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豊穣祭はこれまでにない賑やかさをもって、終わりを迎えた。
またいつもどおりの生活に戻ることを疑わず、また来年も美味しいものを口にできる豊穣祭を早くも楽しみに思いながら、いつもの日常にと戻り始める。
だが、物事と言うのは、突然に変化を引き寄せる。
もちろんそこには、人の善い悪い思いを含んで。
豊穣祭の片付けで忙しなく人が動いている傍らで、キスト聖国の聖職者の死体が発見されたのである。
その死体には、怒りや憎しみがぶつけられていた。
無数に刻まれた痕があったらしく、そこからどれだけの憎しみを買っていたのかが分かる。
遺体を確認しにきた聖職者たちは、冷えきった目つきで民衆を見ていた。
「これは、オルグラント王国からの戦争の意と、断じてよろしいのかな?」
聖職者たちの代表として前に立った男が警ら隊や民衆を前にして、嘆くよりも悲しむよりも先に、宣戦布告でよいのかと言い放った。
「ま、待ってくれ。何故、そんな話に飛ぶ!?」
警ら隊の隊長が聖職者の意識の飛躍を引きとめようとするが、代表の男はいやらしい笑みを浮かべる。
「何故? 私たちはこの国の人たちのことを思い、癒しを施しに来ているのですよ? それがこのような目に合うなど、神の教えに背き、私たちを滅ぼそうとしているに違いないではないですか」
まるで演じているかのように、身振りまで含めて男はのたまう。
同じ仲間であるはずの聖職者の遺体を前にしているというのに、悲しむ様子も見せない男に民衆の中から声が上がる。
「何が神の教えだ! 最近、人が人では無くなって暴れだす事件が起きてるが、そいつらは直前にお前たちに会っているのを知ってるんだ! そんなものを広めようとするおまえらが、何が神だ!!」
「そうだ! そいつがそんな目に遭ったのも、おまえらが俺たちを化け物にして、この国を乗っ取ろうとしてるんじゃないのか!?」
最近起きている、人が人では無くなって暴れだす事件では、聖職者たちが堂々とその姿を前に晒すようになってきていて、聖職者たちが関わっていると言うことは、王都の人々のほとんどが知るものとなっていた。
だからこそ、人々はこの聖職者たちが信用できなくなっており、聖職者たちの方が悪であると非難の声を上げ始める。
そして今度こそ、聖職者たちの代表面をしている男は笑みを浮かべる。
「これほど敵意を向けられたのでは、自衛するのは当然のこと。来なさいっ!」
男がそう声を上げると、剣や槍を持った人たちが聖職者たちを守るように前に出てくる。
聖国の鎧を身につけている者が居て、聖職者たちが前もって準備をしていたのがわかるものだった。
そして、聖職者たちを守るように立つ人たちには、防具を身につけていない人が多く居た。
その人たちがオルグラント王国の人たちであり、顔見知りがいたらしい人たちから驚きや悲鳴の声が上がる。
「おまえっ……、何でそんな奴らと一緒に」
民衆の一人が声を掛ける。
「苦しいからに決まってるだろっ! いいよな、おまえらは。寒さを凌げる家があって、飯も十分に食えて! でもな、俺らはそうじゃないんだよ。家が無い奴もいる。ぼろくなった家で寒さに震えているやつもいる。飯も食えない日が多くある。それも全部、仕事につけないからだっ!! 働きたいのに、働ける職がないんだよ。冒険者にだってなったさ。でもな。あそこだって、出来るやつらが稼げるものを持っていく。残った仕事じゃ微々たるもんだ。国に縋れないなら、神に縋るしかないだろうがっ!」
苦しさを吐き出した絶叫が返ってくる。
肥沃な土地があるオルグラントでも、先の戦争で人を亡くしても、多くの人が十分に食事にありつけ、お金を稼いで暮らしていけるほど職はあまっていないのだ。
雇う側も自分たちの稼ぎや生活を削ってまで、雇おうとなどするものではない。
