南朝、便利に使われすぎ問題
「直義様が南朝と手を組んだ」
その話を聞いた翌朝。
俺はまだ納得できていなかった。
いや、話の意味は分かる。
尊氏様と戦う。
そのために味方が必要。
尊氏様の敵である南朝。
だから組む。
理屈だけなら、分かる。
でも、
「昨日まで敵だったんですよね?」
俺が言う。
孫七が答える。
「そうだな」
「しかも、かなり本気で」
「そうだな」
「それで今日から味方?」
「そうだな」
「皆さん、切り替え早すぎません?」
孫七は握り飯を食べながら言う。
「戦だからな」
「またそれですか」
最近この言葉、何にでも使える。
六郎殿が来た。
「何を騒いでいる」
俺は聞く。
「六郎殿」
「何だ」
「南朝って、昨日まで幕府の敵でしたよね」
「ああ」
「直義様は幕府の人」
「ああ」
「なのに手を組む」
「ああ」
「おかしくないですか」
六郎殿は少し考えた。
「おかしい」
「ですよね!」
「だが、必要だ」
「結局そうなるんですか」
六郎殿は続ける。
「直義様から見れば、今一番危険なのは尊氏様と師直殿だ」
「はい」
「南朝から見れば、足利が割れるのは好機だ」
「はい」
「だから手を組む」
俺はため息。
「皆、目的が違うのに味方になるんですね」
六郎殿。
「目的が同じ時だけだ」
「それ、味方って言います?」
孫七。
「期間限定の味方」
俺は嫌な顔をした。
「そんな商売みたいな」
六郎殿。
「戦も似たようなものだ」
本当に?
◇
その日の午後。
俺たちは旗を届けるため、直義様の陣へ向かった。
南朝方の武士もいる。
最初は妙な感じだった。
だってついこの間まで、見つけたら斬り合っていた人たちだ。
こっちも向こうも、互いに微妙な目で見る。
俺は小声で孫七に言う。
「仲良くできるんですかね」
「酒飲ませれば」
「その考えやめてください」
そこへ南朝方の武士が来る。
俺たちは少し身構えた。
向こうも少し身構える。
でも何も起きない。
当然だ。
今は味方。
その武士が俺の持っている旗を見る。
「それ、直義方か」
「はい」
「よくできてるな」
俺は少し嬉しい。
「ありがとうございます」
一瞬。
普通の会話。
それが逆に変な感じだった。
昨日までなら、この人と話す前に槍が出ていたかもしれない。
でも今日は、旗を褒められている。
俺は聞いてみた。
「変な感じしません?」
武士。
「何が」
「昨日まで敵だったのに」
武士は少し笑う。
「お互い様だろ」
「まあ」
「俺たちだって好きで足利と組んでるわけじゃない」
「じゃあ何で」
武士は遠くを見る。
「勝つためだ」
短い答え。
でも、それで十分だった。
◇
直義様は、南朝方と話をしていた。
俺たちは少し離れた場所。
孫七が言う。
「本当に一緒にいるな」
「見れば分かります」
「いや、何か不思議だろ」
それは分かる。
直義様。
前まで幕府の中心にいた人。
その人が、幕府と戦っていた南朝と話している。
歴史って、本当に予想できない。
直義様が俺たちに気づく。
「弥太郎」
「はい」
「旗は」
「持ってきました」
「置いておけ」
俺は置く。
南朝方の武士がそれを見る。
「これはどちらの印だ」
俺。
「直義様の」
「南朝の旗とは違うな」
「そりゃそうでしょう」
「一緒にしてはどうだ」
俺は固まる。
「一緒?」
「見分けにくい」
俺は直義様を見る。
直義様も少し考える。
「いや」
一言。
「その必要はない」
南朝方の武士。
「なぜです」
直義様。
「我々は同じ目的のために協力しているだけだ」
俺は思った。
あ。
そこははっきりしてるんだ。
味方だけど、同じではない。
その違い、大事なんだろう。
◇
夜。
孫七と飯。
「弥太郎」
「何です」
「今日の味方、南朝」
「はい」
「明日は?」
「聞かないでください」
「何で」
「答えられないからです」
孫七が笑う。
俺は続ける。
「でも」
「何だ」
「今日一日見てて思いました」
「何を」
「裏切りって、全部同じじゃないんですね」
孫七が珍しく真面目な顔。
「どういうことだ」
俺は考えながら言う。
「ただ気分で変わる人もいるかもしれない」
「うん」
「でも、直義様は生き残るため」
「うん」
「南朝も、足利を崩すため」
「うん」
「お互い、理由がある」
孫七。
「つまり?」
「皆、損得で動いてる」
孫七が笑う。
「最初からそう言ってるだろ」
「言い方!」
「でも間違ってない」
「間違ってないのが嫌なんですよ」
六郎殿が後ろから言う。
「損得だけでもない」
俺たちは振り返る。
「何がです」
「恩」
「はい」
「恨み」
「はい」
「家」
「はい」
「土地」
「はい」
「誇り」
「はい」
「恐れ」
俺は黙る。
六郎殿。
「人は一つの理由で動くわけじゃない」
孫七。
「面倒ですね」
六郎殿。
「そうだ」
俺も頷いた。
本当に。
◇
数日後。
戦。
直義様側。
