、三日後に機密費へ落ちておりましたわ。
そして、どれも、現場の受払簿と、突き合わせると、余っておりませんでしたの。
橋は架かっておりましたわ。馬は走っておりましたわ。蝋燭は燃えておりましたの。
物は、正しく、使われておりましたのよ。
お金だけが、余ったことにされておりましたわ。
「……合計、百六十八万クローネ」
フィーが、締めくくりましたわ。
主計官たちは、もう、誰も、反論なさいませんでしたの。
部屋を出るとき、一人の主計官が、フィーに、小声で、尋ねましたわ。
「君は、どこで、算盤を」
「孤児院の、出納係でした」
フィーは、ぺこりと、頭を下げて。
それから、顔を、上げましたの。
「大人が、数字を誤魔化すと。……子どもの、食べるパンが、半分になるんです」
私、その背中を、見ておりましたわ。
三十話で、この子は、孤児院の給食費を、暴きましたのね。あのとき、四十二人分のパンが、五分の一しか焼かれておりませんでしたわ。
この子は、今日、同じことを、王国の規模で、やってのけましたの。
監査庁へ戻りますと、机の上に、封書が、一通、ございましたわ。
差出人の名は、ございませんの。
中には、綴りが、一冊。
——機密費決裁、番号控。私に写しを取らせた分。
几帳面な、細い字ですわ。関節の太い指が、書きそうな字でしたの。
「……ドルン主計官」
セドリック様が、頁を繰って、息を、呑まれましたわ。
「ロザリンド様。これは、二冊目の機密費簿の、目録です。七十一件、すべて。……いつ、誰の指示で、いくら動かしたか。指示の日付まで、あります」
庇わない方は、何かを、残しておられますの。
自分を守るためかもしれませんわ。良心かもしれませんわ。……どちらでも、構いませんの。
数字は、動機を、問いませんもの。
その夜、殿下から、報せが、参りましたわ。
陛下が、王前会計検査を、お開きになる。
十日後。玉座の間で。
フィーの、暗算無双・第二弾ですわ。三十話は孤児院の給食費、今回は王国の国庫。「余ったのは薪です。お金じゃありません」——この一言で、五年分の余剰金が崩れましたの。
そして、「余りません。ぜったい、余りませんわ」。……師匠の口癖が、完全に、移っておりますわね。作者、この子を書くのが、いちばん楽しゅうございますの。
ドルン主計官の、無記名の封書。庇わなかった人は、やはり、残しておりました。
十日後、玉座の間で、王前会計検査。……ですが、その前に。大蔵卿には、まだ、最後の武器が、残っておりますの。それは、証拠でも、法解釈でも、ございませんわ。
次話、王国そのものが、人質に取られますの。
ブックマークと評価、どうぞよろしくお願いいたしますわ。




