第2話 おいしいパンと魔女と絵本
石畳の道には、色とりどりの屋根をしたお店が並んでいます。
窓辺には花が飾られ、軒先には小さな旗がひらひら。
道行く人々は楽しそうにおしゃべりをしていて、町のあちこちから、おいしそうな匂いが漂ってきます。
「にぎやかな町だね」
ヒナが微笑みました。
「はい!!! 建物も人々の服装も、初めて見るものばかりです!!!」
リリは無表情のまま、きょろきょろと辺りを見回しています。
その隣で、ルルがぴたりと足を止めました。
くんくん。
くんくん。
どこからか、甘く香ばしい匂いが漂ってきます。
ルルは鼻をひくひくと動かしました。
右を向いて。
左を向いて。
もう一度、くんくん。
そして、匂いのする方へ、ふらり。
一歩。
また一歩。
まるで見えない糸に引っ張られるように、歩き始めました。
リリもその隣を、とことこと歩いていきます。
「ルル!!! どちらへ行くのですか!!!」
けれど、ルルは答えません。
くんくん。
ふらふら。
おいしそうな匂いを追いかけるのに夢中です。
ヒナはそんな二人の後ろを、くすくす笑いながらついていきました。
やがて、ルルが足を止めたのは、一軒のパン屋さんの前でした。
大きなショーケースの向こうには、焼きたてのパンがずらりと並んでいます。
丸いパン。
細長いパン。
こんがり焼けたパン。
甘い果物がのったパン。
そして、まるで小さな雲を丸めたような、真っ白でふわふわのパン。
ルルはショーケースにぴたりと張りつくようにして、パンを眺め始めました。
右から左へ。
左から右へ。
目がきらきら。
口は、ぽかん。
すっかり夢中です。
その隣では、リリもショーケースを覗き込んでいました。
「実に多種多様なパンが並んでいます!!! これは興味深いです!!!」
けれど、ルルの耳には届いていないようです。
ヒナは二人の後ろに立ち、そっと声をかけました。
「ルル、おいしそうなパンがいっぱいだね」
ぴくっ。
ルルの肩が跳ねました。
くるり。
振り向いたルルの目の前には、にこにこと微笑むヒナ。
「そんなにいい匂いがした?」
その瞬間。
ぽぽぽっ。
ルルの頬が、みるみる赤くなりました。
自分が匂いにつられて、夢中で歩いていたことに気づいたのです。
そして。
ぽふっ。
ルルはヒナの懐に飛び込み、そのまま顔を埋めてしまいました。
「ふふ。恥ずかしかった?」
ルルは顔を上げません。
ふるふる。
小さく首を振ります。
けれど、ヒナの服をぎゅっと握ったまま、離れようともしません。
「大丈夫だよ。僕もおいしそうだなって思ってたから」
ヒナはルルの頭を優しく撫でました。
なでなで。
すると、ルルはそろりと顔を上げます。
ちらっ。
ショーケースを見て。
ちらっ。
ヒナを見上げます。
「中に入ってみようか」
こくこく。
ルルは嬉しそうにうなずきました。
「では、さっそく調査開始です!!!」
リリが元気よく宣言します。
三人はパン屋さんの扉を開きました。
からん、ころん。
お店の中は、焼きたてのパンの香りでいっぱいでした。
「いらっしゃい!」
お店の奥から、ふくよかな女性が顔を出しました。
「まあ、かわいいお客さんたちだねえ。何にするんだい?」
ヒナはパンの並ぶ棚を見回しました。
その中に、ひときわふわふわした白いパンがありました。
まるで、小さな雲を丸めたような形です。
「あの白いパンは、何ですか?」
「ああ、くもふわパンだね。うちの人気者さ!」
「くもふわパンですか!!!」
リリが興味深そうに身を乗り出します。
「そうさ。焼きたては特にふわふわでね」
女性はパンを一つ持ち上げました。
ぽよん。
パンが小さく揺れます。
「わあ、本当にふわふわだね」
ヒナが微笑みました。
ルルもヒナの後ろから身を乗り出しています。
「じゃあ、それを三つください」
「はいよ!」
女性がパンを取り始めた、そのとき。
くいっ、くいっ。
ルルがヒナの服を引っ張りました。
「ん? どうしたの?」
ルルは、別のパンを指さします。
「あれも食べたいの?」
こくこく。
「じゃあ、あれも一つ……」
けれど、ルルの指は止まりません。
ぴっ。
ぴっ。
ぴっ。
次々と、違う種類のパンを指さしていきます。
「……ルル?」
ヒナが首をかしげると、ルルは両手を広げました。
そして、パンの並ぶ棚をぐるりと指し示します。
「……もしかして、全部?」
こくっ。
迷いのないうなずきでした。
「全部の種類を、一つずつ?」
こくこく。
ルルは期待に満ちた目でヒナを見上げます。
ヒナは少しだけ考えてから、くすりと笑いました。
「ふふ。わかったよ。すみません、ほかのパンも一種類ずつお願いします」
「おやまあ!」
女性は目を丸くしました。
「そんなにたくさん?」
「はい。お願いします」
「もちろん、いいけどねえ……」
女性は並んだパンを見渡し、今度はルルに目を向けました。
「こんなに食べられるのかい?」
すると、ルルは。
すっ。
背筋を伸ばしました。
