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少年Aと帝王のダイニング  作者: ハルシヲン
第二章
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第十話 鬼の副部長と『子供』


「瀬川ァ!!気を抜くな!!」



このような怒号は日常茶飯事。


ランニング、ボレー練習、乱打など、そのシーンは様々。

ただ理不尽な叱咤ではなく、道理の通る内容だから、反抗する余地も愚痴を言う余地もなし。


鬼の副部長、水野涼太。

五十人を擁する部活のNo.2の実力者。

その怒号は校内で有名だが、新入部員が多かったという事実は、信頼が厚いという何よりの証拠である。

くわえてそのアウトレイジな存在感に半ばあこがれて入部する勇敢な者も数名。


しかし怖い。とにかく新入生にとって、恐怖の存在。




それが、世の客観的事実。


あくまで、客観的な事実。






授業十五分前、グラウンドで賑やかに球技大会の練習をしていた生徒もほとんどいなくなり、あたりはひっそりとしていた。


遙か彼方の方で沈んでいた白い雲もいつの間にか消え去り、白く眩い光に包まれて、二人の三年生と一人の哀れな新入生少年Aはそこにいた。




「おい、まさか俺の子供に手出してるわけじゃないよな」



ドスのきいた声で、水野先輩はそう威圧的に呟いた。

その右手は、拳の表面に血管が浮き出るほどの力で、桐春先輩の胸ぐらを掴んでいる。

十センチほど身長高い桐春先輩が、引っ張られるようにしていつもの鉄仮面で水野先輩を見ていた。



俺は狼狽えた。

桐春先輩が普段通りの鉄仮面のせいもあって、それくらい二人の雰囲気は尋常ではない。

分かるのは、先ほどの桐春先輩の行動が引き金となっていると言うことくらいだ。


先日桐春先輩は、部員と何もトラブルはないと言っていたが、この二人の間に消し去ることのできない、はびこった怒りがあるような、それほどの気迫なのだ。



それよりもまず、さっき、先輩はなんて言った…?

