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まだまだ暑い日が続くと主張するような日差しを浴びながら、レッドとリベルテは冒険者ギルドに足を運ぶ。
今日も今日とて、生活をしていくために、そしてもう間もなく迎える豊穣祭に備えて、稼ぐ必要があるからだ。
豊穣祭に向けて頑張っているのは冒険者だけではない。
だからこそ、冒険者へ依頼される雑用も多くなり、賑わっている……はずであった。
しかし、ギルドに見える冒険者の数は多くない。
もう依頼票を取り、依頼に向かって居なくなっているのかと思ったが、入り口からは遠い依頼板には、依頼票が多く貼りだされているように見えていた。
「暑さでバテてるのか?」
「……たしかに暑いですけど、それで動けないのでは生きていけませんよ」
まだ涼しいだろう時間でここまで来たレッドとリベルテであるが、うっすらと汗ばんでいる。
これからまだ陽が高くなっていけば、まだまだ暑さを感じることになるだろう。
暑い日も寒い日もあるオルグラント王国では、今日のように暑い日もあるもので、この暑さにやられて動けない、なんて言う人は滅多に居ないはずであった。
ましてや、日銭を稼いで生活する冒険者であれば、暑くて動けないなどと言ってられない。
稼がないと、もっと生活が大変になってしまうのだ。
思わず入り口付近で足を止めて辺りを見回してしまっていたレッドとリベルテ。
そんな二人をギルド職員であるエレーナが見止めて、寄ってくる。
「レッドさん、リベルテさん。……良かった。来られたんですね」
二人が来たことをエレーナはほっとしたような、喜びを露にする。
冒険者が訪れたことを喜ぶなんて、面倒な依頼を押し付けたいときくらいである。
エレーナの様子に、レッドとリベルテは警戒を強める。
と言っても、稼がないといけないのだから、家に帰るわけにはいかないのが、冒険者の厳しい所であった。
「あの……、すみませんが、お二人が来たらギルマスの部屋まで来て欲しいと……」
わざわざギルマスの部屋と言われた時点で、面倒ごとと決まったようなものである。
「それ、強制じゃないですよね?」
心底嫌そうに、念押しするように言うレッド。
強制でなければ、ギルマスの頼みだろうが受ける必要は無い。
強制でないのだから、拒否することも出来るはずである。
冒険者は職にあぶれた者、職に就けなかった者たちの受け皿となる職だが、上から強制的に仕事をさせられる職と言うわけではない。
冒険者たちは自分で受ける依頼を決められ、いやなら断っていいのだ。
それに文句などつけようはないのだ。
そんな思いが篭ったレッドの言葉に、ただ伝えるようにだけしか聞かされていないエレーナは困ってしまう。
これはギルドの上役と冒険者の間に立つ者の辛さである。
「そうなんですが……、そこをお願いできませんか?」
「わざわざ私たちをと言うことですが、何があるんですか?」
目尻にうっすらと涙を浮かべて、レッドを上目使いに見るエレーナを遮るようにリベルテが前に立って問う。
それは、何してるんですか? と目が言っていた。
エレーナも、もう涙は無く、にこやかな顔をリベルテに向けている。
ちぇっ、ダメですか。と聞こえない言葉が聞こえてきそうだった。
レッドは何が起きたかわからなかったが、周囲の空気が重く、いつもより人が少ないギルドが、より一層静かに感じられた。
「いえ、私はギルマスから、お二人が姿を見せたら伝えてくれ、と言われただけですので。特にレッドさんは捕まえて欲しい、と」
それが先ほどの上目遣いにつながったのか、とリベルテはギルマスがすべての元凶と断じ、ギルマスの部屋に向かおうとする。
エレーナを使ってレッドを捕まえようとしたことに文句を言うためだ。
だがそこに、悲痛そうな声が外から聞こえてくる。
「おいっ! しっかりしろ! だからあんなものに頼るなって……」
一人の冒険者がもう一人の冒険者に肩を貸しながら、その冒険者を引きずるようにギルドに入ってきた。