そして、胸を張ります。
きりっ。
その顔には、少しの迷いもありません。
もちろん。
余裕です。
そんな自信に満ちた表情でした。
「……ふふっ」
ヒナが思わず笑います。
「ルルなら、きっと大丈夫だね」
「はっはっは! こりゃ頼もしいねえ!」
女性も楽しそうに笑いました。
「それじゃあ、たっぷり包んであげるよ!」
女性はパンを一つずつ紙袋に入れていきます。
さくっ。
ふわっ。
ころん。
いろいろな形のパンが、大きな紙袋いっぱいになりました。
「はい、お待たせ!」
ヒナがお金を渡すと、女性はずっしりとした紙袋を差し出しました。
すると、ルルがさっと前に出ます。
両手を伸ばして。
ぎゅっ。
紙袋を受け取りました。
そして、にっこり。
とても満足そうな笑顔です。
「重くない? 僕が持とうか?」
ヒナが尋ねると、ルルは首を横に振りました。
ぶんぶん。
大丈夫。
自分で持ちます。
そんなふうに、紙袋を大切そうに抱えています。
「ふふ。じゃあ、お願いね」
ルルは嬉しそうにうなずきました。
その様子を見ていた女性が、にっこりと笑います。
「見ない顔だね。旅の人かい?」
「はい。今日着いたばかりなんです」
「それなら、近くにある広場に行ってごらん。ベンチがあるから、休むのにちょうどいいよ」
「ありがとうございます。行ってみますね」
「楽しんでおいで!」
三人はお店をあとにしました。
からん、ころん。
外に出ると、ルルは紙袋を抱えたまま、嬉しそうに歩き始めました。
その足取りは、いつもより少しだけ軽やかです。
「そんなに楽しみ?」
ヒナが尋ねると、ルルは大きくうなずきました。
「では、広場で食べ比べをしましょう!!! リリも詳しく味を調査したいです!!!」
「ふふ。そうだね」
三人は、焼きたてのパンを抱えて広場へ向かいました。
* * *
パン屋さんを出て、しばらく歩いたところに、大きな広場がありました。
広場の真ん中には、枝をいっぱいに広げた大きな木。
その木陰には、丸いベンチがいくつも並んでいます。
「ここで食べようか」
ヒナが声をかけると、ルルはこくこくとうなずきます。
三人は木陰のベンチに腰を下ろしました。
ルルは大切そうに抱えていた紙袋を、そっと膝の上に置きます。
そして。
がさがさ。
さっそく中を覗き込みました。
「待ちきれないみたいだね」
ヒナが笑うと、ルルは嬉しそうに一つのパンを取り出しました。
真っ白で、ふわふわ。
まるで小さな雲のような、くもふわパンです。
けれど、ルルはすぐには食べません。
そのパンを、ヒナに差し出しました。
「僕にくれるの?」
こくっ。
ルルはうなずくと、もう一つ取り出して、今度はリリに渡します。
「ありがとうございます!!!」
二人にパンを渡し終えると、ルルは自分の分を取り出しました。
これで、三人の手にはおそろいのくもふわパン。
「ふふ。ありがとう、ルル」
ヒナが微笑むと、ルルは得意げに胸を張りました。
「それじゃあ、いただきます」
「いただきます!!!」
ルルも小さく手を合わせました。
ぱくり。
「……あ、おいしい」
ヒナが目を細めます。
ふわふわの生地は、口に入れると優しくほどけ、ほんのりとした甘さが広がりました。
「非常に柔らかいです!!! ふわふわです!!! これならいくらでも食べられちゃいます!!!」
リリは一口食べるたびに、感想を本へ書き込んでいます。
ぱくり。
もぐもぐ。
ごくん。
「美味です!!! 大変美味ですよ!!!」
ところが、一つ食べ終えると。
「ふう……お腹いっぱいです!!!」
リリは満足そうにお腹をさすりました。
「リリはもうおしまい?」
「はい!!! 十分に堪能しました!!!」
(さっき、いくらでも食べられるって言ってたのにね)
ヒナはくすりと笑いました。
「そっか。ルルは……」
ヒナが隣を見ると。
ぱくり。
もぐもぐ。
ぱくり。
もぐもぐ。
ルルは二つ目のパンを食べ終えたところでした。
そして、すぐに三つ目へ。
ふわふわのパン。
こんがり焼けたパン。
甘い果物のパン。
いろいろな形のパンが、次々とルルのお腹へ消えていきます。
ヒナが一つ目のパンを食べ終えるころには、あんなに膨らんでいた紙袋が、すっかりぺちゃんこになっていました。
「おいしかった?」
こくっ。
ルルは満足そうにうなずきました。
「ふふ。よかったね」
「ルルは食いしん坊ですからね!!!」
リリが楽しそうに言いました。
ルルは得意げに胸を張ります。
そして、ぽんぽんとお腹を叩きました。
ごちそうさま。
そんな満足そうな笑顔です。
ヒナもつられて微笑みました。
そのときです。
「えーい! 魔法の光だー!」
「こっちは魔法の盾で防いじゃうよ!」
広場の向こうから、楽しそうな声が聞こえてきました。
見ると、何人かの子どもたちが木の枝を持って遊んでいます。
「わたしは魔女! なんでも魔法でできちゃうんだから!」
一人の子どもが杖を高らかに上げました。
「ぼくも魔女! 魔法の杖でなんでも描けるんだ!」