南朝方。
尊氏様側。
師直殿。
もう、敵味方を考えるのをやめたくなる。
でも、やめたら死ぬ。
だから見る。
旗。
旗。
旗。
「弥太郎!」
孫七の声。
「右!」
俺は振り向く。
味方の旗。
安心。
と思った瞬間。
別方向から違う旗。
「何だあれ!」
孫七。
「南朝!」
「味方?」
「今日は!」
「その言い方やめてください!」
俺たちは走る。
戦場では、政治より単純だ。
向こうから来る。
斬る。
逃げる。
守る。
生きる。
でも、その「向こう」が毎回変わる。
それだけが難しい。
◇
戦が終わった後。
南朝方の武士が、怪我をしていた。
俺は布を渡す。
「使ってください」
「いいのか」
「今日は味方なので」
言ってから。
嫌な言い方だなと思った。
武士も少し笑う。
「今日は、か」
「すみません」
「いや」
その人は布を受け取る。
「正直でいい」
俺は聞いた。
「明日、敵になると思います?」
武士は少し考える。
「分からん」
やっぱり。
でも、その答えが普通になってきた。
怖い。
◇
しばらくして、また情勢が動いた。
当然のように。
使者が来る。
「急報!」
俺は反射的に聞く。
「誰が誰と?」
使者が少し止まる。
「……何で分かった」
「最近それしかないので」
使者。
「尊氏様が」
「はい」
「南朝と和睦を」
俺は固まった。
孫七も。
六郎殿も。
「……何ですって?」
使者。
「尊氏様が南朝と」
俺は頭を抱えた。
「ちょっと待ってください!」
誰も待ってくれない。
「直義様が南朝と組んでたんですよね!」
「そうだ」
「尊氏様はその敵!」
「そうだ」
「その尊氏様も南朝と?」
「そうだ」
「南朝、何人いるんですか!」
孫七が笑う。
「一つだろ」
「じゃあ何で両方使えるんです!」
六郎殿。
「使っているのではない」
「じゃあ何です」
「交渉している」
俺は顔をしかめる。
「言い方が丁寧になっただけじゃないですか」
六郎殿は何も言わなかった。
◇
俺は相関図を作った。
また。
前回捨てたのに。
尊氏様。
直義様。
南朝。
北朝。
師直殿。
直冬殿。
線。
線。
線。
孫七が覗き込む。
「また作ってる」
「今度こそ分かるかもしれない」
「無理だろ」
「やってみないと」
線を引く。
直義様と南朝。
尊氏様と北朝。
その後、尊氏様と南朝。
俺の手が止まる。
「孫七」
「何だ」
「南朝から線が二本出てます」
「そうだな」
「敵同士の両方へ」
「そうだな」
「これ、何です?」
孫七。
「便利なんじゃないか」
俺は筆を置いた。
「それ言っちゃ駄目な気がする」
でも、少し笑ってしまった。
◇
その夜、俺は六郎殿に聞いた。
「南朝って、結局どう思ってるんですかね」
「何を」
「直義様とも組んで」
「うん」
「尊氏様とも話して」
「うん」
「どっちが味方なんです?」
六郎殿は少し考える。
「南朝は南朝の味方だ」
俺は止まった。
「……ああ」
初めて。
すごく腑に落ちた。
直義様は直義様のため。
尊氏様は尊氏様のため。
南朝は南朝のため。
皆、自分たちが生き残るため。
正しいと思うものを守るため。
他人の駒じゃない。
俺は少し恥ずかしくなった。
勝手に、
「誰かに使われてる」
みたいに考えていた。
でも、南朝だって動いている。
考えている。
選んでいる。
当たり前だ。
◇
翌朝、また使者。
本当に毎日来る。
「弥太郎!」
「はい!」
「旗を!」
「誰の!」
「尊氏様!」
俺は旗を取る。
「はい!」
使者。
「ただし!」
俺の手が止まる。
嫌な言葉。
「何です」
「南朝との和睦に関係するから、印を変えろ!」
俺は天を仰いだ。
「印まで変わるんですか!」
孫七が笑う。
「仕事増えたな」
「笑い事じゃない!」
使者。
「急げ!」
俺は言った。
「割増です」
使者。
「またか!」
「情勢が不安定ですので!」
もう、完全に定番になっていた。
◇
その日の夕方、俺は旗を干した。
赤。
白。
新しい印。
古い印。
南朝。
北朝。
足利。
全部。
風に揺れている。
孫七が横に立つ。
「綺麗だな」
「何が」
「旗」
俺も見る。
確かに。
遠くから見れば綺麗だ。
でも。
その一枚一枚に、
人の思惑があって。
戦があって。
誰かが死ぬ。
「弥太郎」
「何です」
「今日の味方、誰?」
俺は少し考えた。
そして答えた。
「自分たち」
孫七が笑う。
「何だそれ」
「六郎殿が言ってました」
「なるほど」
俺も笑った。
たぶん、この時代それが一番正しい。
昨日の敵と組む。
今日の味方と戦う。
何でもありに見える。
でも、皆、何かを守ろうとしている。
だから、簡単に「裏切り」とだけ呼ぶのは、
少し違うのかもしれない。
ただ、一つだけ俺にも分かることがあった。
この争い。
絶対に、まだ終わらない。
そして次に消える旗が、誰のものなのか俺はまだ知らなかった。




