表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
離縁された公爵夫人ですが、王宮監査官に任命されましたので、皆様の帳簿を拝見させていただきますわね? 〜数字は嘘を吐きませんの。追徴課税のお時間ですわ〜  作者: 桐谷ルナ
第二部 囁き屋

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
40/52

第40話:口を割る前に、消される数字

 証言の、朝ですわ。


 私は、いつもより早く、監査庁へ、向かいましたの。ミレーヌの証言を、一言一句、記録するために。大蔵卿への、確かな一手にするために。


 拘束房の前が、騒がしゅうございましたわ。

 護衛が、慌ただしく、出入りしておりますの。


 嫌な、予感がいたしましたわ。監査官の性で、ぴったり合わない光景を見ると、まず、疑いますの。この、慌ただしさは、証言を待つ朝の、慌ただしさでは、ございませんわ。


「監査官殿……」


 護衛の一人が、青い顔で、私を、見ましたの。


 私は、房に、入りましたわ。


 ミレーヌは、寝台に、横たわっておりましたの。

 眠っているように、静かに。砂糖菓子の仮面を、脱いだ、素顔で。


 けれど、その頬は、もう、温かくは、ございませんでしたわ。


 卓の上に、飲みかけの、お茶が、一つ。昨夜、差し入れられたものだそうですわ。誰が、差し入れたのか、記録は——ございませんでしたの。まるで、初めから、なかったように。


 医師は、心の臓の、発作だと、申しましたわ。持病の、ある人だった、と。

 ……そういう、ことに、なりましたの。


 私は、しばらく、その場に、立ち尽くしておりましたわ。


 昨夜の、あの笑み。

 「明日、ね」。


 あの人は、わかっていたのですわ。

 自分が、盤から、下げられることを。だから、あんなに、寂しそうに、笑ったのですわ。


 私、庇護を、約束いたしましたのに。

 記録に残せば、誰も、勝手には下げられない、と。……数字は、消せない、と。


 間に合いませんでしたわ。

 台帳は、私の記録より、一晩、早かったのですの。


「……フィー。セドリック様」


 駆けつけた二人に、私は、静かに、申しましたわ。


「口を割る前に、消されましたわ。証言の、前夜に。……持病の、発作、ということに」


 フィーが、口を、押さえましたの。セドリックは、拳を、握りしめて、俯きましたわ。


 これが、灰色台帳の、やり方ですわ。

 金を貸し、人を配置し、要らなくなれば——切り捨てる。

 人を、数字で、扱う帳簿は。人を、数字を、消すように、消しますの。


 そして、私は、気づいてしまいましたわ。

 この、静かすぎる消し方に。


 持病の、発作。誰も、疑わない、自然な死。記録は、初めから、なかったように。


 ……どこかで、聞いたことが、ございますわ。

 十二年前。雨の夜。馬車の、事故。誰も、疑わない、不運な死。


 お祖父様の、死と。

 同じ、匂いが、いたしますの。


 台帳は、口を割りそうな者を、切り捨てる。

 祖父も、灰色に、触れてしまったから——

 いいえ。


 私、拳を、握りしめましたわ。憶測は、監査ではございませんの。数字が、足りませんわ。今は、まだ。


 けれど、この、冷たい房の中で、私、一つだけ、確かなことを、悟りましたの。


 私が戦っている相手は。

 貴族の脱税でも、司教の横領でも、囁き屋の偽造でも、ございませんでしたわ。


 人を、平気で、消す、仕組みですの。

 顔のない、数字の、仕組み。


 ……いいえ。違いますわ。


「セドリック様。人を消すのは、仕組みでは、ございませんの」


 私は、顔を、上げましたわ。


「仕組みには、手が、ございませんもの。お茶を差し入れた手が、必ず、どこかに、ございますわ。その手を動かした、頭が。……顔の、ない、敵など、おりませんの。顔を、隠しているだけですわ」


 私は、ミレーヌの、冷たくなった手を、そっと、握りましたの。


 宿敵でしたわ。私の八年を、奪った人。

 けれど、最後は、盤から下げられるのを、怯えていた、一人の、駒でしたの。


「ミレーヌ。……あなたの声は、間に合いませんでしたわ。私の、力不足ですの。ごめんなさいね」


 私は、そっと、頭を、下げましたわ。


「でも、あなたが、盤の上で、書き残した数字は。……私が、必ず、読みますわ。あなたを消した手の、名前まで。きっと、たどり着いてみせますの」


 ……つらい回を、書きました。ミレーヌは、証言の前夜に、消されましたわ。持病の発作、ということに。宿敵でありながら、最後は盤から下げられるのを怯えていた、一人の駒。ロザリンドの庇護は、一晩、間に合いませんでしたの。

 そして、この静かすぎる消し方が、祖父オーギュストの「馬車の事故」と、同じ匂いだと、ロザリンドは悟ります。……ただし、まだ数字は足りません。憶測は監査ではない、と自らを律しながら。

 「顔のない敵など、おりませんの。顔を、隠しているだけですわ」——ロザリンドの、静かな怒りの宣言ですわ。

 次話、第5章・完。糸の先に立つ、大蔵卿マルバス侯爵の姿が、いよいよ。

 ブックマークと評価が、この監査官の、何よりの支えですの。どうぞよろしくお願いいたしますわ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