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誰かに追われている。
逃げなきゃいけないことだけ分かっている。
だけど、思うように走れず、また進まない。
後ろから何かが迫って、近づいてきているのが分かる。
息が上がってくる。
だけど、止まるわけにはいかない。
苦しい。怖い。
胸を押さえるように腕を上げる
そこで初めて自分の手に目を向けた。
とても小さい手であることに気づく。
……ああ、これは夢なんだ、とそこで意識が浮上した。
「リベルテさん? リベルテさんが移動中に寝るなんて珍しいですね? 寝不足ですか?」
目を開けたリベルテの目に、心配そうな顔を向けているマイが映る。
リベルテは、マイの護衛の依頼を受けて、目的地に向けて進む馬車に揺られていたのだ。
決して心地よい振動ばかりではないのだが、ここ最近の心配事で疲れていたようで、眠ってしまったようだった。
「もうすぐモレクの町に着くから、そこでゆっくりしようよ」
マイの専属護衛と言ってしまっていいタカヒロが、当たり前のように御者をして《させられて》いて、見え始めてきたモレクの町を見て提案してくる。
「そうだね~。急ぎたい気持ちはあるけど、急いでもしょうがないし。リベルテさんは良いですか?」
この仕事の主導権はマイが持っているのだが、薬師になる前からの付き合いがあったため、リベルテに伺って来る。
リベルテののことを、すごく信頼しているとも言えた。
「ええ、マイさんが良いのでしたら。何度も言っていますが、依頼主はマイさんなのですから、マイさんが決めて良いのですよ?」
「ええ~、リベルテさんの方が旅慣れしてるんですから、リベルテさんに聞くのが一番じゃないですか」
マイはリベルテと一緒に旅が出来ていることが嬉しいらしく、とても楽しそうにニコニコしているのだが、時折、リベルテの隣に目を向けて、少し寂しそうな顔にもなる。
「レッドさんが居ないのが寂しいですね」
と言ったのは、馬車に乗ってしばらくしてすぐだけだったが、偶に向ける目線で考えているのがわかる。
それでも、馬車に乗っての遠出で、リベルテもタカヒロも一緒だと言うことに、冒険者だった頃を思い出して、懐かしんでいるようであった。
今回の依頼は、モレクの町の南方に広がる土地から薬草を採ってくると言う内容である。
薬草自体は薬師ギルドが管理している土地があり、その土地から採ってくるだけなので、なんとも楽な内容であった。
薬師になったマイが勉強がてら採取に行くことになったことが発端である。
ただ、王都から馬車で数日掛かる場所に向かうため、一人で行かせるわけには行かなく、護衛の依頼を出すこととなったのだ。
マイは護衛の依頼を出す話を聞かされると、レッドたちに指名して今に至っている。
久々に会たマイは薬師として頑張っているらしく、ただ生活のためにと冒険者をしていた頃より、ずっといい表情になっていた。
「指名依頼か……。付き合いがあっての話だが……まぁ、ありがたいな。リベルテ、行ってこいよ」
指名の依頼票を見たレッドは、リベルテに受けるように言って依頼票を手渡す。
「レッドはどうするのですか?」
当然、レッドはどうするのか確認するが、なんとなくレッドの言いそうなことはわかっていた。
「……俺は王都に残るよ。俺が今、王都を離れるわけにも、活動するわけにも行かないだろ?」
レッドは半自主的に冒険者の活動を自粛していた。
先日にあった、冒険者ギルドで聖職者が薬に侵された冒険者を助けられなかった件で、キストの聖職者に殴りかかろうとしてしまったことを反省して、である。
殴りかかりそうになる前にも、キストの聖職者に対して良くない態度を取ってしまい、ギルマスが頭を下げることになったことも、自粛の理由に挙げていた。
ギルザークから気にしなくて良いと言われているのだが、対外的に必要だと篭っているのである。