エレーナが何かを言おうとする前に、レッドはその冒険者たちの傍に駆け寄る。
「俺も手を貸そう」
レッドが引きずられている冒険者のもう片方に肩をいれ、レッドともう一人で担ぎ上げるようにして、ギルド奥の長椅子に寝かせる。
リベルテはエレーナが何か知っているように思え、聞いてみようとするが、それよりも早くエレーナはギルマスの部屋に向かって走り出していた。
聞こうと思った相手が居なくなってしまったため、リベルテは諦めてレッドの側に向かう。
状況を聞けないなら、運ばれてきた人を看ることが、次にすべきことだったからだ。
「何があった?」
レッドが荒い呼吸を繰り返し、時々暴れるように呻く冒険者を押さえながら、もう一人に問いかける。
だが、その語調は責めているように聞こえるほど、険しさを持っていた。
「よ、よくはわからないんだ。ただ、こいつはずっと強くなりたいって、言ってて……。早く稼ぎたいから、って」
レッドの目は険しさを持ったままで、知っていることも少ない冒険者が冷や汗を流しながら言葉を続ける。
「そ、それで。身体を強くする薬があるって……。俺は! 俺は胡散臭いから止めろって言ったんだ! だけど、こいつは今のまま採取の依頼だけじゃ、家族を楽にさせてやれないって……。モンスターを討伐できるようになりたいって、ずっと言ってたから……」
人が増えたことで採取の依頼が増え、報酬も増額されてきているが、それでも討伐の依頼と比べれば安いと言わざるを得ない。
そもそもの、依頼内容の危険性を考えれば、討伐の依頼に高い報酬が設定されるのは当然だ。
それに比べ、需要が増えたために大勢が動いている採取の依頼では、今は良くてもこの先の採取が難しくなることが分かってしまう。
あちこちで多く採ってまわれば、来年などに採れる量が減ってしまうことくらい、採取の依頼を続けているものであれば、分かってしまうのだ。
減っていても、まだ少しでも採れるなら稼げる依頼となるが、最悪、もう採れなくなってしまうこともあり、そうなったら依頼そのものをこなせないし、依頼自体がなくなってしまうかもしれない。
一人で生活していてもそれでは厳しいのに、他に家族を養っていたり、家計の足しにと働いている者であれば、それは他の人の生活も苦しくなると言うことになるのだ。
それであれば、一回の報酬が高い、討伐の依頼を狙いたい、と言うのもわからないものではない。
ただし、討伐の依頼なので、相応の腕が必要である。
このうなされている青年にとって、討伐の依頼を受けるには、自身の腕に不安があったのだろう。
盲目的に自分の力を信じるのは危険だが、自分を信じられないと言うのもまた危険ではある。
慎重さを持っているといえるかもしれないが、戦うと言うことには覚悟がいるのだ。
戦えると自分を信じること。
相手を傷つけると言うこと。
相手の命を奪うと言うこと。
自分が死ぬかもしれないと言うこと。
そして、何が何でも生きると言うこと。
これらがなければ、怯えや躊躇いが生まれ、大きな隙を作ってしまい、自分を危険に晒してしまうことになる。
だからこそ、少しでも縋れる物があれば、本当に効果があるのかわからなくても、その言葉を信じて縋ってしまうことはあるだろう。
まるで人の弱みに付け込むような話に、レッドは不快感を隠せなかった。
なお一層の剣呑さを増したレッドの雰囲気に、レッドに答えていた冒険者が少し後ずさった。
「で、どんなヤツから手に入れるって言ってた? おまえは何か見たか?」
「一人で行かないと渡してくれないって……。だから、トーキーのやつは一人で行ったんだ。どんなヤツから買ったのかは、俺は知らない」
先ほどより暴れる強さを増してくるこの青年は、トーキーと言う名前らしい。
レッドだけでなく、リベルテも押さえに回り、両腕と両足それぞれを押さえつけている。
レッドは、またか、と内心に凄まじい怒りを込み上げさせていた。
この症状に予感するものがあったのだ。
またこの王都で、ヤツは魔の薬を広めているのだ、と。
人を人ではないものにする薬。
つい最近に、人を凶悪な状態にする薬を聖職者の格好をした者が渡していた。
