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建物の中で人が忙しなく動き回っている。
部屋も通路も、怪我をした人で狭くなっていた。
王都のあちこちで店を構えている薬師たちは、それぞれの場所で多忙を極めていた。
大怪我、小さな傷、大人、子ども、様々に怪我人が運ばれ、入ってくるのだ。
ソレの店でも、ソレが傷薬を調合し続け、マイが怪我人の手当てに動き回っている。
「大丈夫だから。大丈夫だから……」
怪我人を安心させるように口にしている言葉であったが、自身に言い聞かせているようでもあった。
この店の近いところから、まだ人々の悲鳴が聞こえ、煙がまた立ち上るのが見える。
店の、と言うよりマイの護衛でこの店に詰めているタカヒロも、怪我人を運びながら、近づいてくる悲鳴と昇り続ける煙に眉間に皺が寄ってしまう。
この場所も安全ではないのだ。
こんな騒動など面倒ごと以外の何ものでもないのだから、マイを連れて、さっさと安全そうな場所に逃げてしまいたいのが本音である。
だが、マイを守りたいと言う思いに嘘はないし、マイを守って欲しいと言う願いと約束があるから、この場所に留まっていた。
「手が足りないよ。マイ! 手伝っておくれ!」
ソレ一人の調合では薬が間に合わなくなってきていて、店の在庫も無くなってしまったらしい。
「はい!」
マイも正式な薬師ギルドの一員となったことから調合も行い始めているのだが、今この状況下において習ったとおりに出来るほど、落ち着き払える経験は持っていない。
急がなきゃいけないという思いが焦りを生み、それでも失敗出来ないと考えるほど、手が思っているように動かない。
気持ちが頭と体の動きを一致させてくれないのである。
マイが息を呑む。
手元が滑って、調合を間違えてしまったのだ。
「す、すみません!」
勢いよく立って、ソレに頭を下げるマイだったが、ソレの目つきは厳しいた。
「謝ったって事態は待っちゃくれないよ! もういい。マイ。あんたは動ける人を連れて行きなさい」
マイが見捨てられた子どもの様な顔になる。
役に立たないと切り捨てられたと受け取ったのだ。
ソレは自分を落ち着けるように長く息を吐く。
「言い方が悪かったね。ここも安全とは言えないんだ。まだ動ける人たちを安全な場所に連れて行って欲しいんだ。ここからだと、冒険者ギルドかね? 建物が頑丈な造りになってるから、そこに逃げこめるよう動いているはずだ。あそこは何気に広いし、何よりギルドマスターがあの男だからねぇ」
ソレは暗くなりすぎないように、この緊迫した事態にそぐわない感想を口にして、自身で軽く笑い声を上げる。
薬師は怪我人を治療するが、何よりも怪我人を不安にさせてはいけない。
マイには、ソレのような周囲に対する気配りはまだまだ出来そうになかった。
ソレの気遣いに気づけず、この状況において、ここに残って力になりたいと言う思いが頷かせない。
それでも、師の言葉だから従わなきゃと言う意識もあった。
マイの逡巡している様子を見て、タカヒロはマイの側に寄り、代わりにソレに向かって承諾する。
「わかりました。急ぎます」
そう言ってマイの手を引いて動く。
「ちょ、ちょっと、タカヒロ君! なんで勝手に決めるの!? 私はまだ……」
文句を言い始めるマイであったが、振り返ってマイを見るタカヒロの顔には、いつもののんびりとした雰囲気は無く、とても真剣なものであった。
いつか見たことあるなと、場違いなことが浮かんでしまう。
「ここだって安全じゃない。なら、残って動ける人たちを安全な場所に連れて行くことも人助けだよ。違う?」
そう質問されてしまえば、マイは違わない、と首を横に振るしかない。
「それにフクフクがいるからね。あいつに上から合図とか送ってもらえれば、襲ってくるやつらがどっちにいるとかわかるだろ? フクフクはマイの言うことしか聞かないから」
正確には、マイとよく世話をしていたリベルテの言うことしか聞かないのだが、間違いではない。
ぐうの音もでない正論に、マイは頷いて動ける人たちを避難場所に誘導することに意識を定める。
「フクフク! お願い、空から怪しい人たちがいる方向を教えて!」
フクフクが一鳴きして空に舞い上がる。
「皆さん! ここもまだ安全だとは言えません。ですので、動ける方は一緒に避難をお願いします。冒険者ギルドへ向かいます。私たちがついていますから、落ち着いて行動してください!」
マイが堂々とこの店に来ている人たちに声を上げる。
状況がわかっているためか、動ける人たちは次々と立ち上がり、マイの案内の下、冒険者ギルドへと歩き始める。
マイのほかに、まだ若い薬師見習いの子が先導して、マイとタカヒロは移動する人たちの最後尾につく。
フクフクの案内で、襲われるとしたら前からではなく、後ろから追ってくることになる。
追いつかれたりした場合、足止めに残るためであった。
「焦らないで! ゆっくりとで大丈夫です!」
時折声をかけて、パニックにならないように気をつける。
フクフクが短い鳴き声を何度か上げる。