それに続いて、別の子どもがさらさらと枝を使って地面に絵を描いていきます。
子どもたちは楽しそうに杖を振るい、それぞれ得意な魔法を披露しています。
「魔女? あの子たちも魔女なのかな」
ヒナは首をかしげましたが、すぐに思い直します。
子どもたちは木の枝を振りながら、楽しそうに笑っているだけで、本当に魔法が使われている様子はありません。
(……ああ、なるほど。魔女の真似をして遊んでいるのかも)
ヒナは微笑ましく子どもたちを眺めました。
すると、リリが勢いよく立ち上がります。
「魔女ですか!!! ヒナ!!! この世界にも魔女がいたんですね!!! ぜひお話を伺いたいです!!!」
リリの本もふわりと浮かび上がりました。
ルルも目をきらきらと輝かせて、異世界の魔女に興味津々です。
「二人とも、気になるの?」
こくこく。
ルルが大きくうなずきました。
「もちろんです!!! この世界の魔女がどのような力を持っているのか、すごく気になります!!!」
「そっか。でもあの子たちは――」
ヒナが言い終えるよりも早く、リリとルルは顔を見合わせました。
そして。
とことことこっ。
二人そろって、子どもたちの輪へ駆け寄っていきました。
その後ろを、本とペンがふわふわとついていきます。
「こんにちは!!!」
「わっ!」
突然の大きな声に、子どもたちが振り向きました。
「リリたちもご一緒してよろしいでしょうか!!!」
「いいよ!」
「あなたたちも魔女の役やる?」
「魔女役!!!? 何を言いますか!!! リリたちは本物の魔女ではないですか!!!」
リリは胸を張って宣言しました。
その隣で、ルルもこくこくとうなずきます。
「えー! 本物の魔女?」
「ほんとに?」
子どもたちが首をかしげた、そのとき。
「……あれ?」
一人の女の子が、リリの隣を指さしました。
「ねえ、あの本……浮いてない?」
そこには、ぱらぱらとページをめくりながら、ふわふわと宙に浮かぶ一冊の本。
その隣では、一本のペンが、暇そうにくるくると宙を踊っています。
「……えっ?」
「うそ! 本が飛んでる!」
「ペンも! 勝手に動いてるよ!」
子どもたちの目が、きらきらと輝きました。
「本物の魔女!?」
「すごーい!」
子どもたちは、リリの周りに集まってきました。
「どうやって浮かせてるの?」
「その本、魔法の本なの?」
「触ってもいい?」
リリは不思議そうに首をかしげました。
「これはリリお手製の本とペンです!!! そんなに珍しいものなのですか!!!」
「珍しいよ!」
「だって、空に浮いてるんだもん!」
「なるほど!!! この世界では、本を浮かせることは一般的ではないのですね!!!」
リリが感心したようにうなずくと。
くるり。
待ってましたとばかりに、ペンが本の上へ飛んでいきました。
さらさらさら。
今の発見が、さっそく書き留められていきます。
「わああっ! また動いた!」
子どもたちはますます大喜び。
その様子を見ていたルルは、ちょんちょんとリリの袖を引きました。
そして、自分の人差し指を立てて、くるりと回してみせます。
「おお!!! そうですね!!!」
ぱたんっ。
本が閉じると、リリは子どもたちに向き直りました。
「では、魔女の先輩として、もっとすごいものをお見せしましょう!!!」
「見たい見たい!」
「魔法見せて!」
リリとルルは顔を見合わせました。
ルルが小さくうなずきます。
リリは右手の人差し指を、すっと立てました。
ぽうっ。
指先に、小さな光が灯ります。
「わあっ!」
子どもたちが目を丸くしました。
リリはそのまま、空中に指を滑らせます。
すうっ。
くるり。
くるくる。
光の線が空中に残り、少しずつ形を作っていきました。
丸い頭。
小さなくちばし。
二枚の翼。
できあがったのは、かわいらしい小鳥の絵でした。
「わあっ!」
「空に絵が描けた!」
「すごい!」
「まだまだですよ!!!」
リリが指先をちょん、と動かすと。
ぱたぱた。
小鳥が翼を動かしました。
ぱたぱた、ぱたぱた。
そして、空中を飛び始めたのです。
「飛んだー!」
「本当に飛んでる!」
子どもたちは大はしゃぎ。
すると、今度はルルが一歩前へ出ました。
すっ。
人差し指を立てます。
ぽうっ。
ルルの指先にも、小さな光が灯りました。
くるり。
くるくる。
空中に、丸い目と大きな口。
短い前足と、長い後ろ足。
できあがったのは、一匹のカエルでした。
ルルが指先を軽く跳ねさせます。
ぴょこん。
カエルも跳ねました。
ぴょこ。
ぴょこぴょこ。
光のカエルが、空中を跳ね回ります。
「カエルだー!」
「ぴょんぴょんしてる!」
ルルは得意げに胸を張りました。
その横で、リリがもう一度指を動かします。
「では、こちらもご覧ください!!!」
すうっ。
くるり。
今度は、ひらひらとした羽。
細い体。
小さな触角。
きらきらと輝く蝶が描かれました。
ひらり。
ひらひら。
蝶はゆっくりと羽ばたき、子どもたちの周りを飛び始めました。