「本当に何も見てないのか? 後姿も見てないか?」
「そ、そう言われても……」
「そいつはローブ姿じゃなかったか? 聖職者のようなっ!」
質問というより確認であり、同意を迫るように食って掛かる。
問い詰められている冒険者が、顔色をかなり悪くさせていた。
レッドの形相に、自身の身の危険を感じていたのだ。
「レッド! そこまでだ。落ち着け」
そこに少し低めの声で制止がかかる。
ギルマスである、ギルザークの声だった。
ギルザークの後ろにはエレーナがいて、ギルマスの横には聖職者がいた。
思わずレッドは、その聖職者を睨みつけてしまう。
聖職者がこの原因だと思っているからだった。
「これはこれは……。歓迎されておりませんな。無償の奉仕と言うものではありませんのでな。歓迎されていないのであれば、これで失礼させていただきたいのですが」
何故か目深にフードを被っている聖職者が、レッドを小ばかにするような声で言う。
「申し訳ない。冒険者はその成り立ちから、仲間意識が強いのでな。どうかお願いします」
ギルザークが頭を下げて聖職者の格好をした人物に懇願する。
ギルマスがそこまですることに、レッドは衝撃を受けて、床に目を落とす。
ギルマスにそこまでさせてしまった原因が自分であると言うことに顔向け出来ない思いもあったが、状況が聖職者を必要としているのだとしても、聖職者に良い印象を持てずにいるためだった。
「冒険者ギルドのギルマスともあろう方にそこまで言われては、断ることは出来ませんな」
人が目の前で苦しんでいると言うのに、どこか楽しそうにも聞こえる声に、レッドだけでなく、この場に居る全員の聖職者に対する印象は悪い。
だが、魔の薬が原因であるならば、今のところ、聖職者たちの治癒の魔法でなければ治せないのだ。
聖職者の男性がトーキーの横に立ち、手をかざす。
手のひらにうっすらと光りが見える気がした。
魔法がどのような原理であり、どのように発動するのかは解明されていない。
魔法が強力な力であることから、公に知らされないようにしていることもあるし、魔法の使い方も万別なためもある。
呪文みたいな何かを長く唱えることで、魔法を使う人もいれば、単語のように短く唱えるだけで魔法を使える人もいる。
タカヒロであれば、何も言わずに使っていたくらいである。
そして、オルグラント王国で使われる魔法は、治癒の力はなく、火であれば火を点すし、水であれば水が生まれるくらいしか、わかりはしない。
この手のひらがうっすらと光るのが、治癒と言われれば、そうなのだと思うしかないのである。
そして、その光りが消えると、トーキーの暴れは収まった。
「ト、トーキー?」
ここまで連れてきた冒険者がこれでトーキーが助かったんだ、とトーキーを揺する。
だが、トーキーは何の反応も返さなかった。
「どうやら、この方の信心が足りなかったようですな。私の力不足とも言えますが」
力不足といいながら、自分は何も悪くない、と言ってそうな口調で聖職者が言う。
その言葉を理解した、面々に場が重く沈んでいく。
トーキーは亡くなった、と言う事なのだ。
レッドは押さえきれず、聖職者の胸倉を掴んだ。
「何で治せなかった! お前は本当にキストの聖職者なのか!? だいたい、こいつがこうなったのはお前たちのせいなんじゃないのか!?」
「何故と言われても、この方がわが国が信仰している、女神様への信心が足りなかったからでしょう? それが足りなければ、いくら私たちが力を尽くしても癒せません。それに治癒の力を使えるのはキストの聖職者だけですよ? それは周知のはずではないですかね」
聖職者とは思えない力でレッドの腕を掴み返して、レッドの手を外していく。
「仲間が亡くなってしまったことで、私に怒りを向けるのはわからないでもないですが、この方がこうなったのが私のせいとは難癖もいいところですな」
「こいつは身体を強くする薬を買った。あんたたちが前に売ってたヤツじゃないのか? 俺は見ていた。その薬のせいで人が人でなくなるのを!」
