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第17話:私の帳簿を、よくもここまで

 監査二日目から、私どもは、死んだ帳簿の解剖を始めましたわ。


 幸い、と申しますか——私には、土地勘がございますの。

 どの納屋に古い綴りが仕舞われるか。どの商会の請求書が月初に届くか。小作の名簿が教会の写しと突き合わせられること。八年分の、家の癖ですわ。


「すごい……ロザリンド様、屋敷の中で、地図もなしに迷いませんね」


「ここの女主人でしたもの」


「あっ。……す、すみません」


「褒め言葉として頂戴しておきますわ」


 三日かけて、納屋と地下室と教会から、残骸を拾い集めましたの。

 欠けた元帳。商会側の控え。教会の十分の一税の記録。トマが几帳面に残していた、使用人の出納の私的な控え(あの方らしいこと)。


 そして、復元された半年分の収支は——こういう顔をしておりましたわ。


「収入側はまだ分かります。羊毛の不作、関税収入の減少。問題は支出です」


 セドリック様が、一覧を指でなぞりました。


「『投資』名義の支出が、半年で四回。合計六万クローネ。投資先は『東方交易組合』。……ですが、王都の商業登記簿に、この組合は存在しません」


「存在しない組合への、存在した支出ですのね」


「さらに、その投資の直後に、毎回、同額近い『借入』が実行されています。貸し手は記載なし。借用書の写しも、利率の記録もなし。元帳には、ただ『繰入』とだけ」


 つまり、流れはこうですわ。


 架空の投資で、家の金を六万、外へ出す。

 空いた穴を、正体不明の借入で埋める。

 帳簿の上では、お金はぐるりと回って戻ったように見える——けれど実際には、家の資産が借金に「付け替わって」いますの。


 半年前まで無借金だった公爵家は、いまや、得体の知れない貸し手に、利息ごと首根っこを掴まれておりますのよ。


「フィー。借入の利率、復元できて?」


「はい。返済記録から逆算しました。……年に、二割五分です」


「に、二割五分!?」


 セドリック様が、声を裏返しました。当然ですわ。王国法の上限金利は一割。これは、貴族の家に対する金利では、ございませんの。

 ——首輪の値段ですわ。


 その晩、私は一人で、書斎の元帳と向き合っておりましたの。

 蝋燭、二本。昔の癖ですわ。


 頁をめくっておりますとね、ふと、見覚えのある自分の字に、行き当たりましたの。

 六年前の冬。南の凶作の年。私が書いた、貸付の記帳ですわ。

 『公爵家へ、一万八千クローネ。家計より』——あの精算で、取り立てた、あの貸付ですの。


 あの冬も、この家は危なかったのですわ。

 けれど、潰れませんでしたの。私が、潰しませんでしたのよ。


 それを。


 ……気づいたら、ペンの軸が、ぎし、と鳴っておりましたわ。


 あら。いけませんわね。

 私、怒っておりますの。離縁のときも怒らなかったのに、帳簿を壊されて、初めて怒っておりますのよ。

 我ながら、報われない性分ですこと。


「——眠れないのか」


 戸口に、殿下が立っておいででした。今回の監査、殿下は王室財務局との調整役として、二日遅れで合流なさいましたの。


「殿下こそ。給仕の夜勤ですの?」


「見回りだ。……顔が、北の塩のときと違うな」


「そうかしら」


「ああ。あのときは狩りの顔だった。今は——取り立ての顔だ」


 ……この方、帳簿は読めませんのに、人の顔の貸借だけは、よく読めますのよね。


「殿下。一つ、報告がございますわ」


 私は、復元した元帳を、殿下の方へ向けました。


「この家は、ただ傾いたのではございませんの。半年かけて、計画的に、借金漬けに『加工』されておりますわ。手口は北と南で見たものより、ずっと丁寧。……そして仕上げに、債務繰延の申請。あれが通れば、王室財務局の保証付きで、貸し手は取りはぐれがなくなりますの」


「……つまり、王国を、借金の肩代わりに使う気か」


「ええ。この監査、私情で受けましたけれど——」


 私は、元帳を、ぱたりと閉じましたわ。


「私情だけでは、済まなくなってまいりましたわ」


無借金の家を半年で借金漬けに。手口が丁寧すぎますの。

次話、「存在しない組合」と「記載のない貸し手」の影を追いますわ。あの灰色が、また見えてまいりましてよ。

ブックマークと評価、蝋燭二本分のお供にどうぞですわ。

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