自分たちの生活もあるのだから、それは単純に雇う側が悪いと断じれるものではなく、その時のめぐり合わせが原因と言う事もある。
その人たちが運が悪かったと言うのは簡単であるが、それは職に就けている自分たちが運が良かったと言うことになる。
だからこそ、その苦しみの声を聞いて、今の自分が恵まれていると言うことを分かってしまい、言い返せる言葉を上げられる人はいなかった。
だが、同じオルグラントで暮らす人たちに武器を向けることを、全ての人が受け入れきれているわけでもなかった。
剣や槍を手にした人の中で、武器を持つ手に迷いがあって、その先端が震えている人が居たのだ。
「な、なぁ。本当にこんなことしないとダメなのか? その……聖職者様は残念だったけど、だれがやったのかわからないし、まだ襲われたわけでもないし……」
聖職者に向かって消極的な言葉を言い始める。
聖職者の代表に立っていた男は不快そうな顔になり、そう言い出した男性の顎を鷲づかみにし、開いた口に何かを飲ませる。
その男性が武器を落として、苦しそうに胸の辺りを押さえ始める。
警ら隊と民衆たちはそれを引いた様子で見ていたが、聖職者たちを守るように立っている者たちは一顧だにしない。
そして、オルグラントの王都において、騒乱が口火を切られた。
苦しんでいた男性が突如として叫び声をあげながら、近くにいた警ら隊に襲い掛かった。
戦うための訓練などをしてきたとは思えない人が、訓練して身体を鍛えているはずの警ら隊を押し込む。
人であったとき以上の力を発揮しているのだ。
聖職者たちはその場から離れるように移動し始め、残っていた聖職者たちの兵が警ら隊、民衆に向かって襲い掛かり始める。
動き出した事態に悲鳴が巻き上がり、民衆はなだれ込むように逃げ始めるのだが、混乱して慌てている動きで、人同士がぶつかり、遮りあい、倒れこむものが多く出始める。
豊穣祭後で、まだ片付けも十分ではなく、人も多かったことがさらに拍車をかけていた。
「警ら隊! 人々を守るぞ!! あいつらは敵だ。押さえるんじゃない。討て!!」
警ら隊も武器を構え、聖国の兵とそれに混じる暴徒に向かい始めた。
王都の一角で始まっただけに見えた騒乱であるが、王都のあちこちでも同じように人が暴れ始める。
王都のあちらこちらから悲鳴があがり、逃げようとする人たちが、混乱して動き回っていく。
レッドとリベルテは、どう動くか決めるにはまず情報だと、冒険者ギルドへと駆け込む。
「ギルマス! 何が起きてる!?」
飛び込むなり、レッドが声を大きく張り上げる。
ギルドには既に集まっていた冒険者たちが多くいて、飛び込んできたレッドに視線を向ける。
レッドの後ろにも、同じように集まってきた冒険者たちの姿があった。
ギルザークが一段高い箱に立ち、集まった冒険者たちに向き合う。
その表情は、これまでになく真剣さを持っていた。
「ここに集まってくれたこと感謝する。まず事態だが、キスト聖国の聖職者たちが仕掛けてきた。例の薬を与えられた人たちが暴れている。それもあちこちだ。本来なら冒険者であるおまえたちに義務なんてものは無い。だが、この王都で暮らす人たちを守るために、助けてくれ」
ギルマスが頭を下げる。
誰ももここから出て行こうとする人は居なく、否定するような言葉も何も上がらない。
冒険者とは職にあぶれた人たちで、討伐の依頼もあるが、採取だとか配達といった戦うことのない依頼も多い。
だからこそ、ここに集まっている冒険者と言えども、腕に自信のある者達ばかり言うわけでもない。
それでも、ここに集まった人たちは、この国を、王都を守りたいという意識を持っていた。
そのことがギルザークにも、レッドにも、リベルテにも、そしてこの場にいる一人ひとりにとって、誇らしく、また嬉しいことだった。
ギルザークが頭を上げる。その顔はやる気に満ちていた。
