第46話:余った、ということにいたしますの
問いは、単純でしたわ。
機密費の年の予算は、十五万クローネですの。五年で、七十五万クローネ。王国の、五年分の秘密の値段としては、まあ、こんなもの。
財務局の白い帳簿に載っておりました支出も、きちんと、その範囲に、収まっておりましたわ。几帳面ですこと。
けれど、書記局にしかない、あの七十一件を、合計してまいりますと。
「……五年で、百六十八万クローネです」
フィーが、算盤を、置きましたわ。
「予算の、倍以上です。しかも、これ、財務局の帳簿には、一クローネも、載ってません」
一杯しか入らない水差しから、水が、二杯半、出てまいりましたのね。
差しが、どこかで、注ぎ足されておりますわ。
「どこから、注がれておりますの」
私、監査庁の壁いっぱいに、王国の会計の図を、貼りましたの。
王室財務局。その下に、各省庁。軍務、建設、宮内、司法、駅逓、鉱山。国のお金は、年度の初めに、それぞれの省庁へ、配られますわ。
そして、年度の終わりに。
「余りが、出ますわね」
「はい。使い切れなかった分は、国庫へ、返します」
セドリック様が、条文を、繰られましたの。
「ただし、規定により——年度末の余剰金は、国庫返納の前に、王室財務局が、いったん、預かります。返納の手続きは、翌年度の、夏です」
「その、いったん、の間は。どこに、ございますの」
「……財務局の、手元です」
私、扇を、開きましたわ。
半年ですのね。
国の余ったお金が、半年、財務局の手元で、名無しになる。
「セドリック様。余剰金というのは、どうやって、決まりますの」
「各省庁が、決算で申告します」
「申告」
「はい。……その申告書を、査定するのは、財務局です」
私、笑ってしまいましたわ。上品ではございませんでしたけれど。
「では、財務局が『これは余りですわね』と仰れば、余りになりますのね」
ドルン主計官という方に、お会いしたのは、その翌日ですの。
王室財務局の、主計官。四十がらみの、痩せた方でしたわ。指の関節が、太うございましたの。……あれは、長く算盤を弾いてきた人の、指ですわ。
「主計官殿。この、軍務省の、年度末の余剰金ですけれど」
私は、五年分の申告書を、机に、並べましたの。
「五年とも、きっかり、切りのよい額ですのね。三万、四万、二万五千。……お役所の帳尻が、こんなに気持ちよく揃うことは、私、八年間、一度もございませんでしたわ」
ドルン主計官は、答えませんでしたの。
「そして、この、建設省の余剰金。橋の普請が、五年連続で、年度末に『翌年度へ繰り延べ』になっておりますわ。……橋というものは、そんなに、毎年、都合よく、遅れるものでして?」
「……予算の執行には、事情が」
「ええ。ございますでしょう。けれど、こちらを、ご覧くださいませ」
私、フィーの作った、一枚の紙を、置きましたわ。
左に、各省庁が申告した「余剰金」。右に、機密費へ入った金と、その日付。
「余剰金の申告が、財務局に届いた、三日後。……ぴったり、同じ額が、機密費に、入っておりますの。五年間、六十一回。三日後。一度も、外れませんわ」
部屋が、静かになりましたの。
「主計官殿。余剰金は、国庫へ、返すものですわね」
「……はい」
「返る前に、機密費へ、入っておりますわ。そして、機密費は、使途を、書かなくてよろしいの。……つまり」
私、そこで、一度、言葉を、置きましたわ。
この構図を、口に出すのに、少しだけ、覚悟が要りましたもの。
「省庁で余った国のお金は、財務局の手元で、名無しになって、機密費に落ちますの。落ちた瞬間、そのお金は、どこへ行ったか、誰にも、書かれなくなりますわ。……五年で、百六十八万クローネ」
「その言い方は」
「そして、そのうち、百四十万クローネが」
私は、七十一件の副署控えの束を、机に、置きましたの。
「『G』の印のついた、貴族家への貸付に、なっておりますわ」
ドルン主計官の、太い指が、震え出しましたの。
「王国のお金で、貴族に、お金を貸す。貸された貴族は、借金漬けになりますわ。借金を握られた家は、言うことを聞きますの。二十四話の公爵家が、そうでしたわね。三十二話の司教猊下も、そうでしたわ」
「灰色台帳の元手は、王国の、国庫でしたのね。……あなた方は、この国のお金で、この国の貴族を、買っていらっしゃいましたのよ」
「私は」
ドルン主計官が、初めて、口を、開かれましたわ。
「私は、数字を、動かしただけです」
その声が、あまりに、細うございましたので。
私、思わず、祖父の言葉を、思い出しましたの。
数字は、嘘を吐かない。嘘を吐くのは、数字を書く手だ。
「主計官殿」
「……はい」
「動かしたのは、あなたの手ですわ。けれど、動かせと、仰った方がいらっしゃいますわね」
ドルン主計官は、答えませんでしたわ。
答えませんでしたけれど。
この方は、私が退室するまで、一度も、大蔵卿の名を、庇いませんでしたの。
庇う義理が、ないのですわね。
……それとも。庇えない理由が、おありなのかしら。
手口の全容ですの。横領でも、架空計上でも、簿外債務でもございませんわ。「余った、ということにする」——ただ、それだけ。国の余りものを、使途を書かなくてよい財布へ落として、そこから貴族に貸す。王国のお金で、王国の貴族を、買う。
これまでの敵は、みんな嘘を書きましたわ。この方は、嘘を書かずに、制度の隙間だけで、百六十八万クローネを闇に落としましたの。
そして、ドルン主計官。「私は数字を動かしただけです」。……この方が、閣下を一度も庇わなかったことに、ロザリンドは、気づいておりますわ。
次話、フィーの出番ですの。あの子の暗算が、大蔵卿の「余り」を、一つ残らず、崩しますわ。
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