毅然としつつも、相手を誹っているとも取れるような態度の聖職者に、レッドはなおも言葉を続ける。
リベルテも、このキストの聖職者は不審に感じていて、レッドを止め様とはしない。
エレーナは一人オロオロと、見ているしかできないでいる。
「レッド! そこまでだ。それ以上やっても事態は変わらん……」
ギルザークの重く低い声に、レッドは仕方なく聖職者から離れようとする。
そんなレッドに、聖職者が小声で何かをつぶやいた。
その瞬間、レッドは聖職者を殴ることしか考えられなかった。
レッドの腕が動こうとしたところで、リベルテが抱きついて止める。
ただ口で、問い詰める口調であっても、聞いているだけだから済ませられていた。
しかし、ここで聖職者を殴ったりすれば、キストとの問題に発展されかねないのだ。
各国に聖職者を送っているキスト聖国であるが、聖職者たちが迫害されるだとか、被害にあったとなれば、それを口実に大きく干渉してくる。
あの人とは言えないような兵まで動かして、侵略ではなく、あくまで要求を通すために動いてくるのだ。
アクネシア領を取ったのは、アクネシアに悪魔が蔓延ってしまったから救済するためだ、といまさら広まってきている。
王国に送られて来た聖職者たちが広めているのだ。
今、オルグラント王国はキスト聖国と領土を接してしまっている。
そして、先の帝国、アクネシアとの戦争で、王国は失った力を取り返せていない。
今ここで、戦争を始めさせるわけにはいかない事情があったのだ。
そんな国の情勢で、一王国民が原因で戦争となるには重過ぎる責任である。
リベルテが止めたのは、聖職者を守るためでも、国を守るためでもなかった。
ただ、レッドを守るためだった。
聖職者が慇懃に礼をして、ギルドを出て行く。
聖職者が立ち去っても、場の空気は重いままだった。
「レッド……。何を言われたのですか?」
リベルテはレッドが切れる原因を尋ねるが、レッドは何も言わない。
ギルザークに一礼して、レッドはギルドを出て行く。
リベルテもレッドを追ってギルドを出て行く。
残ったギルザークは、これからこれからトーキーが亡くなったことを、その家族に伝えなければいけないことに深いため息をつくしかなかった。
家に帰ったレッドは、そのまま自室に篭る。
ダンッと大きな音が響く。
レッドが力いっぱいにテーブルに拳を叩きつけた音だった。
「くそっ!」
キスト聖国がオルグラントに何をしたいのかわからない。
だが、間違いなく害を為そうとしているのだ。
それなのに、わかっているのに、見てみぬ振りし続けなくてはいけない状況が腹立たしかった。
この国を、王都を守りたいレッドにとって、何より悔しかった。
レッドは、そのままベッドに身を投げ出す。
ここで一人苛立っていてもどうしようもないこともわかっているのだ。
腕を目に当てて、まだ沈みきっていない陽の明かりを遮る。
落ち着こうとは思うのだが、先ほどのことが思い起こされる。
あの青年はレッドより若かった。
そして、家族のために頑張ろうとしていた。
それが目の前で失われたことに、悲しみがこみ上げてくる。
たとえ、自分が知っていた相手ではなかったとしても、この王都のどこかで笑っていた人で、この王都で暮らす仲間であったのだから。
そこに、あの聖職者が浮かんでくる。
助けれなかった聖職者。
だがあれは、救うつもりなんて初めから無かったのではないか?
そんな疑念がずっと残り、それは間違っていないとも思う。
あの聖職者が言った言葉が頭に繰り返される。
「化け物にならずに死ねて、良かったじゃないか」
レッドは強く歯を噛み締める。
あの聖職者は笑っていた。
はっきりと見たわけではなかったが、頬に縦傷は無かったはずだった。
なのに、声は間違いなく、頬に縦傷がある男の声だったのだ。
どうしてなのかわからないが、頬に縦傷のある男の悪意が感じられ、怒りを覚える一方で、怖さも感じさせていた。
陽は沈んでいくが、夜になっても不快な暑さがまとわりつくようだった。
ここまでお目通しいただき、ありがとうございます。