それだけではなく、まだ気持ちの整理がつけられていなく、聖職者を見たら次こそ殴ってしまいそうだとの思いもあるのだが、それは誰にも言わずにいる。
しかし、一番長く傍にいるリベルテには察せられている。
だからこそ、レッドのその言葉を聞くたびに、リベルテは少し悲しそうな目になってしまうのだが、レッドの言に了解の意を示してうなずき、手続きを行いにカウンターへ向かったのである。
「ええ~! レッドさん、来てくれないんですか!?」
当然、そんなレッドの心境がわかるわけがないマイが、当日、大きく不満を溢すことになったのだが仕方が無い。
レッドが居ないからと薬草を採りに行くことを中止できないし、護衛としてはタカヒロとリベルテがいるのだから、不足ではないのだ。
リベルテがなんとか宥めて、馬車はモレクの町まで進んできたのであった。
タカヒロも当然、その場に居たのだが、少し険しい表情に一瞬なった後、マイの不機嫌に巻き込まれないようにサッサと御者台に上っていた辺り、タカヒロらしかった。
モレクの町の門衛に身分証を提示し、来た理由を告げる。
「薬師の土地で薬草の採取と、その護衛たちか。……まだ物騒なことが多いからな。採取に行く時は気をつけろよ」
門衛のおじさんが、マイに声を掛けて通してくれた。
ひとまず、本日の宿を探して向かっていく一行。
「良い門衛さんでしたね。……たまに、面倒な門衛も居たりしますから」
その道すがら、リベルテが門衛について感想を口にする。
「あ~、たまに仕事熱心だったり、職責のせいかすごくねちっこく確認されたり、後はかなり上から言ってくる人とか居そうですよねぇ」
タカヒロがのんびりとした口調で同意を口にすると、マイが不満そうな顔になる。
「……タカヒロ君がいろいろとわかった風になってるのが、なんか嫌……」
「それ、どういう不満!?」
いざという時はタカヒロを頼りにしているだろうに、普段は自分が頼りにされたいと思っているらしい。
なにやら弟のような扱いを受けていることに不満そうにするタカヒロと、タカヒロから目をそらして宿を探し出すマイを、リベルテは懐かしく、そして穏やかな気持ちで眺めていた。
宿で一泊した翌日。
マイの先導で馬車を進めていくリベルテとタカヒロ。
薬師ギルドが管理している薬草畑を目指している。
周囲にも畑が広がっており、収穫が間もなくなのだろう、色づき始めている小麦や立派な実をつけている物が、あちこちで見えてくる。
「豊穣祭がもうすぐですね~。楽しみだなぁ! 前は見て回れなかったから今年こそ!!」
今の仕事より、もうすぐ迎える豊穣祭にやる気を見せるマイ。
タカヒロが呆れたように、言葉の冷水を浴びせる。
「お祭りの時って、怪我する人とか出てくるから、また職場に詰めてないとダメなんじゃない? 正式に薬師になったんだから、なおさらでしょ」
タカヒロの言葉は間違いのない現実である。
わかっていたことではあるのだが、現実を直視させられ、マイはタカヒロを睨んでしまう。
正論であっても、時と場所を選ばないと睨まれてしまうものであるれば、それすらも分かって口にしただろうタカヒロは自業自得であった。
「はいはい。タカヒロさんを睨んでも仕方ありませんよ、マイさん。差し入れを持って行きますから」
「うわぁ~ん、リベルテさ~ん。マッフルお願いします~」
リベルテがマイの頭を撫でて宥めると、リベルテの胸に抱きついて泣き言を口にしつつ、しっかりと要求もするマイ。
変わっていく中で変わらないものもある。
目的地に着くまでの間、皆が冒険者であったときの変わらない雰囲気のまま、目的地へと進む車輪の音が響いていく。
「とうちゃ~っく。さぁ、目的の薬草はどれだっ!」
照れ隠しなのか、妙に気分を上げているマイが大きな声で言う。
「そんなのわかるわけないじゃん。と言うか、その薬草探すのが、君の仕事でしょ……」