「きれーい!」
「こっちに来た!」
「わあっ、かわいい!」
ぱたぱた。
ぴょこぴょこ。
ひらひら。
小鳥が飛んで。
カエルが跳ねて。
蝶が舞います。
子どもたちは夢中になって、光の生き物たちを追いかけました。
少し離れたところでは、大人たちがおしゃべりを楽しんでいます。
誰もこちらを見ていません。
……が。
「ずいぶん楽しそうねえ」
近くにいた大人の一人が、子どもたちの楽しそうな声につられて、こちらを振り向こうとしました。
その瞬間。
きらん。
空中の小鳥も。
跳ね回るカエルも。
ひらひら舞う蝶も。
みんな、光の粒になって消えてしまいました。
「あっ!」
「消えちゃった!」
子どもたちが驚いている間に、リリとルルはそっと手を下ろしました。
浮かんでいた本とペンも、リリの手元へふわりと戻ってきます。
リリはぱらぱらと本を開き、もう片方の手でペンを握りました。
どうやら、今度は子どもたちの魔法を記録するつもりのようです。
「では、次はあなたたちの魔法を――」
「リリ、ルル。そろそろ行こうか」
ヒナが二人の名前を呼びました。
リリは開いた本とペンを持ったまま、ヒナと子どもたちを交互に見つめます。
その隣では、ルルも名残惜しそうに子どもたちを見つめていました。
そして、ヒナの方を向くと、頬をぷくっと膨らませます。
「むむむ!!! 名残惜しいですが、今日はここまでとしましょう!!!」
リリは残念そうに本をぱたんと閉じ、ペンと一緒に脇に抱えました。
どうやら、二人とも同じ気持ちのようです。
「とても楽しかったです!!! ありがとうございました!!!」
リリがぺこりと頭を下げます。
ルルも小さくお辞儀をしました。
「また遊ぼうね!」
「うん! また魔法見せてね!」
リリとルルは手を振って、ヒナのところへ戻っていきました。
「おかえり。楽しかった?」
「はい!!! ですが、あの子たちの魔法も見てみたかったです!!!」
ルルも腕を組んで、大きくうなずきました。
ヒナは二人の頭を優しく撫でました。
「あの子たち、魔女じゃないよ。きっと魔女になりきって遊んでいただけじゃないかな」
「なんと……!!!!!」
リリは驚きました。
そして、腕を組み首を傾げます。
ルルも同じように腕を組んでは何かを考えるような仕草を見せました。
どうやら二人には何か思うところがあるようです。
……が。
「まあ、楽しかったのでよしとしましょう!!!」
リリはぱっと顔を上げました。
ルルもこくこくとうなずき、にっこりと笑います。
そんな二人を見て、ヒナもつられるように笑いました。
三人は笑顔のまま広場をあとにしました。
一方、子どもたちはというと。
「ねえねえ! 今、本物の魔法を見たんだよ!」
「お空に絵を描いたの!」
「鳥が飛んだんだよ!」
「カエルも跳ねた!」
「蝶々もいたの!」
「本とペンも浮いてたよ!」
大人たちのところへ駆け寄り、口々に話し始めました。
「まあまあ、そうなの?」
「うん! 本当だよ!」
「すっごくきれいだったんだから!」
「ふふふ。楽しい魔女ごっこだったのね」
「違うよ! 本物だったんだよ!」
「はいはい。よかったわねえ」
大人たちは、微笑ましそうに笑うばかり。
子どもたちは一生懸命に説明しましたが、なかなか信じてもらえません。
けれど。
ぱたぱた飛ぶ小鳥も。
ぴょこぴょこ跳ねるカエルも。
ひらひら舞う蝶も。
空に浮かぶ本とペンも。
確かに、魔法はあったのです。
子どもたちだけが見た、ほんの少しの不思議。
それは、広場での楽しい思い出になりました。
* * *
広場をあとにした三人は、再び町の通りを歩いていました。
道の両側には、色とりどりのお店が並んでいます。
窓辺に花を飾ったお店。かわいらしい看板を掲げたお店。
その中に、木でできた小さな看板がありました。
「あ、本屋さんだ」
ヒナが足を止めます。
看板の下には大きな窓があり、その向こうには、たくさんの本が並んでいました。
「本屋さんですか!!!」
リリの目が、ぱっと輝きます。
「はい!!! ぜひ入りましょう!!! この世界について、もっと詳しく知りたいです!!!」
「ふふ、そうだね。ルルもいい?」
こくっ。
ルルもうなずき、ヒナの袖をきゅっとつかみました。
「じゃあ、入ってみようか」
からん、ころん。
扉を開けると、小さな鈴が鳴りました。
中には木の本棚がいくつも並び、色とりどりの背表紙がぎっしりと詰まっています。
窓から差し込むやわらかな光が、床に四角い模様を作っていました。
紙と木の匂いがする、静かな本屋さんです。
「ヒナ!!! 本がいっぱいです!!!」
リリの声が、店内いっぱいに響き渡りました。
奥のカウンターに座っていた店主が、びくっと肩を揺らします。
「リリ、本屋さんでは静かにね」
「おっと、そうですね! 小さく喋らないと、ですね!」
リリは慌てて両手で口元を覆いました。
そして、そっと声をひそめます。