「これよりグループを分けろ! 一つはこの平民区画で逃げ遅れている人たちを、このギルドに避難させろ。ここは他の建物より多少は頑丈だからな。それと数名は俺とここに残ってもらう。避難してきた人たちを守るためだ。もう一つのグループは貴族区画に向かえ。あっちは兵がいるが、手数は多い方がいい。そっちでも逃げ遅れている奴がいたら、そっちの区域に誘導しろ。その後は、状況によって、こっちに鎮圧のための兵を送ってもらえるように頼んでくれ」
冒険者たちが、人数と腕、そしてどこら辺りの地理に詳しいかなど、話し合ってグループを分けていく。
レッドたちもそこの輪に加わろうとするが、そこにギルザークから声がかかる。
「レッドたちは、別に動いてくれ」
「なんでだ? こう言っちゃなんだが、この状況で俺らで出来ることは少ないぞ。それに人手は多いに越したことは無いだろ?」
レッドがこんな問答すら惜しいと態度で表しているのだが、ギルザークはレッドの肩に手を置く。
「お前たちはアレを見てきただろ? 今の騒動にはアレが関わっていると見て間違いない、と俺は思っている。だからお前たちに頼みたい」
アレとは『神の玩具』のことだろう。
今この場において、その力を持っているだろう人たちについて、多くを知っているのはレッドたちであった。
敵となりそうな者、一緒に戦ってくれそうな者。
その中で、持っている力の一端でも分かっている相手。
レッドはあまりにも重い期待に、手を置かれた肩がとても重くなるのを感じる。
じっとレッドを見るリベルテに気づき、レッドは気持ちを立たせる。
そして何より、あの聖職者の男は殴ってやりたいと思っていたことを思い出し、握った拳に力が入る。
「わかった」
それだけ言って、レッドとリベルテはギルドの外へ出る。
ギルザークはその背中を一度だけ見て、残った冒険者たちの方へ動く。
それぞれにやるべきことがあるからである。
冒険者ギルドを出たレッドは、リベルテに向き合う。
「リベルテ、お前に行ってほしいところがあるんだ」
リベルテはここに至り、何を言うのかと怪訝な表情になる。
これからこの騒動の中、『神の玩具』である者達を探して立ち向かうのであれば、一緒に動くべきはずである。
そんなリベルテの表情を見ながら、レッドは少しだけ表情を明るくする。
「こんな中だからこそ、行かないと後悔するかもしれないところがあるだろ?」
レッドが指を刺す。
その方角からも悲鳴が聞こえるし、煙が上がっている。
魔法を使える者が居たのかもしれないし、騒動の中で火を熾していた家があったのかもしれない。
いずれにせよ、火の手も上がってきていた。
リベルテは向いた方角にいるだろう人のことを考え、迷いが生まれる。
あちらにいるのであれば、こちらより安全かもしれない。
でも、あの人も危ないかもしれない。
レッドを一人にするわけにはいかない。
リベルテは縋るような目でレッドを見るが、レッドは笑う。
「大丈夫だ。簡単にやられたりはしないさ。ちゃんと来てくれるだろ?」
「……レッドは無茶をするから、信じられません」
レッドの言葉にリベルテは少し泣きそうになりながらも笑う。
長いこと一緒にいたからわかるのだ。
揺るがないことを。
自分を大事にしてくれることを。
自分の思いを大事にしてくれることを。
レッドが右手を握って軽く上げる。
リベルテはそれを見て、自分の手を握って、軽くレッドの拳にぶつける。
普段は絶対にしない、いつもと違うこと。
それが不安にもさせるが、決意の表れにも思えた。
「終わったら、がっつり酒でも飲もうぜ。あいつらも誘ってさ」
リベルテはただ小さく頷く。
あまり大きく頷くと、目尻に浮かんでくる涙が、地面に落ちてしまいそうだったから。
リベルテはレッドが先ほど指を指した方角へと走り出す。
同じように、レッドがその反対側へと走り出す。
王都の空は、今を現すように黒い雲で覆われ、太陽は見えなかった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




