第13話:灯台は、嘘を照らしますの
翌日から、監査チームは二正面で動きましたわ。
一つ目は「支出」の狩り。
セドリック様が王都に早馬を立て、伯爵家出入りの商人——宝石商、建築親方、馬商、仕立屋——の売上帳の写しを、監査庁の権限で押さえにかかりましたの。
「伯爵家の表の収入は、領地経営と関税の手数料で年二万クローネ。対して、判明分の支出だけで年九万」
フィーが、突き合わせの一覧を掲げました。
「差額の七万クローネは、毎年、どこからか湧いてます。湧いてるお金は、税務上は『申告されざる所得』です!」
「ええ。それで半分、詰みですわ。……ただ、伯爵は必ずこう言い逃れますの。『投資の利益だ』『亡き母の遺産だ』と。出どころの嘘を一つずつ潰すのは、時間がかかりますのよ」
ですから、二つ目が要りますの。
灰色の札の徴収が「組織的」であった証拠——つまり、検査小屋が、どの船から、いつ、いくら取ったかの突き合わせですわ。
押収した発行記録の原簿には、札の番号と金額だけが並んでおります。船の名がございませんの。「どの船が払ったか」を消してあるのは、報復を恐れる商人たちに証言させない工夫ですわ。
……つくづく、設計のお上手なこと。
「船の名を、別の帳簿から持ってまいりますわよ」
「別の帳簿? 港の入港記録は伯爵側の役人が——」
「ええ。ですから、伯爵の手の届かない記録ですの。——セルヴァンの港で、伯爵に任免権のない役人は、どなた?」
セドリック様が、はっと顔を上げました。
「……灯台守。あれは王国灯台局の直轄だ」
セルヴァン岬の白い灯台には、ジョゼフ翁という灯台守が、四十年、お一人で詰めておられましたの。
「入った船と出た船? 書いとるよ、ぜんぶ」
ジョゼフ翁は、煤けた小屋の棚から、ずらりと並んだ航海日誌を下ろしてくださいました。
「灯台守は、灯りを守るだけが仕事じゃない。沖を通る帆の数を数えて、局に報せる。難破の時、どの船が出とったか分からんと、助けにも行けんでな。……四十年分、ある。誰も読みに来んかったがね」
日付、刻限、船影の数、入出港。
化粧のかけらもない、潮焼けした、正直な字ですわ。
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【監査手帖】
突合の三点:
①灯台の日誌(入出港の船と刻限)
②発行原簿(札の番号・金額・日付)
③商人の証言と仕入帳(支払った側の記録)
——三つの帳簿が、互いを照らし合う。
帳簿の外には出られても、「記録」の外には、誰も出られませんのよ。
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三晩かけて、フィーが三千行を突き合わせました。
札の発行と、入港船と、証言。日付も金額も、歯車のように噛み合いましたわ。救い出した原簿は二年分——その二年を物差しに、残る三年は灯台の日誌と商人の控えで復元して、徴収は五年で、のべ一万四千件。総額五十二万クローネ。
「……桁が、違う」
セドリック様が、集計の末尾を見つめて、絶句なさいました。
「北の塩の倍以上だ。これが『帳簿の外』に……いや、待ってください。妙だ。伯爵家の使途不明の支出は年七万。徴収は年十万強。なら、残りの三、四万は、毎年どこへ?」
「マテオ船長の置き手紙を、お忘れ?」
月の終わりの夜、王都から来る、灰色の帳面の男。
伯爵は、取った金を、全部は使えませんの。北の子爵と同じ。上納がございますのよ。
そして今夜が——月末ですわ。
深夜、検査小屋の裏手。
張り込んだ護衛官の合図で、私どもは物陰から見ておりましたの。
黒い外套の男が、検査人頭から、革の鞄を受け取りました。
男は中身を検め、外套の内から薄い帳面を出して、何かを書き付け、頁を一枚切り取って渡しましたわ。
——受領の控え。几帳面なことですわね。さすが、帳元の使いですわ。
遠目にも、見えましたのよ。
ランタンの灯りに照らされた、その帳面の表紙が。
灰色、でしたわ。
「追いますか」
護衛官の囁きに、私は首を横に振りました。
「いいえ。今夜は、顔と、受け渡しの形だけ。……あの男を追えば、その先で、こちらの手の内が知れますわ。帳元の狩りは、伯爵の決算を済ませてから」
一兎を確実に、ですわ。
祖父も申しておりました。「取り立ては、期日の近い順に」と。
四十年分の航海日誌——誰にも読まれなかった正直な記録が、今夜、初めて仕事をいたしましたわ。
次話、伯爵の最後の悪あがき。狙われるのは、あの正直な記録ですの。
ブックマークと評価、灯台の油代の足しにどうぞですわ。




