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離縁された公爵夫人ですが、王宮監査官に任命されましたので、皆様の帳簿を拝見させていただきますわね? 〜数字は嘘を吐きませんの。追徴課税のお時間ですわ〜  作者: 桐谷ルナ
第二部 囁き屋

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第41話:糸の先の、大蔵卿

 ミレーヌの声は、失われましたわ。

 けれど、彼女が、盤の上で書き残した数字は、消えておりませんでしたの。


 配置名簿。人事費の支払い明細。偽造書類の束。そして、彼女が最後に遺した、一片の手掛かり——差し入れのお茶の、出どころを示す、小さな符牒ですわ。


 私たちは、それらを、繋ぎ合わせましたの。フィーの暗算で、金の流れを。セドリックの法解釈で、責任の所在を。一つずつ、丁寧に。


 そして、すべての糸の、先に。

 一つの、名が、浮かびましたわ。


 大蔵卿、マルバス侯爵。


 人事費を出していたのは、機密費口座。その口座の、決裁権を持つのは、大蔵卿ただ一人。免税を証明もなく認可させたのも、機密費決裁。囁き屋を配置し、報酬を払い、そして——切り捨てたのも。すべて、その口座から、始まっておりましたの。


「証拠は、状況証拠ばかりですわ」


 私は、殿下の執務室で、報告いたしましたの。


「証人は、消えました。決定的な、一枚は、まだ、ございませんの。……けれど、金の流れは、すべて、大蔵卿の機密費口座を、指しておりますわ。あとは、その口座を、正面から、開くだけですの」


「財務局への、特別会計検査だな」


 殿下は、机の上に、一通の書状を、置かれましたわ。

 王の、印璽ですの。


「陛下は、ミレーヌの死を、重く見ておられる。拘束中の証人が、監査庁の目の前で消された。……これは、王国の司法への、挑戦だ。兄上は、お怒りだ」


 殿下の声は、静かでしたけれど、その奥に、熱が、ございましたわ。


「大蔵卿マルバス侯爵の、機密費口座に対する、特別監査令状。……相手は、王国徴税の元締め。王宮の、中枢だ。これを開けば、もう、後戻りはできん。……受けるか、監査官殿」


 私は、その書状を、見つめましたわ。


 二十話で、監査中止の圧力をかけに、乗り込んできた、あの大蔵卿。

 私の結婚を「買った」お金の、出どころ。

 ミレーヌを、配置し、切り捨てた口座の、主。


 ようやく、糸の先の、顔に、手が届きますの。


「……受けますわ」


 私は、書状を、手に取りましたの。


 けれど、その前に。

 私、一つだけ、自分の帳簿に、書いておきたいことが、ございましたの。


「殿下」


「なんだ」


「私の結婚は、仕組まれておりましたわ。誰かが、私を、盤に乗せて、八年、飼い殺しにいたしましたの。……ですから、私、長いこと、疑っておりましたわ。今、こうして、監査官になっていることも。殿下に、スカウトされたことも。全部、誰かの、書いた帳簿の、通りではないか、と」


 殿下が、私を、見ましたわ。


「けれど、決めましたの」


 私は、まっすぐに、殿下を、見返しましたわ。逃げずに。


「たとえ、私が、盤に乗せられた駒だとしても。……盤の上で、何を選ぶかは、私の、字ですわ。誰にも、書けませんの。私の帳簿に、私の意思で、書くことだけは。——ですから、殿下」


 私、少しだけ、頬が、熱うございましたけれど。

 今度は、扇で、隠しませんでしたの。


「私が、あなたのお傍で、監査官を続けることは。誰かに、書かされたのでは、ございませんわ。私が、私の字で、選びましたの。……そう、決めさせていただきますわ」


 殿下は、しばらく、私を、見つめて。

 それから、ふと、口の端を、上げられましたの。いつもの、無骨な笑みで。


「……そうか」


 たった、一言でしたわ。

 けれど、この方の「そうか」は、たくさんの言葉より、温こうございますの。私、それを、もう、知っておりますわ。


 殿下は、それから、真面目な顔に、戻られましたの。


「大蔵卿は、手強いぞ。あれは、司教のように、聖性で武装してはいない。ミレーヌのように、影に隠れてもいない。……王国の、法と権力の、ど真ん中に、堂々と、座っている。倒すには、王国の法そのものを、味方につけねばならん」


「望むところですわ」


 私は、扇を、開きましたの。今度は、隠すためではなく。刃を、抜くために。


「王国の法は、もともと、正しく記録する者の、味方ですもの。……大蔵卿マルバス侯爵。糸の、いちばん太いところを、拝見させていただきますわね?」


 ——第五章・完——


 第5章「囁き屋」、これにて締めですわ。ロザリンドが、自分の帳簿を監査し、仕組まれた結婚の真相に触れ、そして——宿敵ミレーヌを、救えぬまま、失いましたの。悲しみの残る章でしたけれど、その分、ロザリンドは、強くなりましたわ。「盤の上で何を選ぶかは、私の字」。受け身の自覚から、能動の決意へ。殿下への想いも、初めて、自分の言葉で。

 そして、いよいよ、第2部の大ボス——大蔵卿マルバス侯爵が、糸の先に。次の第6章は「大蔵卿監査」。王国徴税の元締め、王宮の中枢を、正面から。第2部の、最大の決算が、近づいてまいりますわ。

 ……ただ、覚えていてくださいませ。ミレーヌを消した手は、まだ、顔を隠しておりますの。そして、あの優しい先代総裁の言葉も。灰色は、まだ、いちばん深いところを、見せてはおりませんのよ。

 ブックマークと評価、第2部後半への、何よりの軍資金ですの。どうぞよろしくお願いいたしますわ。次章で、お会いしましょうね。


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