俺の聞き間違いでなければ、水野先輩は『俺の子供』と言ったような…。



「おい、水野」


「なんだ」


眉間にしわを寄せた水野先輩が不機嫌そうに答えると、桐春先輩が徐に人差し指を俺の方へと向けた。


「見ろ」


その指の差す方向に従って、ゆっくりと、重く視線をこちらへと移す水野先輩。

整った精悍な顔立ちに、まさに泣く子も黙るような怒りという怒りをあらわにしたその表情が、こちらを向く。



が、こちらを向いた瞬間、ふと、ぺらりと何か仮面があっさり剥がれるように、先輩の表情が緩んだ。

先ほどと何ら変わりのない穏やかな顔で。

その緩急が、余計に恐怖を駆り立てる。


「すまないな、せっかく呼び出しておいて」


「い…いえ」


「水野。俺はお前が今思っているようなことは一切やってないぞ」


「黙れ。商店街で一年を恐喝していたらしいじゃねえか。まさかうちの子じゃああるまいな」


「…俺がそんなことをする人間だと思うか。お前は少し後輩に盲目になりすぎている」


「……」


胸ぐらを捕まれたまま全く動じない桐春先輩に、水野先輩は尚も怒りの含んだ視線で手をゆっくりと解いた。


「俺はただ、ちょうど隣で雨宿りしていたこの浅井あざいに、買ってきた中華饅を一口やっただけだ」


ただそれを示しただけだ。と、桐春先輩はそう付け足した。

水野先輩は何も答えない。


胸元の掴まれた跡を消すように、カッターシャツの裾を軽く引っ張ると、桐春先輩はベンチにゆっくりと腰掛けた。

立ったままの水野先輩をよそに、手に持ったサンドイッチを徐に食べ始める。


まさに一色触発だった。

水野先輩と桐春先輩の会話を聞いたのはこれで初めてだが、それがまさかこんな形になろうとは思いもしなかった。

部の双璧が、あと一滴の油で暴発しそうな、そんな緊張感。


ただ、なぜそんなにも水野先輩が怒っているのか、先ほどの言葉の真相がはっきりせず、俺は狼狽えていただけだった。



「変なところを見せたな」


水野先輩がそう言ってまくっていた袖を伸ばし、ボタンをはめながら俺の顔を見た。


それに返事をしようとして口を開くも、俺の口からは音のない息が漏れるだけで、苦笑いをするほかない。


「行こう。授業が始まる」


「あの、桐春先ぱ…」


「いいんだよ、あいつは」


俺の言葉を遮るように発せられた水野先輩のその言葉は、別人のように冷たかった。

先ほどの一連の出来事だけが原因だとも思えないほどだ。


長い間確執となっていた熾烈な何かが、たった爆発してしまったかのように。



そして水野先輩は続ける。


「俺もな、桐春にかまってられるほど暇じゃない。『子供』の面倒に忙しいんだ」




まただ。


やはり聞き間違いではなかった。

水野先輩ははっきりと、子供、と言った。


うーん、こどもって、子供だよな…。

チャイルド、チルドレン、未成年者、保護対象者、息子、娘…。


世話をしなければならない年齢の弟、もしくは妹というのもあり得る。

また姉か兄の子供、という場合も十分考えられるな。

何らかの事情で親戚の幼子を世話しているという可能性もないでもない。


その世話でストレスがたまり、桐春先輩との関係が良好ではない、とか。


しかし桐春先輩の方にはなんら不満も怒りもないように思われたし、先日の雨宿りの時にも、はっきりそれは聞いた。


それか本当に水野先輩の実子…?いやいやいや。



心の中で考えを振り払うように小さく一人で頷くと、水野先輩が立ち止まっていた俺の肩に腕を回し歩くよう促した。

突然のことだったので、驚いて、俺は背後にいる桐春先輩の気配を感じながら、まるで時間稼ぎをするように水野先輩の顔を見上げて、思わず呟いた。


「あの…。子供…って」


「子供?…ああ、少し語弊があったな。部活の後輩だよ」


「……はい?」


「だから、部活の後輩」




…んん?



部活の後輩?


ちょっと待てよ。


訳が分からない。


今、水野先輩は部活の後輩といった。

しかし先ほどは、俺の子供と言った。


『部活の後輩』という言葉を、あたかも全く同じ意味をもつ同義語のように『俺の子供』という言葉で置き換えて、水野先輩は発言していたことになる。



否、実際にこの人は同義語として使っていた…ということなのか?


しかしとりあえずこれまでの流れを理性的に解釈したものの、未だ感情的解釈ができていない。


少なくとも、ああそうなのか、水野先輩は部活の後輩のことを俺の子供と呼んでいるのだな、とすんなり飲み込むことができているかと言えばそうではない。


ああ、なんかじわじわ頭が追いついてきたぞ…。



「そういえば浅井あざい。お前入学直後から2.5キロほど体重が減ったな」


「へ?」


ちょうど良い涼しい気候の中、背中に冷や汗が流れるのを感じながら、俺は間抜けな声でそう答えた。


「入学後の新しい環境でストレスを感じるのも分かるが、食事はきちんととれよ。それとお前と同じクラスの酒井。昨日のランニング中に珍しくやけに激しく息切れをしていた。目の下にクマもできていたから寝不足に注するよう言っておいてくれ。それと…」



はっきりと補足しておく、が。


俺の体重は公表されてもいないし、誰かに(いちいち親に報告する生徒もそうそういないだろう)教えた覚えもない。

それに計測したのは、つい先日の入学後一回目の健康診断のみ。


それに俺自身でさえ、毎日体重をはかる習慣を持ち合わせていない。



浅井あざい


背後から、何でもないような口調で桐春先輩が声をかけた。



「――…水野はな、変態だぞ」




「…………」




…ですよね。



いや、やっぱりそうだよな!?




「変態とは失礼な。俺はただ後輩を可愛がっているだけなのに」


「可愛がって体重まで把握するのか」


「馬鹿にするな。身長も把握済みだ」


そういうことじゃない。


「なぜそんな把握が…」


浅井あざい、水野はな、おそらく日本一校内で権力をもつ保健委員会委員長だぞ」


ベンチの上で、さらりと桐春先輩がそう言った。


危険すぎる…!


まず第一に、保健委員会ってそんなに影響力持つ存在だったか!?

少なくとも中学校における保健委員会とは、手洗い石鹸の取り替えやら、保健室当番やら健康キャンペーンほどしか仕事がなかったような気がする。



ちなみに付け足しておくと、ついさっきまで肩に腕を回されているだけの状態だったはずが、いつの間にかすっぽりと水野先輩の両腕の中におさまってしまっていた。


ということで、ただいま視界にあるのは水野先輩の胸のボタンとカッターシャツの白い生地のみ。


こんなにしっかりと正面から抱きしめられたのは、小学校3年生の担任教師が涙のあまり転校する生徒と間違えて送る会の時に、俺を抱きしめた時以来だ。

そんな頃は身長的にも数十センチの差があったから自然だったかもしれないが、俺と水野先輩では十センチほどしか差がないので、余計にリアルに感じる。


困惑する俺をよそに、まるで本当に子供を抱きしめるようにして水野先輩は『よしよし』と優しく後頭部を撫でる。




なんだこれ…。

それにそんなに悪くないと思えてきたから更に複雑な気持ちだ。


うん、まあ、成長するにつれ人肌に触れることが少なくなって、久しぶりに親か誰かに頭を撫でられたり抱きしめられると安心感を覚えるという…そんな感じだ。ただの言い訳だが。



ただ、周りに生徒がいないと言うことが幸いだった。





「うまいな、これ」


しかし俺のSOSも虚しく、桐春先輩はベンチで一人、もう既にパイ生地のサンドイッチに夢中である。




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