第37話:配置名簿は、人を数字で扱いますの
配置には、必ず、報酬の記録がある。
セドリックの言葉を頼りに、私たちは、金の流れを、遡りましたわ。
ミレーヌのような「配置される人」への支払いは、当然、表帳簿には、載りませんの。けれど、フィーが、灰色の三冊——北の塩、南の港、司教の帳面を、突き合わせて、共通の支払先を、拾い上げましたわ。
「ロザリンド様。見つけました」
フィーの指が、震えておりましたの。
「毎月末に、三冊とも、同じ額を、同じ符牒に、払っています。『人事費』って、書いてあります。……人の、費用です」
人事費。
人を、配置する、費用。
「符牒を、辿れますこと?」
「はい。……ぜんぶ、大蔵卿の、機密費口座に、繋がります。人事費を出しているのも、受け取っているのも、機密費口座です。お金が、そこから出て、そこへ、帰ってくる……ぐるっと、回って」
大蔵卿の、機密費口座。
ミレーヌの言った、薔薇の、お庭ですわ。
そして、その「人事費」の、支払明細を、遡った先に。
私たちは、一冊の帳面に、行き当たりましたの。
配置名簿、ですわ。
セドリックが手を回して、財務局の機密費綴りの奥から、写しを取り寄せた、灰色の帳面。それは、これまでの、どの灰色の帳面よりも、寒々しゅうございましたわ。
なぜなら。
そこに書かれていたのは、お金では、ございませんでしたの。
人、でしたわ。
「……読み上げても、よろしいこと?」
私は、頁を、めくりましたの。
「『M家・令嬢・ドラクロワ伯爵家へ配置・目的、港湾利権の掌握』。『某・元執事・ラング侯爵家へ配置・目的、遺産分割への介入』……」
人が、家へ、配置されておりますわ。
まるで、駒を、盤に置くように。目的を添えて。期限を添えて。
人の一生が、帳簿の、一行に、なっておりますの。
これが、灰色台帳の——いちばん、冷たい頁ですわ。
そして。
頁を、めくった、その先に。
「……ございましたわ」
私は、自分の指が、止まるのを、感じましたの。
『M・グランツベルク公爵家へ配置』
『対象、ファルケンラート家・令嬢ロザリンド』
『目的——』
目的の欄は。
暗号で、書かれておりましたわ。読めない、記号の、羅列で。
他の配置の目的は、すべて、はっきりと書かれておりますのに。「利権掌握」「遺産介入」と。
私の配置の、目的だけが。
暗号で、隠されておりましたの。
わざわざ、隠すほどの、目的。
私の八年間が、誰にも読めない記号の、向こうに、閉じ込められておりますわ。
……お祖父様。
やっぱり、私は、あなたのために、盤に乗せられたのですのね。
「ロザリンド様……これ」
「大丈夫ですわ、フィー」
私は、静かに、頁を、指で、なぞりましたの。
「暗号は、書いた人が、いちばん見られたくない、ということですわ。……見られたくないものほど、暴く価値が、ございますのよ。監査官の、鉄則ですわ」
配置名簿には、ミレーヌの、今の居所を示す記述も、ございましたの。次の配置先。あるいは、報酬の受け取り場所。
囁いて消える彼女の、声は、追えませんでしたわ。
けれど、彼女に払われた「人事費」の、支払いの跡は。
まっすぐに、彼女の、居場所を、指しておりましたの。
「ミレーヌの、居所が、割れましたわ」
私は、扇を、開きましたの。
「あの人を、もう一度、拝見しに参りますわ。……ただし、今度は、囁きの届かない場所で。数字の、逃げ場のない場所で。……監査庁の、査問台の上で、ですわ」
声は、消える。
けれど、査問台の上では、囁きは、通用いたしませんの。
そこで通用するのは、数字だけ。そして、数字の逃げ場のなさにかけては——私は、この国で、誰にも、負けませんわ。
配置名簿。人を、数字で扱う、いちばん冷たい帳簿ですわ。人の一生が、目的を添えられて、一行に。「M家令嬢・港湾利権掌握のため配置」——読者の皆様は、これで、ドラクロワ編(南の港)のミレーヌ登場の意味も、腑に落ちたかもしれませんわね。
そして、ロザリンドの配置だけが、目的欄を暗号で隠されている。他はすべて明記されているのに。……わざわざ隠すほどの目的とは。祖父の影が、いよいよ濃くなりますわ。
次話、ロザリンドの反撃。「囁きは、囁いた本人に返りますの」。声で戦う囁き屋を、数字で、逃げ場のない場所へ。
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