「……ヒナ! あちらにも本がたくさんあります!」
吐息の混じった、こそこそとした声。
確かに、先ほどとは違って、ひそひそと話しています。
……なのですが。
不思議なことに、その声は店の奥まで、はっきりと届いていました。
「……リリ?」
「はい! ちゃんと小さな声で喋っています!」
ひそひそ。
やっぱり、よく聞こえます。
ヒナは少し困ったように笑いました。
すると、カウンターの向こうから、くすくすと笑い声が聞こえてきます。
「ふふふ。元気なお嬢ちゃんだねえ」
店主は優しそうに目を細めていました。
「いらっしゃい。どうぞ、ゆっくり見ていっておくれ」
「ありがとうございます」
ヒナがぺこりと頭を下げます。
ルルも隣で、ちょこんとお辞儀をしました。
「ありがとうございます!」
リリも口元を押さえたまま、元気よくお礼を言います。
もちろん、ひそひそ声で。
それなのに、やっぱり不思議なくらい、よく通る声でした。
「それでは! リリは本を見てきます!」
リリは口元に手を添えたまま、ひそひそ声で言いました。
「うん。ゆっくり見ておいで」
ヒナがそう答えると、リリはさっそく本棚の間へと歩いていきました。
小さな足取りは、どこか弾んでいます。
その後ろ姿を見送ってから、ヒナは隣のルルに目を向けました。
「僕たちも見て回ろうか」
こくっ。
ルルはヒナの袖をつかんだまま、うなずきました。
二人は並んで、ゆっくりと本棚を眺めていきます。
物語の本。植物の本。服飾の本。
色とりどりの背表紙が、棚いっぱいに並んでいました。
「あ、ルル。こんな本があるよ」
ヒナが手に取ったのは、おいしそうな料理の絵が表紙に描かれた本でした。
「この町の料理が載ってるみたい。見てみる?」
こくこくっ。
ルルは嬉しそうにうなずきます。
ヒナがページを開くと、そこには見たことのない料理がたくさん描かれていました。
ふっくらと焼き上がったパン。
色鮮やかな野菜を使った煮込み料理。
甘そうな果物がたっぷりのったお菓子。
「わあ、どれもおいしそうだね」
ルルも目を輝かせながら、じっとページを見つめています。
そして、一つの料理を指さしました。
「ん? これが気になるの?」
こくっ。
「ふふ。じゃあ、この本を買って、今度作ってみようか」
ぱあっ。
ルルの顔が、嬉しそうにほころびました。
ヒナはそんなルルを見て、にっこり笑います。
「ほかにも気になるものがあったら教えてね」
こくこくっ。
料理の本を閉じ、次の本を探します。
少し歩いていると、ルルが何か気になるものを見つけたようです。
ヒナの袖を、くいくい。
「どうしたの?」
ルルは本棚を指さしました。
「ん? あっち?」
こくっ。
「じゃあ、行ってみようか」
二人が近づいたのは、かわいらしい絵本が並ぶ棚でした。
動物たちのお話。花の妖精のお話。小さな冒険のお話。
そんな絵本の中から、ルルが一冊をそっと引き抜きます。
表紙には、とんがり帽子をかぶった女の子が描かれていました。
ほうきにまたがって、楽しそうに夜空を飛んでいます。
「……あ、魔女の絵本だね」
ルルはこくこくとうなずくと、表紙の女の子を指さしました。
それから、自分の胸をちょん、と指さします。
「ふふ。そうだね。ルルとリリと同じ、魔女だね」
ルルは嬉しそうに微笑みました。
「さっきの広場でも、子どもたちが魔女になりきってたね。この世界では、魔女のお話が人気なのかな?」
ヒナがそう言うと、ルルは絵本を開きました。
ぱらり。
そこには、真っ暗な夜空を見上げる、小さな町の人たちが描かれていました。
空には、お星さまがひとつもありません。
「……お星さまのない夜空?」
ヒナが不思議そうに首をかしげると、ルルは次のページをめくります。
ぱらり。
今度は、とんがり帽子の小さな魔女が、ほうきに乗って夜空を飛んでいました。
その人差し指には、小さな光が灯っています。
そして、魔女の指先から伸びた光の線が、夜空にたくさんの星を描いていました。
「わあ。魔女さんが、お空に星を描いてるんだね」
ルルは絵をじっと見つめています。
そして。
すっ。
自分の人差し指を立てました。
くるり。
くるくる。
絵本の魔女を真似するように、空中で小さな円を描きます。
「あっ。さっき広場でやっていた魔法と似てるね」
こくこくっ。
ルルは嬉しそうにうなずきました。
それから、もう一度絵本に目を落とします。
次のページでは、魔女が描いた星たちが、きらきらと輝いていました。
真っ暗だった夜空は、まるで宝石を散りばめたように明るくなっています。
「ふふ。きれいだね」
ルルもにっこりと微笑みました。
そして、絵本をそっと閉じます。
表紙には、小さな文字で題名が書かれていました。
『ほしをえがく魔女』
「素敵なお話だね。続きも気になるな」
すると、ルルは絵本を抱えたまま、じっとヒナを見上げました。
それから、絵本を開いてヒナに見せます。
「ん? 読んでくれるの?」
こくこくっ。
