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第23話:元夫の自白、消えた囁き屋

 翌朝、クレメンスのほうから、申し出てまいりましたの。


「ロザリンド。……いや、監査官殿。すべて、話す」


 書斎に、私とセドリック様、記録係としてフィー。

 クレメンスは、窓の外の庭を見ながら、ぽつり、ぽつりと、話しましたわ。


「八年前の縁談は、亡き父が決めた。……いや、正確には、父に『持ち込まれた』。仲介したのは、父の古い相談役だ。『ファルケンラート子爵家の娘は、帳簿の天才だ。あれを娶れば、家の財政は百年安泰だ』と」


「相談役のお名前は?」


「知らん。私は一度も会っていない。父が死んでからは、文だけが届いた。年に数度、灰色の封筒で」


 灰色の封筒。

 セドリック様の羽根ペンが、紙の上で、ぴたりと止まりましたわ。


「文には、何と?」


「助言だ。最初は、まともな助言だった。どの作物に税を掛けるな、どの商会と取引しろ。従えば、うまくいった。……君が来てからは、文は減った。家の財政は、君が回していたからな」


 クレメンスは、そこで初めて、私を見ましたの。


「半年前から、文が、また増えた。……内容が、変わった。『妻は家の金を握りすぎている』『子のない妻は家門の損失だ』『ミレーヌ嬢は男爵家の出だが、よく気がつく娘だ』——」


「離縁も、文の助言でしたのね」


「………………ああ」


 絞り出すような声でしたわ。


「離縁状の文面も、同封されていた。私は、写しただけだ。……君に精算書を突きつけられた夜、文の主に泣きついた。すると返事が来た。『東方交易組合に投資せよ。穴は貸し付けで埋める。悪いようにはせぬ』と。それが、これだ。この、ざまだ」


 妙に手慣れていた、あの離縁状。

 ええ。やっと、勘定が合いましたわ。あれを書いたのは、何十通も離縁状を書いてきた手——人の家を、文一本で動かしてきた手ですのよ。


「クレメンス様。最後の質問ですわ。その文は、保管なさっていて?」


「……焼けと、毎回書いてあった。焼いた。だが」


 クレメンスは、机の引き出しの底板を外しましたの。


「最後の一通だけ、焼けなかった。これを読んだ夜、初めて、怖くなったからだ」


 灰色の封筒。中の文は、短うございましたわ。


 『繰延の申請が通り次第、当家への貸付は王室保証に切り替わる。

 以後、貴殿の役目は終いである。

 妻女の監査が入るが、案ずるな。あれの手際は、よく知っている。』


 ——あれの手際は、よく知っている。


 私の、ですわ。

 帳元は、私の監査の手際を「よく知っている」と、書いておりますのよ。

 北の塩でも、南の港でもなく、もっと前から。もっと、近くから。


「セドリック様。この文とインクと封蝋、王都の公証記録と筆跡照合に回しますわ。最優先で」


「手配します。……それと、ロザリンド様。もう一つ、急報が」


 セドリック様が、扉口の護衛官から受け取った報せを読み上げました。


「ミレーヌ嬢が、消えました。今朝から、屋敷のどこにも」


 寝室は、もぬけの殻でしたわ。

 ドレスも宝石も、置いたまま。代々の婚約指輪だけが、化粧台に、ぽつりと残されておりましたの。

 ——指輪の下に、便箋が一枚。


 『ロザリンド様へ

 椅子の桟のこと、教えてくださったお礼に、一つだけ。

 わたくしの次の配置は、もう決まっておりますの。どこか、は申せませんけれど。

 一つ前の配置は、北の、塩のお町でしたのよ。子爵の後妻の、姪の役。

 ……あなたの監査は、いつも、わたくしの半年あとを歩いていらっしゃるわ。

 お先に失礼いたしますわね。 M』


「に、逃げられた……追跡を——」


「ええ、手配はいたしますわ。ですが、捕まりませんでしょうね」


 あの方は、駒ですらございませんの。

 組織の、巡回する部品ですわ。北の塩の町で子爵家に「気のつく娘」を配置し、役目が済めば、南へ、次へ。

 そして部品は、組織の全体図を、決して知らされませんのよ。……私が彼女の立場で設計しても、そういたしますわ。


 __________

 【監査手帖】

 ・縁談の仲介、八年間の「助言」、離縁の誘導、簿外貸付——すべて灰色の封筒の主。

 ・帳元は私の「手際をよく知っている」。要注意。私の技術は、どこかで筆写されている。

 ・ミレーヌ嬢は巡回部品。前任地は北の塩の町。

 ——役者が一人、舞台を降りましたわ。でしたら、舞台ごと、押さえますの。

 __________


 査問は、三日後ですわ。


弱い人の自白と、賢い人の退場。どちらも、帳元の影だけを残してまいりましたの。

次話、グランツベルク公爵家、最後の決算ですわ。八年勤めた家の帳簿を、私が閉じますの。

ブックマークと評価、灰色の封筒……ではなく、明るい色でお願いいたしますわね。

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