第36話:わたしの家も、灰色でした
囁き屋が、どうやって、貴族の家に食い込むのか。
それがわからねば、ミレーヌの「配置」の仕組みも、追えませんわ。
監査庁の卓を囲んで、私が、そう申し上げたとき。
セドリックが、しばらく黙ってから、口を開きましたの。
「……私が、話しましょう」
いつもの、早口では、ございませんでしたわ。
「囁き屋が、どうやって家に入り込むか。私は、知っています。……身をもって、知っています」
「セドリック様?」
「モロー伯爵家。私の、実家です」
セドリックは、卓の一点を、見つめておりましたの。
「あの家も、灰色台帳の、債務者です。父が、若い頃、事業に失敗して、灰色の帳元から、金を借りた。法定の倍以上の、利率で。……以来、モロー家は、灰色に、握られています」
私は、黙って、聞いておりましたわ。
「灰色は、金を貸すと、次に、人を送り込んでくる。『金の管理を手伝う者』という名目で。実際は、当主の耳元で囁き、家の内情を、逐一、帳元へ流す。……我が家にも、来ました。私が、十五のときです」
「その方は、今も」
「いいえ。私が、追い出しました」
セドリックは、うっすらと、笑いましたわ。痛みを、隠すように。
「私は、法学を学びました。……最初は、家を、灰色から救うためです。借金の証文を、隅から隅まで読んで、法定利率を超えた分は無効だと、突きつけて。囁き屋の偽造した書類を、一枚ずつ、暴いて。……三年、かかりました。家から、灰色の手を、剥がすのに」
「ご立派ですわ」
「立派なものですか」
セドリックは、首を振りましたわ。
「私は、家を、救えなかった。灰色の手は剥がせても、父の心は、もう、灰色に、飼われていた。……私は、家と、縁を切りました。今は、月々の仕送りだけ、送っています。顔も、合わせずに」
縁を切った家を、仕送りで支えている。
この、嫌味な同僚の、いちばん柔らかいところですわ。
「だから、私は、灰色を、憎んでいます。……離縁された夫人に何ができる、と、あなたを嘲ったあの日、私は、あなたが、灰色を暴く人になるとは、思っていなかった。今は」
セドリックは、私を、まっすぐに、見ましたわ。
「今は、あなたと、同じ盤の上で、戦えることを——規定により、光栄に、思っています」
……この方、照れ隠しに、規定を使いますのね。可愛げが、ございますこと。
「セドリック様。一つ、伺いますわ」
私は、頭の中の帳簿を、めくりましたの。
「囁き屋は、灰色の債務を握った家に、配置される。……そうおっしゃいましたわね。でも、私の実家、ファルケンラート家には、灰色の債務は、ございませんでしたの。借金一つ、ございませんでしたわ。祖父は、そういう人でしたの」
「ええ。それが、おかしい」
セドリックの目が、鋭くなりましたわ。
「囁き屋の配置は、必ず、債務を口実にする。金を握って、その見返りに人を送る。……なのに、あなたの家には、握るべき債務がなかった。にもかかわらず、あなたは、配置の対象になった。ミレーヌを、送り込まれた」
「借金以外の、理由で、私は、標的にされた」
「そういうことに、なります」
借金以外の、理由。
灰色台帳が、金でもなく、脅しでもなく、わざわざ、一人の娘を、八年かけて盤に乗せた、理由。
……お祖父様。
徴税請負の、帳簿の家。
灰色を、三十年前から知っていた、と呟いて、亡くなった祖父。
亡くなる前の冬、財務局に日参し、聖アガタにも通っていた祖父。
もしかして。
私が標的にされたのは——祖父が、何かを、知りすぎたから、ではないかしら。
その何かを、私に、遺さないように。
私を、飼い殺しにして、帳簿から、遠ざけるために。
監査官の性が、ざわめきますわ。
けれど、ここから先は、まだ、数字が、足りませんの。憶測は、監査ではございませんわ。
「セドリック様。ありがとう。……あなたの傷を、道具にして、申し訳ないけれど」
「道具にしてください」
セドリックは、法典を、とん、と卓に置きましたわ。いつもの顔で。
「そのために、私は、灰色の食い込み方を、覚えたんです。……さあ、ミレーヌの『配置』の跡を、辿りましょう。配置には、必ず、報酬の記録がある。規定により、金は、必ず、跡を残します」
嫌味な同僚セドリックの、いちばん柔らかいところが、明かされましたわ。灰色に飼われた実家、三年かけて剥がした灰色の手、そして縁を切った家を、今も仕送りで支えている——照れ隠しに「規定により」と言う彼の、不器用な優しさですの。
そして、深まる謎。ファルケンラート家には借金がなかったのに、なぜロザリンドは標的にされたのか。「祖父が、知りすぎたから」——監査官の性は、そう囁きます。けれど、憶測は監査ではございませんわ。
次話、囁き屋の全容——「配置名簿」に、いよいよ迫りますの。
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