第24話:グランツベルク公爵家、最後の決算
査問は、公爵家の大広間で開かれましたわ。
半年前、私が離縁状を受け取った、あの部屋ですの。
シャンデリアの下、あの夜と同じ場所に——今日は、査問の長机が置かれておりますのよ。
「それでは——決算を、申し上げますわ」
大広間に、私の声が響きました。
「グランツベルク公爵家。納税の滞納、二期分、一万一千クローネ。架空組合『東方交易組合』への支出、六万クローネ。これは王国詐欺防止条例にいう仮装取引に当たりますわ。簿外借入、四万八千クローネ、法定上限を超える利率年二割五分。そして、虚偽の財務報告に基づく、王室財務局への債務繰延の申請」
クレメンスは、被告席で、まっすぐ背を伸ばしておりました。
この半年で初めて見る、まっすぐな背中でしたわ。
「公爵家の責任は、二つに分けて算定いたしますの。一つ。架空投資と簿外借入を『指示した者』の罪。これは王都の筆跡照合と公証記録の捜査に引き継がれますわ。二つ。指示と知りつつ、自家の帳簿を偽り、王室を欺いた当主の罪。——これは、引き継ぎようがございませんの。署名は、すべて、あなたのものですから」
「……ああ。その通りだ」
判決は、午後に下りましたわ。
追徴と返納、計八万九千クローネ。公爵位の返上。領地は王領預かりとし、家屋敷は競売。クレメンス個人は、捜査への協力と引き換えに、北の修道院領での十年の謹慎。
騙された者の罪としては、重うございますわ。
けれど、署名した者の罪としては——一クローネも、多くはございませんの。
閉廷のあと、クレメンスが、護送の馬車の前で、足を止めましたの。
「監査官殿。最後に、一つだけ、訊いてもいいか」
「どうぞ」
「……君は、最初から知っていたのか。私が、君を恐れていたと」
私は、少し、考えましたわ。
「いいえ。存じませんでしたわ。あなたが私を疎んでいるのだと、思っておりましたの」
「疎む? ……違う。怖かったのだ」
クレメンスは、自分の手のひらを見つめました。
「君は、月の終わりの晩、いつも書斎で帳簿を付けていた。蝋燭を二本灯して。……あの灯りを見るたび、思った。この家の本当の当主は、あちらの部屋にいる。私は、署名をするだけの、印章だ。……『数字ばかりで可愛げがない』というのはな、ロザリンド。可愛げのない男の、精一杯の、負け惜しみだったのだ」
……あの夜の決算に、一行、書き漏らしがあったようですわね。
貸方に、『元夫の本音、八年分』。
いまさら受け取っても、使い道のない通貨ですけれど——帳簿は、合っているに、越したことはございませんの。
「クレメンス様。修道院領は、冬が長うございますわ。……お身体は、帳簿と違って、繰り延べが利きませんのよ。ご自愛なさいませ」
「————ああ」
馬車が、並木道の向こうへ消えるまで、私は見送りましたわ。
憎しみは、もう、残高ゼロですの。あの夜の精算で、取り立てが済んでおりましたのね。
夕刻。
王都から、筆跡照合の結果が、早馬で届きましたの。
セドリック様が、報告書を二度読み返して、低い声でおっしゃいましたわ。
「出ました。灰色の封筒の文、放火の指示書き二通、婚姻契約の保証人欄の署名——同一人の手です。そして公証人ヴァイスの記録から、東方交易組合の印章の登録代理人が割れました。代理人の名は偽名でしたが、登録料の支払い元の口座が」
「どちらでしたの」
「——王室財務局の、機密費口座です」
大広間の、シャンデリアが鳴りましたわ。風ですわね。ええ、風ですの。
王室財務局。
大蔵卿マルバス侯爵の、お膝元ですわ。
『帳簿には、開いてよい頁と、開いてはならぬ頁がある』——
侯爵様。
開いてはならぬ頁とやらの、見返しに、あなたの局の口座番号が書いてございましてよ。
八年の家の帳簿、これにて閉栓ですわ。お付き合いくださり、ありがとう存じます。
次話、第1部の最終話。「G」の印の正体に、最初の付箋が貼られますの。そして女帝……ではなく監査官は、王都へ凱旋いたしますわ。
ブックマークと評価、最終決算前の駆け込みも大歓迎ですのよ。




