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離縁された公爵夫人ですが、王宮監査官に任命されましたので、皆様の帳簿を拝見させていただきますわね? 〜数字は嘘を吐きませんの。追徴課税のお時間ですわ〜  作者: 桐谷ルナ
第二部 聖なる免税

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33/52

第33話:先代総裁は、灰色を知る前から

 ヴァルター・グリム様のお住まいは、王都のはずれ、林檎の木に囲まれた、小さな家でしたわ。


 伝説の監査官、監査制度の父——そう伺っておりましたので、もっと厳めしい御方を想像しておりましたの。けれど、迎えてくださったのは、白い髭の、穏やかな老人でしたわ。膝に、猫を抱いて。


「おや、おや。レオンハルト殿下の使いの、お嬢さんかね。……いや、使いではないな。その目は」


 グリム様は、私を見て、ふ、と、目を細めましたわ。


「監査官の、目だ。数字の裏側を見ようとする、あの目でね。……久しぶりに見たよ。オーギュストと、同じ目だ」


 ——お祖父様と、同じ。


「祖父を、ご存じですのね」


「知っているとも。オーギュスト・ファルケンラートは、私の、いちばん古い友だった。若い頃、二人で、この国の徴税を、一から数え直したものだよ。……あれの孫娘が、監査官とはね。血は、争えん」


 グリム様は、私を、炉端に招いてくださいましたわ。温かい、林檎のお茶を出して。この御方の暖炉には、ちゃんと、薪がくべられておりましたの。


 私、単刀直入に、伺いましたわ。回り道は、性に合いませんの。


「グリム様。財務局の、古い免税認可の記録を、辿りたいのですわ。ある不正な認可が、証明もなく、通されておりました。その認可の、決裁ラインを遡りたいのですけれど、今の財務局は、口を噤んでしまって」


「ふむ。免税認可の、決裁な」


 グリム様は、猫の背を、ゆっくりと撫でながら、おっしゃいましたわ。


「認可というのはね、お嬢さん。判が、いくつも、連なって成るものだ。窓口の係が受け、課の長が検め、局の長が認める。だが——その、いちばん最後に、責を負わずに判を押せる場所が、一つだけある。財務局の、機密費に関わる決裁だよ」


「機密費」


「うむ。機密費の決裁は、記録の閲覧が、大蔵卿の許可を要する。つまり、大蔵卿だけが、その最後の判を、誰にも見られずに押せる。……お嬢さんの追っている、証明なき認可。それが機密費の決裁を通っているなら、辿り着く先は、一つだ」


 大蔵卿。マルバス侯爵。

 二十話で、監査中止の圧力をかけに、監査庁へ乗り込んでこられた、あの御方。


 やはり、そこへ、繋がりますのね。


「マルバス侯爵の、機密費決裁を、開けばよろしいのですわね」


「そうだ。……だが、気をつけなさい、お嬢さん」


 グリム様は、少しだけ、声を、落とされましたわ。


「大蔵卿は、賢い。あれは、自分の手を、決して汚さん。汚れ仕事には、必ず、別の手を使う。人を配置し、囁かせ、いざとなれば、その手ごと、切り捨てる。……あれを追うなら、まず、あれが『配置した手』を、探すことだ。手を辿れば、頭に届く」


 配置した、手。

 ——ミレーヌ。


 元夫の傍らに配置され、私の結婚と離縁を、囁いた、あの人。二十三話で、置き手紙を残して、消えた、囁き屋。


 私の胸の内で、点と点が、繋がりましたわ。


 助かりましたわ。この御方は、迷路の、いちばんよい近道を、教えてくださいますの。祖父の盟友というのは、本当のようですわ。


「ありがとうございます、グリム様。おかげで、道が、見えましたわ。……あとは、灰色の帳元さえ、辿れれば」


 そう申しかけた、そのときですわ。


「灰色は、厄介だよ」


 グリム様が、静かに、おっしゃいましたの。


 ……あら。


 私、まだ、灰色の帳面のことを、この御方に、何も、申し上げておりませんでしたわ。灰色の封筒のことも、灰色の通い帳のことも。「灰色の帳元」という言葉すら、口にしておりませんでしたの。


 なのに、この御方は。


「灰色は、な、お嬢さん。三十年、いや、それ以上、この国に、根を張っている。オーギュストも、最後は、それに、触れてしまった。……だから、ああなった」


「グリム様」


 私は、努めて、穏やかに、伺いましたわ。監査官の性を、微笑みの下に、隠して。


「祖父は、馬車の、事故で、亡くなりましたの。……『ああなった』とは、どういう」


 グリム様は、ほんの一瞬、口を、噤まれましたわ。

 それから、林檎のお茶を、一口。優しい、老人の顔で。


「……老いた者の、繰り言だよ。友の死は、いつだって、事故には思えんものでね。歳を取ると、そう感じるのさ」


 そう言って、猫の背を、また、ゆっくりと、撫でられましたわ。


 私、それ以上は、伺いませんでしたの。

 いいえ、伺えなかった、というのが、正しゅうございますわ。


 この御方は、灰色を、私が話す前から、知っていらした。

 祖父の死を、事故だと、思っていらっしゃらない。


 それだけなら、祖父の古い友の、当然の勘、かもしれませんわ。……ええ、きっと、そうですの。


 ただ、監査官の性が、ざわめきますのよ。

 ぴったり合いすぎる数字を、見たときと、同じように。


 帰り道、私は、殿下に、ご報告いたしましたわ。次の監査先は、大蔵卿マルバス侯爵の、機密費決裁。そして、そこへ届くための、最初の一手は——消えた囁き屋、ミレーヌを、見つけ出すこと。


「ミレーヌを、探しますわ」


 私は、扇を、開きましたの。


「あの人は、二十三話で、置き手紙を残して、消えましたわ。『次の配置』へ、と。……ならば、必ず、次の盤の、どこかに、いらっしゃるはずですの。囁き屋は、囁く相手のいる場所にしか、いられませんもの」


 林檎の木の家を、振り返りましたわ。

 窓辺で、グリム様が、猫を抱いて、こちらを見送っておられましたの。優しい、笑顔で。


 優しい、笑顔で。


 ——第4章・完——


 第4章「聖なる免税」、これにて締めですわ。フィーの古巣を救い、聖なる壁を破り、そして——祖父の盟友、ヴァルター・グリムに出会いましたの。

 優しい御方でしたわ。道を教えてくださり、近道を示してくださった。……ただ、一つだけ。ロザリンドが話す前から、「灰色」を、知っていらした。祖父の死を、事故だとは、思っていらっしゃらなかった。

 それが何を意味するのかは、まだ、誰にも——ロザリンド自身にも、わかりませんの。監査官の性が、ざわめいただけですわ。

 次の第5章は、「囁き屋」。消えたミレーヌを追ううちに、ロザリンドは、自分の結婚そのものの、真相へ触れてまいりますわ。二十三話の置き手紙の続きが、いよいよ動きますの。

 第2部、ますます面白くなってまいりますわよ。ブックマークと評価、続きの何よりの軍資金ですの。どうぞよろしくお願いいたしますわ。


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