空に顔を向けたマイたちは、揃って後方に向き直す。
警戒の合図だった。
人々を先に行かせて、マイとタカヒロが残る。
マイが足止めに残る気満々であったのが理由である。
そして三名ほど姿を見せる。
そのうちの一人を見止めて、タカヒロが少しだけ目を大きくする。
二人は少しボロっぽい服を着ているが、手には剣を持っていた。
見た目から、平民区域でも貧しい人たちが集まっていた場所の人だと思われた。
そして、それを裏付けるかのように、二人の少し後ろに立っていたのはハヤトであった。
「あぁ、居た居た。君が聖女の力を持っている人でしょ? 勝手にあちこち行かれると困るんだけど。あ、それとそっちは覚えがあるな。前に俺を迎えに来たヤツだよな? タカヒロ、先輩だっけ? まだあんな底辺の仕事してんの?」
状態を保つ魔道具を持ち込こまれたことで、その技術を見込んで、製作者を探し出す依頼を受けたレッドとハヤトに会いに行った。
その時から変わらず、どこか軽薄で、どこか見下している男だったが、その印象はより強くなっており、タカヒロは小さくため息を漏らす。
「ま、いいや。おまえに用はない。そっちの女。お前さえ来れば他は見逃してやるけど、どうする?」
圧倒的に自分たちが有利だと考えているようで、上から物を言い続ける。
「なんで私なの? 私が行ってどうなるの?」
「そんなこと知らねぇよ。どうだっていい。お前を聖国に連れて行くだけ。それで、金と地位が入る。それだけで十分だろ」
キスト聖国は昔、どんな怪我も治す力を持った女性が、その力で人を人と思わない戦術を用いた国に反旗を示し、打ち建てた国である。
それであれば、マイの力を手に入れようと、手を伸ばしてくるのも当然と思われた。
だが、今となっては、マイにそんな力はもう無くなっている。
「それだけのために、こんなことをしたって言うの!? だいたい! もう私に、そんな力はないのにっ」
この事態がマイの持っていた力のせいで起きたと言われるのであれば、マイにとって、とてつもなく重く苦しい事実だ。
マイの叫びは、事態の重責を受け止めきれない者の叫びだった。
「は? お前ももう力失ってんのか? 使えねぇ……。でもまぁ、連れてった後のことは、俺には関係ないか。もういいや。うるさいし、行け!」
ハヤトが話している間も、ただ立っていた二人の男がハヤトの命令で動き始める。
タカヒロとマイはそれぞれ、剣を抜いて構える。
剣同士がぶつかり合う、鈍い音が何度も響く。
タカヒロは剣を躱しているのだが、マイは冒険者から離れて久しく、剣筋を見て躱すことが出来ず、剣で防いでいた。
剣で防ぐのは身を守ると言うことでは有りだが、防ぐことに回ってしまうことになり、攻撃に回れない。
そして、相手の方が力に勝っていたら、いずれ追い込まれることにしか繋がらない。
少なくとも、レッドたちは相手の攻撃を防ぐことより、避けることを重視して見せてきていた。
先ほどの理由も当然あるのだが、裏の理由としては、打ち付けあった剣は痛みやすく、修繕にお金が掛かるから、と言うその日暮が多い冒険者の苦労からきている理由もあったりする。
「あ」
男性と女性。
単純に力で見れば、男性の方が力が強いことが多いものである。
マイが剣ごと身体を押され、体制を崩す。
相手はマイを殺すと言うことを禁じられているから殺すつもりは無いのだろうが、それでも大怪我をさせる可能性はあった。
そこに小さな影が飛び込む。
フクフクがその男性の顔目掛けて鋭い爪を向けたのだ。
男性の目の近くから血が舞い上がるが、その怪我をものともせず、近くを飛ぶフクフクを落とそうと剣を振るう。
マイはフクフクが危ないと言うことと、突き飛ばされて倒れた痛み、そして、この騒動が勝手な理由から起こされたと言うことに怒りが込み上げてきて、頭上に意識を向けている男性に力いっぱい剣を振るう。
女性だから力が無いわけではない。
怒りのたけを込めた振り下ろしは、男性の身体に深く斬りこみ、男性はゆっくりと倒れる。
「馬鹿にしないでっ!」
肩を切らしながら、マイが感情のまま叫ぶ。
タカヒロもそれに釣られるように、もう一人の男性の剣を身をくぐらせながら避け、小さく息を吐いて首筋に向かって剣を薙ぐ。
首筋から血を噴出して、その男性も倒れこむ。
タカヒロは膝に手をついて、大きく息を吸い込んで吐く。
避けながら動くと言うのは、かなり体力が必要なのだ。
「使えねぇ! 言うこと聞くのは楽だけど、考えが足りなくなってるじゃねぇか。しょうがねぇなぁ」
ハヤトが何かを取り出すようにして右手を上げて、マイに向かって構える。
「マイっ! 伏せろ!!」
タカヒロが咄嗟に叫ぶが、言われた者はその通りにすぐは動けない。
左肩に何かが当たり、悲鳴を上げて倒れる。
マイの側には小さな石が落ちていた。
「なんで、それが……」
タカヒロがハヤトの手元を見る。
「銃だよ。格好良いだろ?」
ハヤトが手に持っていたのは、過去の『神の玩具』が使っていたとされる『銃』だった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