「ふふ、ありがとう。じゃあ、この本も買って、あとでゆっくり読もうか」
ルルは嬉しそうにうなずきました。
そして、大切そうに絵本を抱きしめました。
一方、そのころ。
リリは本棚の間を、楽しそうに歩いていました。
「有名人の本! 歴史の本! それから、これは……建物の本ですね!」
口元に手を添えながら、ひそひそ。
本人は一生懸命に声を小さくしているつもりですが、その声は相変わらず、よく通ります。
あっちの棚をのぞいては、こっちの棚をのぞいて。
気になる本が多すぎて、なかなか足が止まりません。
そんなリリの目に、一冊の分厚い本が留まりました。
「おや!?」
その表紙には、見覚えのある生き物が描かれていました。
頭に花を咲かせた、ふわふわの小さな生き物。
石ころのような姿で、短い足を生やした生き物。
そして、見たこともない形をした、たくさんの不思議な生き物たち。
「これは……!」
リリは本を手に取り、表紙の文字を読みました。
トコ図鑑。
ぱらり。
ページをめくると、そこには色鮮やかな絵とともに、生き物たちの名前や暮らしが紹介されていました。
「ハナポン! コロット! ……なるほど! あの子たちは、そういう名前だったのですね!」
リリは目を輝かせました。
花畑で出会った、頭に花のあるふわふわの生き物。
森の中で見かけた、ころころ転がる石のような生き物。
そのどちらも、図鑑の中に載っていたのです。
「そして、この世界では、こうした生き物たちをまとめて『トコ』と呼ぶのですね!」
ぱらり、ぱらり。
リリは夢中になってページをめくります。
小さなもの。大きなもの。
歩くもの。転がるもの。
植物のような姿をしたものまで。
どのページにも、見たことのない不思議がいっぱいです。
「これは素晴らしい本です! ぜひ、じっくり調べなくては!」
リリは図鑑を大切そうに抱えると、ヒナとルルの姿を探して本棚の間から顔を出しました。
「ヒナ!! ルル!! 大発見です!!」
ひそひそ声のはずなのに。
その声は、やっぱり本屋さんの奥まで、はっきり届いていました。
聞き慣れた声に、ヒナが顔を上げました。
「あ、リリ。何か面白いものが見つかった?」
「はい!! とっても面白い本を見つけました!!」
リリは大きな本を抱えたまま、とことこと駆け寄ってきました。
その様子を見て、ルルがそっと人差し指を口元に当てます。
しーっ。
「おっと! そうでした!」
リリは慌てて口元に手を添え直しました。
「それでですね! こちらをご覧ください!」
ひそひそ。
けれど、その声は相変わらずよく通ります。
リリが差し出した本の表紙を見て、ヒナは目を丸くしました。
「あれ? この子たちって……」
「そうです! 花畑や森で出会った生き物たちです!」
リリは嬉しそうに本を開きました。
「この頭にお花が咲いている子はハナポン! こちらの石ころみたいな子はコロットです!」
「へえ、そんな名前だったんだね」
ルルも興味津々で、図鑑をのぞき込みます。
そこには、見覚えのあるふわふわの生き物が、かわいらしい絵で描かれていました。
「あ、この子。最初に会った子だね」
ヒナがハナポンの絵を指さすと、ルルもこくこくとうなずきました。
「それだけではありません! この世界には、いろいろな種類のトコがいるのです!」
「トコ?」
「はい! この生き物たちをまとめて、トコと呼ぶそうです!」
「そうなんだ。みんなトコっていうんだね」
ヒナは改めて図鑑を眺めました。
小さなトコもいれば、大きなトコもいます。
丸いもの。細長いもの。
まるで植物のような姿をしたものまで。
「本当にいろんな子がいるんだね」
「はい! しかもですね! それぞれ暮らし方も違うようなのです!」
リリは次のページを開きました。
「例えば、このハナポンはですね! 頭のお花が――」
そこまで言いかけて、ふと顔を上げます。
「……いえ! これはあとでじっくり説明しましょう!」
「ふふ。そうだね。せっかくだから、この本も買っていこうか」
「はい! もちろんです!」
リリは満足そうに図鑑を抱きしめました。
すると、ヒナが本棚の向こうに目を向けます。
「あっちには旅行の本もあるみたいだね」
「旅行の本ですか!?」
リリの目が、きらりと輝きました。
「それはぜひ見なくては!」
リリは図鑑を抱えたまま、さっそく旅行案内の並ぶ棚へと歩き出しました。
ヒナとルルも顔を見合わせて、にっこり。
二人はそのあとを、ゆっくり追いかけていきました。
旅行案内の棚には、町や村の風景が描かれた本が並んでいました。
にぎやかな市場の絵。
花に囲まれた小さな村の絵。
見たこともない建物が並ぶ町の絵。
「いろんな場所があるんだね」
ヒナが背表紙を眺めていると、リリが一冊の本を取り出しました。
「こちらはいかがでしょう!」
表紙には、いくつもの町と、それをつなぐ大きな橋が描かれています。
題名は『トコトコの町めぐり』。
「町めぐりかあ。僕たちにぴったりの本だね」
「はい! さっそく見てみましょう!」
