第18話:簿外の借入、宛先のない返済
「返済は、どうやって行われていますの?」
翌朝の打ち合わせで、私はそこから始めましたわ。
借入が簿外でも、返済は現金が動きますの。現金が動けば、必ず、運んだ人がおりますのよ。
「管財人に聞き取りました。月の最終の晩、執事室で革袋を渡される。中身は見るなと言われている。それを、領都の『青鷺亭』という宿の一室に届ける。部屋の主の顔は、一度も見たことがない」
「月の、最終の晩」
フィーと、セドリック様と、私の声が、揃いましたわ。
ベルマンの上納も、セルヴァンの集金も——月末ですの。
灰色の帳元は、月締めがお好きですのね。ええ、几帳面な経理ほど、締め日は動かしませんのよ。
「次の月末まで、八日です。張り込みますか」
「ええ。ですが今回は、捕えませんわ。荷を、辿りますの」
南の港では、深追いを控えましたわ。ですが今回は、王都が近うございます。殿下の権限で、街道の関所に検問の網を張れますの。
そして、もう一つの糸口——「東方交易組合」ですわ。
「登記がないのに、公爵家からの送金は受け取っている。送金の方法は?」
「為替手形です。王都の両替商『バルツァー商会』振り出し。受取人は組合名義。換金の記録は……バルツァー商会が、開示を拒んでいます。顧客の秘密、だそうです」
「あら。両替商には、王国為替条例の検査受忍義務がございますのよ。セドリック様?」
「条例第十四条。監査庁の令状があれば、拒否は営業許可の取り消し事由です。……ふふ。明日の朝が楽しみだ」
セドリック様、最近、条文を読み上げるときのお顔が、生き生きとしてらっしゃいますの。よい傾向ですわ。
バルツァー商会は、令状を見せた途端、それはもう協力的になりましたわ。
「『東方交易組合』名義の口座の出入りです。公爵家からの六万クローネは、入金の当日に、三つの口座へ分割送金されています。一つは王都の宝飾商への支払い。一つは仕立屋。そして残りの大半、四万八千が——番号だけの預かり口座へ」
「宝飾と、仕立……」
フィーが、はっと顔を上げました。
「ミレーヌ様の、ドレスと宝石!」
ええ。繋がりましたわ。
公爵家の帳簿に存在しないミレーヌ様の暮らしは、公爵家から「投資」名義で抜かれたお金で、外から払われておりましたの。
クレメンスは、自分の家の金で着飾った女に、家を傾けられておりますのよ。……なんと申しますか、利息より質の悪いお話ですわ。
「番号口座の主は?」
「両替商も知らされていません。開設の仲介をしたのは——王都の公証人、ヘルマン・ヴァイス」
その名前を、セドリック様が手帖に書き付けて、ふと、手を止めましたの。
「ヴァイス……どこかで。……ああ、思い出した。ベルマン子爵の塩の売買契約書です。南の港の買い手側の公証を、全部この男がやっていた」
北の塩。南の港。そして、この家の簿外借入。
三つの案件の紙の上に、同じ公証人の印章が、ぽつり、ぽつりと、捺されておりますの。
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【監査手帖】
・「投資」六万の行き先:ミレーヌ嬢の装い(一万二千)+番号口座(四万八千)。
・番号口座の仲介:公証人ヘルマン・ヴァイス。北と南の案件にも登場。
・返済の革袋は月末の晩、「青鷺亭」へ。
——点が三つ。三つ揃えば、線ではなく「面」ですわ。組織の面ですの。
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報告を聞いた殿下は、しばらく黙って、それから、静かにおっしゃいましたの。
「ロザリンド。ここから先は、足場を確かめて進め」
「あら。いつも確かめておりますわ」
「そうじゃない。……北の子爵は、お前を脅した。南の伯爵は、買おうとした。どちらも失敗した。なら、次に連中が試すのは」
殿下は、窓の外の、暮れていく庭を見ました。
八年間、私が眺めていた庭ですわ。
「——お前の『大切にしているもの』だ。それが連中の、三つ目の手口だろう」
大切にしているもの。
はて。財産は自分で守れますし、評判はとうに焼かれましたし。
……そこまで考えて、私、気づいてしまいましたの。
階下の食堂から、フィーの笑い声が聞こえますわ。セドリック様が何か理屈を捏ねて、フィーが笑って、護衛官まで笑っておりますの。
ああ。
いつの間にか、増えておりましたのね。私の資産の部に、帳簿に載らないものが。
帳簿に載らない資産ほど、狙われると痛うございますのよ。
次話、女主人気取りのあの方と、お茶会ですわ。猫をかぶった者同士、化かし合いと参りましょう。
ブックマークと評価、番号口座ではなく、ぜひ記名でお願いいたしますわね。




