第15話:国外追放と、最悪の辞令
セルヴァンの査問廷は、港の広場に設けられました。
今回は、王都から査問官も陪席する、正式な大査問ですわ。傍聴席には、頭巾を取ったパン屋の女将さん、果物商、荷役の親方——十一人の証人の皆様が、最前列に。
「それでは——決算を、申し上げますわ」
私は、三つの帳簿を、順に机へ置きましたの。
「一つ。港湾組合発行の『検査札』の原簿。五年分、一万四千件、総額五十二万クローネ。法に根拠のない私的徴収ですわ」
「組合の自主検査だ。私は関知していない」
伯爵は、最後まで設計どおりに闘うおつもりでしたわ。結構ですのよ。
「二つ。ドラクロワ伯爵家の支出の記録。王都の宝石商、建築親方、馬商、計十七商会の売上帳より。表の収入を年七万クローネ上回る暮らしが、五年間。出どころのご説明は?」
「投資の利益だ。明細は手元にない」
「あら、奇遇ですわね。三つ目が、ちょうどその明細ですの」
私は、最後の帳面を開きました。
「放火未遂犯の供述、検査人頭の月例の金庫出納、そして——灯台守ジョゼフ翁の航海日誌、四十年分。検査札の発行日と、入港船と、徴収額と、あなたの従弟殿が金庫から屋敷へ運んだ日付が、五年分、一日の狂いもなく重なりますのよ」
ざ、と傍聴席がどよめきました。
「机の上の帳簿には、確かに、あなたは嘘をお書きになりませんでしたわ。……ですけれど伯爵様、記録というものは、帳簿だけではございませんの。灯台の日誌も、パン屋の仕入帳も、車大工の台帳も、みんな、世界が勝手につけている帳簿ですのよ。あなたは王国の帳簿の外へは出られても——」
私は、息を一つ。
「世界の帳簿の外へは、出られませんでしたの」
判決が読み上げられました。
私的徴収の全額返還、五十二万クローネ。申告されざる所得への追徴と重加算金、十九万クローネ。放火の教唆は刑事の査問院へ送致。爵位は剥奪、本人は国外追放。
従弟殿と検査人頭にも、それぞれの分が、一クローネの増減もなく。
返還金の通知が読み上げられたとき、傍聴席で、パン屋の女将さんが、隣の果物商と手を取り合って泣いておられましたわ。
五年分の検査料。女将さんの店の分は、三十四クローネと七十。
大金ではない、とおっしゃる方もおられましょうね。
ですけれど、あれは女将さんが夜明け前に起きて窯を焚いた、三十四クローネと七十ですのよ。
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その晩、宿に、王都から急使が参りましたの。
監査庁の正式封蝋。中身は、辞令一枚と、殿下の手紙一枚。
辞令を読んで、私は——しばらく、動けませんでしたわ。
『辞令
特別監査官ロザリンド・ファルケンラートに、次の監査を命ずる。
対象:グランツベルク公爵領 領地経営及び納税の全般
事由:当該公爵家より王室財務局への、債務繰延の申請。
審査の過程で、納税記録に重大な疑義が生じたため』
「ロザリンド様……これって」
フィーが、私の顔と辞令を見比べました。
「ええ。……私の、元の家ですわ」
グランツベルク公爵家が、債務の繰延を申請。
あの家の財政が、立ち行かなくなっておりますの。私が出て、まだ半年ですのよ。八年かけて立て直した家計が、半年で。
殿下の手紙は、短うございました。
『この案件、君を外すべきだという声が庁内にもある。私情が入る、と。
俺は逆だと判断した。あの家の帳簿を世界で最もよく知る監査官を外すのは、王国の損失だ。
だが、君が辞退するなら、それを認める。これは命令であって、命令ではない。
——どうする、監査官殿』
私は、ペンを取りました。
インク壺の蓋を開け——祖父の、銀のインク壺ですわ——返事を、一行。
『拝命いたしますわ。私情は、利息を付けて、職務に換算いたしますの』
第2章「関税の毒」、完済ですわ。お付き合いくださり、ありがとう存じます。
次章——監査官ロザリンド、八年勤めた「我が家」の帳簿を開きますの。離縁から半年、あの家で何が起きていたのか。
ブックマークと評価、章をまたいでお供いただけますと、心強いですわ。




