020『まさかの発見』
……ここまで、あえて深く考えないようにしていたことがある。
「そう、風呂だ」
「わふ?」
ポチが不思議そうに首を傾げるが、これは日本人としての尊厳に関わる問題だ。
別に忘れていたわけではない。家を建てる頃には、既に「いつかはお風呂を」という算段はあった。
「くんくん」
自分の匂いを嗅いでみる。
……無臭だ。
このファンタジーな美少女ボディになってからというもの、驚くべきことに汗をかいてもベタつかないし、体臭というものが存在しないらしい。泥汚れなどは付くが、拭けば落ちる。
だからこそ、今まで誤魔化しが効いていた。
「だが、日本人の魂が『湯船に浸かりたい』と叫んでいるんだ」
清潔かどうかだけの問題じゃない。熱いお湯に肩まで浸かって「ふぅーっ」と息を吐く。あのリセットの時間が必要なのだ。
「銅が手に入った今、技術的な障壁はなくなった」
クラフトテーブルのレシピには『銅のパイプ』や『銅の蛇口』がある。
これと『銅のバケツ』や『銅のバスタブ』を組み合わせれば、川から水を引いて、室内で沸かすシステムは構築可能だ。
だが、問題はもっと根本的なところにある。
「今一度、俺の身体について直視する必要がある……ってことか」
俺は元々、しがない成人男性のゲーマーだ。
だが今の俺は、白銀の髪にオッドアイ、華奢で柔らかな肢体を持つ美少女だ。元々の顔の面影など1ミリもないし、当然、ついているべきモノもついていない。
お風呂に入る、即ちそれは、裸になるということ。
川で手や顔を洗うのとは訳が違う。全身を晒し、この身体を隅々まで洗う行為は、自分が「女になってしまった」という現実を嫌でも突きつけられる儀式になるだろう。
「……はあ。いい加減、腹をくくるしかないか」
もうこの身体になって結構経っている。戻れる見込みもない。
羞恥心で風呂に入らず一生を終えるなんて、それこそただの変態だ。
「よし、やるぞ。まずは水源の確保だ」
俺は気合を入れ直し、立ち上がった。
川からパイプを引くのもいいが、冬場のことを考えると水温が低いのが難点だ。
どうせなら、前回の目的だった『岩塩』を探しつつ、もっと深くまで掘ってみよう。あわよくば、水質のいい地下水脈に当たればラッキーだ。
◇◇◇
地下採掘場、未踏の『第6区画』。
俺は湿った土の匂いを感じながら、万能スコップを振るっていた。
「ここら辺、地層が変わったな……」
第5区画までは硬い岩盤だったが、このエリアは少し脆く、そしてほんのりと暖かい気がする。
岩塩は見つからないが、何かの予兆を感じる。
ザクッ。
スコップを突き立てた瞬間、そこから「プシューッ!」という音と共に、白い蒸気が噴き出した。
「うおっ!?」
慌てて飛び退く。
蒸気に続いて、ドボドボと勢いよく透明な液体が湧き出してきた。
水だ。いや、この湯気は……?
「……あ、熱っ!?」
そっと指先で触れてみて、確信する。
熱い。火傷するほどではないが、40度以上はある。
そして鼻をつく、微かな硫黄と潮の香り。
「これ……まさか……」
俺は震える手で、湧き出したお湯を少しだけ舐めてみた。
温かい。そして、しょっぱい。
「……温泉だあああああああああっ!!」
地下の空洞に、俺の絶叫がこだました。
地下水脈どころじゃない。まさかの『塩化物泉(食塩泉)』だ!
「嘘だろ!? 岩塩を探してたら、塩分入りの天然温泉掘り当てちゃったよ!!」
これは革命だ。
源泉かけ流しの温泉が入り放題。しかもこのお湯を煮詰めれば、念願の『塩』も手に入る。
一石二鳥なんてレベルじゃない。一石百鳥くらいの神引きだ。
「……決めた」
俺の中で、裸になることへの羞恥心や葛藤は、湯気と共に霧散した。
「今すぐここにパイプを通して、家までこのお湯を引く。絶対にだ!」
日本人のDNAが叫んでいる。
恥じらいなんて知るか。俺は今すぐ、この最高のお湯に浸かりたいんだ!
俺は興奮のあまり万能スコップを握りしめ、ポチが待つ地上へ向かって全力疾走した。




