表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離縁された公爵夫人ですが、王宮監査官に任命されましたので、皆様の帳簿を拝見させていただきますわね? 〜数字は嘘を吐きませんの。追徴課税のお時間ですわ〜  作者: 桐谷ルナ
第二部 大蔵卿監査

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
45/53

第45話:私の結婚は、国庫で買われましたの

 翌朝、私たちは、また、あの樅の扉を、叩きましたわ。


「書記官長。塗り潰しを、解いていただきたいのですわ」


「お断りいたします」


 ヴィンター書記官長のお声は、昨日と、寸分違いませんでしたの。


「使途欄は、非公開特権の、まさに核心でございます」


「規定により、その通りです」


 セドリック様が、前に、出られましたわ。


「ですから、私が申し上げるのは、七十一件だけです。……書記官長。機密費とは、何ですか」


「王室財務局が、機密費として支出した、金でございます」


「では、財務局の機密費簿に、一件も載っていない支出は、機密費ですか」


 ヴィンター書記官長の、筆が、止まりましたわ。


「非公開特権は、機密費に与えられた特権です。機密費とは、機密費として計上された支出のこと。……計上されていない支出は、法的には、機密費ではありません。名もなき、出所不明の、王印璽つきの金です。特権の対象では、ありません」


 セドリック様は、そこで、一度、言葉を、切られましたの。


「閣下は、隠すために、帳簿から外しました。……ですが、帳簿から外れた瞬間、その七十一件は、隠す資格を、失っています」


 紙の匂いの中で、老書記官は、長いこと、黙っておられましたわ。


 それから、墨壺を、脇へ、押しやって。


「……七十一件のみ、でございますよ」


 私たちは、その七十一件を、一枚ずつ、確かめてまいりましたわ。


 どれも、まっとうな顔をしておりませんでしたの。


 貴族家への「融通」。商会への「立替」。ある伯爵家の債務の「肩代わり」。……そして、いくつかには、覚えのある符牒が、隅に、押されておりましたわ。


 「G」。


 五話で焼かれた帳簿にも、十八話の簿外借入にも、三十二話の司教の債務にも、あった印ですの。


「灰色台帳の、貸付ですわね」


「灰色台帳が、貴族に貸していたお金。その元手は……王国の、機密費でしたのね」


 王の金で、貴族を、借金漬けにする。

 借金漬けにした貴族から、脱税の分け前を、取る。


 国庫が、脱税網の、元手だったのですわ。


 ……あまりの構図に、私、一度、扇を、閉じましたの。


 七十一件を、確かめ終えたところで、フィーが、ふと、顔を上げましたの。


「あの……書記局には、もっと、古い控えも、ありますよね。同じことが、前からあったなら……」


 書記官長は、黙って、奥の棚を、示されましたわ。当局の控えは、三十七年分。……令状の射程は、財務局の綴りにしか、掛かりませんもの。


 そうして、日が暮れる頃に、その一枚は、出てまいりましたの。


 九年前の、機密費決裁。

 番号、百八十二。


 用途欄に、こう、ございましたわ。


 『ファルケンラート家縁組・支度金 三万クローネ』


 私、しばらく、その一行を、見ておりましたの。


 三万クローネ。

 ……私の、持参金と、同じ額ですわ。


 一話で、私、あの家に、突き返させていただきましたわね。「持参金三万クローネ、耳を揃えて」と。あれは、ファルケンラート家が、娘に持たせたお金だと、私、信じておりましたの。


 違いましたわ。


 あれは、国庫から、出ておりましたの。

 私の結婚は——国の、お財布で、買われましたのね。


 けれど、震えたのは、その下の行ですわ。


 機密費の決裁書には、目的の欄が、ございますの。密偵なら「情報収集」、根回しなら「外交」と、一言だけ、書かれておりますわ。


 その欄には。


 『オーギュスト・ファルケンラートの遺した書類の、相続監視』


 __________

 【監査手帖】

 ・支度金三万=国庫から支出(九年前)

 ・目的欄「オーギュストの遺した書類の、相続監視」

 ・私は、嫁がされたのではない。見張られていたのですわ

 __________


 私、その紙を、両手で、持っておりましたわ。


 三十九話で、私、申し上げましたのね。「はじめから、愛される予定が、盤の上に、書かれていなかっただけ」と。


 あのときは、それでも、わかりませんでしたの。

 なぜ、私だったのか。


 わかりましたわ。


 祖父は、何かを、遺しましたのね。

 書類を。灰色台帳の、都合の悪い、書類を。


 そして、祖父が、雨の夜に亡くなったあと、彼らは、それを、探しましたわ。見つからなかったのですわね。だから、決めましたの。


 ——遺した書類は、いずれ、孫娘の手に渡る。ならば、孫娘ごと、囲ってしまえばよい。


 公爵家に、嫁がせて。

 外の帳簿から、切り離して。

 「数字ばかりで可愛げがない」と言われ続ける場所に、八年、置いておけば。


 あの家の帳簿を、私が、必死につけていた八年。

 あれは、飼い殺しの、八年でしたの。


 ……いいえ。


 私、顔を、上げましたわ。


 違いますわね。

 飼い殺そうとした、八年ですの。


 彼らは、失敗いたしましたわ。私、あの家の帳簿を、誠実につけましたもの。領民の帳面に、私の名は、残りましたもの。そして今、私は、こうして、彼らの帳簿を、開いておりますの。


 九年前、この決裁書に判を押した誰かは、いま、たいそう、後悔しておりますでしょうね。


「ロザリンド様」


 フィーが、隣から、そっと、決裁書の、下の隅を、指しましたわ。


「あの……ここ」


 決裁者の欄には、見慣れた署名が、ございましたの。


 マルバス。


 けれど、その左に、もう一つ、欄が、ございましたわ。

 起案者の、欄ですの。


 白紙でしたわ。


 名前は、ございませんの。ただ、そこに、小さく。


 「G」。


 私、その一文字を、見つめましたわ。


 決裁したのは、大蔵卿。

 けれど、これを、書けと、言った人が。


 ……この上に、まだ、いらっしゃいますのね。


第1話の、あの妙に手慣れた離縁状を、覚えていらっしゃいますかしら。……わたくしの結婚は、初めから、仕組まれておりましたの。その「誰が・何のために」が、今日、ようやく出そろいましたわ。

祖父オーギュストが遺した、灰色台帳にとって都合の悪い書類。それが孫娘に渡ることを恐れて、彼らは、孫娘ごと公爵家に囲った。支度金三万クローネは、国庫から。……ロザリンドの八年は「愛されなかった八年」ではなく「敵が彼女を恐れ続けた八年」でしたの。屈辱が、証明に、反転いたしましたわ。

そして、決裁者はマルバス侯爵。けれど、起案者の欄は、白紙のまま、「G」の一文字。

大蔵卿は、この王国でいちばん大きな財布の、持ち主ですわ。……その方に、書けと言える人が、いる。

次話、国庫が、どうやって灰色台帳の元手にされていたのか。手口の全容ですの。

ブックマークと評価、どうぞよろしくお願いいたしますわ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