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離縁された公爵夫人ですが、王宮監査官に任命されましたので、皆様の帳簿を拝見させていただきますわね? 〜数字は嘘を吐きませんの。追徴課税のお時間ですわ〜  作者: 桐谷ルナ
第二部 聖なる免税

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第29話:認可なさったのは、神様ではなく財務局ですわ

 監査庁に戻り、私たちは、聖なる免税の壁を、卓の上に広げましたわ。


「教会法の壁は、本物です」


 セドリックが、法典を積み上げながら、早口で申しましたの。


「聖職者の職務、寄進の用途、教会内部の会計——これらは教会法廷の管轄で、王国の監査権は及びません。規定により、司教の言い分は、半分は正しい。……ただし」


「ただし?」


「私は、半分しか、認めていません」


 セドリックは、一冊の法典を、とん、と卓に置きましたわ。


「免税そのものは、教会が決めたのではない。免税を『認可』したのは、王室財務局です。認可は、王国の行政行為。ならば、その認可が正しく出されたかどうかを検査するのは——完全に、王国法の管轄内です」


 そう。それですわ。

 私が、司教の前で申し上げた通り。神様は、認可印を、お押しになりませんの。


「王国税法、慈善免税の認可要件」


 私は、条文を、指でなぞりましたわ。


「免税を受けるには、『寄進が、実際に慈善へ充当された証明』を、財務局に提出しなければならない。——つまり、寄進が本当に孤児院のパンになったと、証明できて、はじめて免税ですの」


「その証明書類が」


「ええ。五年分、一枚もございませんでしたわ」


 財務局の綴りには、免税認可の印だけが、ずらりと並んでおりましたの。肝心の、充当証明は、白紙。誰かが、証明の確認を飛ばして、認可印だけを押していたのですわ。


 私たちが戦う相手は、教会法ではございませんの。

 「証明もなく認可印を押した、財務局の手」と、「その認可を金に換えた、司教の手」。

 どちらも、俗世の、人間の手ですわ。


「司教は、慈善への寄進が、いくら孤児院に充当されたかを、証明できない。証明できないなら、免税の前提が崩れる。前提が崩れれば——」


「五年分の免税は、遡って、無効」


 セドリックが、うっすら笑いましたわ。この方、悪い顔をするときだけ、少し可愛げが出ますのよ。


「無効になった免税は、すなわち、逃れた税。すなわち、追徴。……規定により、猊下は、詰みです」


 そのとき、フィーが、そっと、一冊の古びた帳面を、卓に置きましたわ。


 表紙も取れかけた、子供の落書きだらけの帳面ですの。


「あの……これ、孤児院の、本当の帳簿です」


「本当の、帳簿?」


「司教様に見せる帳簿とは、別に。……院長先生が、こっそり付けていました。本当に配ったパンの数、薪の束の数、靴の数を。子供が何人で、何を、いくつ。嘘の帳簿に印を押しながら、せめて本当のことを一つ、残しておきたいって。……わたし、それを、手伝っていました」


 私は、その帳面を、そっと開きましたわ。


 拙い字で、几帳面に。

 「パン 四十二人分の、半分」「薪 十束(足りぬ)」「靴 三足あたらしいこ」——


 三十年分の、本当の、暖炉の記録ですの。

 冷えた暖炉の、証言ですわ。


 帳簿には温もりが書いてあった。暖炉には薪がなかった。

 そのどちらが本当かを、この一冊が、証明してくれますの。


「フィー。……これを、持ってきてくれて、ありがとう」


 この帳面と、財務局の白紙の充当証明。二つを突き合わせれば、寄進がどこで消えたか、一クローネ単位で、追えますわ。


 証拠は、揃いましたの。

 あとは、儀式の、舞台を整えるだけですわ。


「殿下」


 私は、報告に上がりましたの。


「聖アガタの免税詐取、証拠が揃いましたわ。ただ、これを裁くには、教会法廷と、王国監査の、合同審理が要りますの。……教会は、王家の菩提寺。殿下が合同審理を陛下に上申なされば、殿下ご自身が、教会と王家の間で、板挟みになられますわ」


 殿下は、しばらく、黙っておられましたの。

 窓の外を、見ながら。


「……上申する。俺が」


「殿下」


「案じるな。兄上には、俺から話す」


 私、そのとき、妙なことを申しましたの。自分でも、驚きましたわ。


「殿下が、お困りになりませんの」


 殿下が、こちらを、振り向きましたわ。


「……君が、俺の心配をするのか」


「え」


 しまった、と思いましたわ。私、何を申しましたのかしら。監査の話をしていたはずですのに。相手の立場を数えるのは、監査官の仕事の内。ええ、そう。損得の勘定を、しただけですわ。……そのはずですのに、頬が、妙に、熱うございますの。


「……殿下が動けなくなれば、案件の規模が、上げられませんもの。政治的な、勘定ですわ」


「そうか」


 殿下は、少しだけ、口の端を上げられましたの。


「勘定なら、仕方ないな」


 この方、意地が悪うございますわ。

 ……私、自分の感情の収支だけは、どうしても、計算が合いませんの。困りましたこと。


「合同審理を、五日後に。……準備を、始めますわ」


 壁の土台を見つけましたわ。認可なさったのは神様ではなく財務局。ならば、俗世の帳簿で、俗世の手を裁けますの。

 そして、三十年分の「本当の帳簿」。フィーと院長が、パンと引き換えに嘘の印を押しながら、それでも残した一冊の真実。……これが、査問の日、聖なる壁を打ち砕きますわ。

 おまけに、ロザリンドの感情の収支が、少しばかり、合わなくなってまいりましたわね。ご本人は「政治的な勘定」だと言い張っておられますけれど。

 次話、合同審理。フィーの、暗算無双ですわ。

 ブックマークと評価、どうぞよろしくお願いいたしますわ。


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