リリが本を開くと、色鮮やかな地図が現れました。
森や川。
畑や湖。
そして、いくつもの町。
「わあ、きれいな地図だね」
ルルもヒナの隣から、じっとのぞき込みます。
すると、リリが地図の一角を指さしました。
「おや! こちらをご覧ください!」
「ん? どうしたの?」
「この町です! ツナギの町と書いてあります!」
「あ、本当だ」
ヒナがのぞき込むと、そこには見覚えのある町並みが描かれていました。
赤や茶色の屋根。
町の真ん中にある広場。
そして、町の端に描かれた大きな橋。
「僕たちが今いる町だね」
こくっ。
ルルもうなずきました。
リリはその下に書かれた説明を読み始めます。
「ツナギの町は、橋づくりが盛んな町……だそうです!」
「橋づくり?」
「はい! ほかの町と行き来するための橋を作っているようですね!」
「へえ。だからツナギっていう名前なのかな」
ヒナは興味深そうに地図を眺めました。
すると、リリがさらにページをめくります。
「おお! こちらには、もっと大きな絵があります!」
そこには、とても不思議な風景が描かれていました。
雲の上に広がる、大きな大地。
その上には森や川があり、たくさんの家が建っています。
そして、大地の端からは、巨大な生き物の顔がのぞいていました。
「……あれ?」
ヒナは思わず目を瞬かせました。
「これって、もしかして……」
「はい! この大きな生き物も、トコの一種のようです!」
リリが説明を指さします。
「名前は、トット!」
「トット……」
「そして、ツナギの町は、このトットの背中にあるそうです!」
「……えっ?」
ヒナはもう一度、絵を見ました。
森。
川。
町。
それらが全部、大きな生き物の背中に乗っています。
「じゃあ、僕たちが今歩いている場所も……」
「トットの背中ということになりますね!」
ヒナは驚いたように足元を見つめました。
ルルも同じように、床をじっと見つめています。
もちろん、足元は普通の木の床です。
けれど、そのずっと下には、巨大な生き物がいるというのです。
「……すごい世界だね」
「はい! 実に興味深いです!」
リリは嬉しそうにページをめくりました。
「それに、トットはほかの大きなトコと会うのが好きなようです!」
「ほかのトコと?」
「はい! 近づいてきたトコの背中にある町と、橋で行き来することがあるそうです!」
「なるほど。だから橋づくりが盛んなんだね」
ヒナは納得したようにうなずきました。
ルルも絵の中のトットをじっと見つめています。
そして、その大きな顔を指さしました。
「ふふ。気になるよね。僕も実際に見てみたいな」
こくこくっ。
ルルは嬉しそうにうなずきました。
「リリもです! ぜひトットを見てみたいです!」
三人はしばらく旅行案内を眺めていました。
見たことのない町。
不思議な景色。
そして、雲の上を歩く大きな生き物たち。
ページをめくるたびに、行ってみたい場所が増えていきます。
「この本も買っていこうか」
「はい! もちろんです!」
リリは旅行案内を閉じると、トコ図鑑と一緒に大切そうに抱えました。
読みたい本も、気になる本も見つかり、三人はそれぞれの本を抱えながら、お店の奥にある会計台へ向かいました。
「こんにちは。こちらの本をお願いします」
ヒナが声をかけると、店主のおじさんはにっこり笑いました。
「はいよ。おや、ずいぶんいろいろ選んだねえ」
台の上には、料理の本と魔女の絵本。
それから、トコ図鑑と旅行案内の本。
全部で四冊です。
「はい! とっても面白そうな本ばかりでした!」
リリは口元に手を添え、ひそひそ声で答えます。
もちろん、その声は相変わらずよく通りました。
「ははは。気に入ってもらえたなら嬉しいよ」
店主は楽しそうに笑いながら、一冊ずつ本を重ねていきます。
そのとき、旅行案内の表紙が目に留まりました。
「おや、町めぐりの本かい。これからどこかへ行くのかな?」
「はい。いろいろなところを見て回ろうと思っているんです」
「そりゃあいいねえ。ツナギにも、まだまだ面白いところがあるよ」
「そうなんですか?」
ヒナが尋ねると、店主はうなずきました。
「もちろんさ。どんなところを見てみたいんだい?」
「リリはトットを見てみたいです!」
ぱっと手を挙げたリリに、店主は目を細めました。
「トットかい? それなら、ちょうどいい場所があるよ」
「本当ですか!?」
リリが身を乗り出します。
「ほら、この本の地図を見てごらん」
店主は旅行案内を開き、町の地図を指さしました。
「ここに『見晴らしの丘』ってあるだろう? この丘からなら、トットのいる大地の広がりや、雲の海がよく見えるんだ」
「見晴らしの丘……」
ヒナは地図をのぞき込みました。
町の端の方に、小さな丘の絵が描かれています。
「ここなら、僕たちでも行けそうだね」
こくこくっ。
ルルも嬉しそうにうなずきました。
「ぜひ行ってみたいです! ありがとうございます!」