またタカヒロがさらっと突っ込みを入れると、マイがタカヒロの足を力を入れて踏んだ。
リベルテに抱きついて泣き言を口にしたのが恥ずかしかったらしく、妙に気分を上げているマイはその行動も早かった。
予想より早い動きにタカヒロは躱せなかったのだ。
痛みに飛び跳ねるタカヒロを後ろにして、マイは畑の中に入って薬草を探し始める。
「……本当に変わりませんね」
「こういうところは変わって欲しいです」
小さく笑うリベルテに、タカヒロがため息をつきつつ返す。
「そういう関係が心地良いのでしょう? 気を張らずに、気軽にいられる距離……。私も分かりますから」
少しだけ目を細めて、薬草を探し回るマイを見つめるリベルテに、タカヒロは何も言えず、同じように一人騒ぐように薬草を探しているマイに目を向けた。
「タカヒロく~ん。ちょっと手伝って~」
目当ての薬草はすぐに見つかり、考えなしに次々と採ったらしい。
手に持ちきれなくなったマイがタカヒロを呼ぶ。
タカヒロが呆れたため息をつきながら、マイの側へと向かう。
「あ、タカヒロさん。私は少し周囲を見てきますね」
タカヒロの背中に声をかけて、リベルテは薬師の薬草畑を離れる。
二人の時間を大事にしてあげようという気遣いもあったし、なんとなく気になることがあって、周囲を見て回りたいと言う考えからだった。
リベルテは、薬草畑から少し離れた所まで足を伸ばす。
ちょっと離れたところにも畑があるが、特におかしなところなど無い普通の道。
「……なんでかしら?」
薬師ギルドの畑など、今回のような依頼でもなければ来ることなど無い。
薬師ギルドが管理しているのだから、勝手に採取しようものなら処罰対象となるわけだし、依頼じゃなくても訪れることなど無い場所である。
だが、リベルテはこの道を知っている気がしてならなかった。
違和感を覚えながら、リベルテは何かに引かれるように道を進んでいく。
道のはずれに小さな岩があり、リベルテはその岩へ迷うことなく歩いていた。
そして、この岩の周辺を探した方が、いや探さなくてはいけない気がして、周囲の雑草を掻き分ける。
何を探しているのかわからないまま、リベルテは押されるように探し続ける。
「……何をしてるんだろ、私は……」
疲れを感じてふと我に返ったリベルテが、しゃがんだままの体勢から立ち上がって背伸びをする。
上を向いて大きく息を吸って、下を向いて大きく吐く。
大きく息を吐いた後、ふいに視界に鈍く光るものを感じた。
光が見えた辺りを掻き分けてみると、布は汚れて擦り切れ、銀を使っていた部分の大部分が錆び付いた小さな髪飾りが見つかった。
遠く昔に、リベルテが身につけていた物だった。
「夢……。これだったの?」
親から逃げるように言われて、必死に逃げた。
逃げ切れなくて、足がもう動かなくて、隠れられるとは思わなかったけど岩陰に身を潜めた。
ぎゅっと目をつぶって身を潜めているが、いつまで経っても何も起きない。
そして、どうしてか誰も追ってこなかった。
追ってきた怖い人も、親も……。誰も姿を見せなかった。
ただ一人、どうしていいのか分からなくて、この岩陰から出ることが出来ず、ここにいるしかできなかった。
そして、拾われた。
いつだって、怖いのは人なのだ。
人の悪意は突然、襲い掛かってくる。
直接的に。間接的に。
力を持って。言葉でもって。
ふと、レッドに会いたいと思った。
誰よりも、王都に渦巻き始めた悪意と戦おうとしている人のことを想った。
遠くでリベルテを呼ぶ声が聞こえる。
豊穣祭が待ち遠しいと思ったことはあるが、豊穣祭まで遠いと思ったことは無かった。
陽射しは少しだけ暑さを弱めてきていた。
リベルテは陽射しを手で遮るようにして空を見上げてから、リベルテを呼ぶ声の元へ走り出した。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