「どういたしまして。天気もいいし、きっと気持ちがいいよ」
店主は本をまとめて、ヒナに差し出しました。
「はい、お待たせ。大切に読んでおくれ」
「ありがとうございます」
ヒナがお金を渡すと、店主はにっこり笑いました。
受け取った本を、リリが大切そうに抱えます。
「それじゃあ、行ってきます」
「はいよ。またいつでもおいで」
からん、ころん。
扉の鈴が、やさしく鳴りました。
外に出ると、あたたかな日差しが三人を迎えます。
「さて、見晴らしの丘に行ってみようか」
「はい!!! 楽しみです!!!」
ルルもヒナの袖を引きながら、こくこくとうなずきました。
リリは抱えていた四冊の本を、ポーチの中にしまいます。
一冊ずつ吸い込まれるようにポーチに収まっていき、最後の一冊がしまわれると、リリは満足そうにうなずきます。
「これで準備万端です!!!」
「ふふ。じゃあ、行こうか」
三人は教えてもらった地図を頼りに、見晴らしの丘へ向かって歩き出しました。
* * *
丘を登るにつれて、頬をなでる風が少しずつ強くなってきました。
さらさら。
足元の草が揺れます。
ふわり。
小さな花びらが風に乗って舞い上がりました。
「ヒナ!!! ルル!!! もう少しです!!!」
先を歩いていたリリが振り返ります。
「うん。今行くよ」
リリは待ちきれない様子で、とことこと丘を駆け上がっていきました。
そして、頂上にたどり着いた、そのとき。
「わあああ!!! すごいです!!!」
リリの大きな声が響きました。
「どうしたの、リリ?」
ヒナとルルも顔を見合わせて、最後の坂を登ります。
すると。
「……わあ」
ヒナも思わず足を止めました。
丘の上からは、ツナギの町が一望できました。
赤や茶色の屋根が、まるで積み木のように並んでいます。
その間を、細い道がくねくねと伸びていました。
さっきまで歩いていた通り。
子どもたちと遊んだ広場。
そして、町の端には、真ん中で山折りになった大きな橋が、逆さまのV字を描くように立っています。
その姿は、並んだ家々の屋根よりもずっと高く、遠くからでもよく見えました。
「ふふ。こうして見ると、ずいぶん遠くまで歩いてきたんだね」
ルルもヒナの隣で、楽しそうに町を眺めています。
「ヒナ!!! あそこです!!! さっきの広場が見えます!!!」
「本当だ。あそこでみんなと遊んだんだよね」
こくこくっ。
ルルも嬉しそうにうなずきました。
「あっ! あの通りも通りましたね!!!」
「うん。あの辺りに本屋さんがあったんじゃないかな」
「おお!!! こうして見ると、町の様子がよくわかります!!!」
リリは嬉しそうに、あちらこちらを指さします。
ヒナもその隣で、歩いてきた道を目で追いました。
さっきまでは大きく見えた建物も、ここからでは小さなおもちゃのようです。
道を行き交う人たちも、ちょこちょこと動く小さな点に見えました。
「なんだか、町の模型を見ているみたいだね」
「はい!!! とってもかわいらしいです!!!」
ルルもにっこり笑って、こくりとうなずきました。
三人はしばらく、町の風景を楽しんでいました。
すると。
ふわり。
丘の上を、やわらかな風が吹き抜けました。
ヒナの桜色の髪が、さらさらと揺れます。
「……ん?」
ヒナは風の吹いてきた方へ、ゆっくりと振り返りました。
そして。
「…………わあ」
そこには、まったく違う景色が広がっていました。
どこまでも続く、青い空。
その下には、真っ白な雲の海。
ふわふわと重なり合った雲が、陽の光を受けて、きらきらと輝いています。
遠くへ行くほど、白い雲は青い空に溶け込むように淡くなっていました。
まるで、空の上にもう一つの海があるみたいです。
「リリ、ルル。こっちも見てごらん」
「なんですか!!!」
リリが振り返ります。
そして、ぴたりと動きを止めました。
「…………おおお!!!」
ルルもヒナの隣に並び、目を大きく見開きます。
三人の目の前には、どこまでも続く雲の海。
ゆっくりと流れる雲が、白い波のように重なり合っています。
ところどころには、雲の切れ間から緑色の何かが顔をのぞかせていました。
遠くに浮かぶ、小さな島のようにも見えます。
「……きれいだね」
ヒナがぽつりとつぶやきました。
リリもルルも、静かにうなずきます。
いつもは元気いっぱいのリリも、今だけは何も言いません。
ただ、目の前の景色をじっと見つめていました。
ふわり。
また風が吹きました。
ヒナの髪が頬にかかると、ルルがそっと手を伸ばします。
さらさらと揺れる桜色の髪を、やさしく耳の後ろへ。
「ふふ。ありがとう、ルル」
こくっ。
ルルは満足そうにうなずくと、ヒナの袖をきゅっと握りました。
ヒナも微笑んで、もう一度、雲の海へと目を向けます。
青い空。
白い雲。
頬をなでる、やわらかな風。
遠くまで広がる景色の中で、三人の髪が静かに揺れていました。
そして三人は、肩を並べたまま。
いつまでも、その美しい景色を眺めていました。




