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本日も主君が変わりました ~昨日の敵が今日の味方な室町時代~  作者: さかもち
第三部 昨日の味方は、今日の敵です
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戦が終わってからのお支払いは、何年後ですか

「代金は、戦が終わってから払う」


米屋の主人は、東軍の武士からそう告げられたという。


俺は帳面を開いた。


「……何俵の注文ですか」


「五十俵です」


筆が止まった。


「五十?」


「はい」


「五十俵ですか」


「はい」


俺は、ゆっくり帳面を閉じた。


五十俵。


町の小さな米屋にとっては、決して少ない量ではない。


まして、今は戦の最中である。


米の値は上がり、仕入れも難しい。店を開けているだけでも大変な時代だ。


「それで、お支払いは戦が終わってから?」


米屋は頷いた。


「はい」


俺は深く息を吐いた。


「……終わる日は決まっていますか」


「いいえ」


「誰が決めるのでしょう」


「分かりません」


「勝っても負けても払っていただけるのでしょうか」


米屋は、首を振った。


「それも……」


俺は天井を仰いだ。


最近、武士の方々は実に便利な約束をなさる。


納期は明日。


品物は全部。


代金は未定。


そんな注文なら、俺だっていくらでも出せる。


「旗屋さん」


米屋は、不安そうに俺を見た。


「どうすればよいのでしょう」


俺は、しばらく考えた。


そして答えた。


「まず、注文を出された方に会いましょう」


「断るのですか」


「いえ」


俺は帳面を開き直した。


「支払っていただく方法を考えます」


自分でも、ずいぶん勇ましいことを言ったと思った。


だが、五十俵の代金を立て替える銭は、もちろん俺にもなかった。


          ◇


応仁二年、1468年。


京の戦は、終わる気配を見せなかった。


東軍と西軍は互いに陣を構え、戦い続けている。


そのために必要な物は、刀や槍だけではない。


米。


塩。


油。


薪。


馬の餌。


傷ついた兵を手当てするための布。


軍勢が大きくなればなるほど、必要な物も増えていく。


そして、それを用意するのは、多くの場合、町の商人たちだった。


俺の店にも軍旗の注文が来る。


米屋には米。


油屋には油。


紙屋には紙。


ところが、戦が長引くにつれ、代金を後回しにする注文が増えていた。


俺は、ようやく未払いの軍旗代金をいくらか回収したばかりである。


それなのに、今度は米屋が同じ問題を抱えている。


俺は、父の帳面を取り出した。


そこには、見慣れた文字が並んでいた。


『半金前払い』


『残金は納品時』


俺は、少しだけ笑った。


「……父上。あなたの言う通りでした」


背後から千吉が言った。


「何がですか」


俺は帳面を見せた。


「銭は、先にもらっておくべきだということだ」


千吉は頷いた。


「そうですね」


「ところが、米屋は五十俵を頼まれたらしい」


「五十俵?」


千吉の目が丸くなった。


「そんなに?」


「ああ」


千吉は、しばらく考えた。


そして言った。


「親方」


「何だ」


「うちでは、米俵の旗は作れますが、米俵そのものは作れませんよ」


俺は頷いた。


「知っている」


「でしたら、今回も旗屋の仕事ではないのでは?」


俺は黙った。


非常に正しい指摘だった。


最近、千吉は正しいことばかり言う。


親方として、少々面白くない。


          ◇


翌朝、俺は米屋の主人とともに東軍の陣を訪ねた。


注文を出したのは、兵糧の調達を任されている小笠原主計(おがさわらかずえ)という武士だった。


これは、なかなか厳しい顔の男だった。


「旗屋弥三郎とは、そなたか」


「はい」


「米屋の代わりに話をしに来たそうだな」


俺は頭を下げた。


「はい。注文の条件を確かめたく参りました」


主計殿は、机の上に書状を置いた。


「米五十俵。三日以内に納めてもらいたい」


俺は頷いた。


「代金については?」


「戦が落ち着いてから支払う」


予想通りだった。


俺は、静かに尋ねた。


「いつ頃になるのでしょう」


主計殿の眉が動いた。


「それが分かれば苦労はせぬ」


まったく、その通りである。


だが、そう言われて納得するわけにもいかない。


「では、三日以内に五十俵を用意できるかどうかも、米屋には分からないと思います」


主計殿は俺を睨んだ。


「何?」


「仕入れには銭が必要です。今ある米をすべてお渡しすれば、町の方々へ売る分がなくなります」


「軍勢に米がなければ戦えぬ」


俺は頷いた。


「はい」


そして続けた。


「町人にも米がなければ、暮らせません」


主計殿は黙った。


俺は、少しだけ息を整えた。


「恐れながら、軍勢に必要な量と、町で用意できる量を一度確かめていただけませんか」


主計殿は、しばらく俺を見ていた。


そして言った。


「……そなたは、旗屋だったな」


「はい」


「なぜ米の話をしている」


俺は、思わず答えに詰まった。


確かに。


なぜだろう。


          ◇


主計殿との話し合いは、すぐには進まなかった。


米五十俵は必要だという。


だが、代金を今すぐ用意することは難しい。


米屋には、五十俵を一度に渡せるだけの余裕がない。


双方の言い分は、平行線だった。


そこで俺は尋ねた。


「主計殿。五十俵は、すべて三日後に必要なのでしょうか」


「……何?」


「使う時期が違うのであれば、分けて納めることもできると思います」


主計殿は、少し考えた。


「三日後までに十俵。その後、順次必要になる」


俺は顔を上げた。


「では、残り四十俵を今すぐ用意する必要はないのですね」


「そうなるな」


俺は、米屋を見た。


主人も、少しだけ表情を明るくした。


「十俵なら、何とか……」


俺は頷いた。


「では、まず十俵分のお支払いをお願いできませんか」


主計殿は、深くため息をついた。


「銭がないと言っているだろう」


俺は、少し考えた。


「では、いくらなら今すぐ支払えるのでしょう」


主計殿は、しばらく黙った。


やがて、書類を調べ始めた。


その様子を見ながら、俺は思った。


父上。


お祖父様。


武士の方々は、五十俵と仰る時には勇ましいのに、代金の話になると急に静かになるものですね。


          ◇


結局、その日は結論が出なかった。


ただし、一つだけ分かったことがある。


主計殿にも、自由に使える銭がないのだ。


軍勢を動かす命令は受けている。


兵糧を用意する責任もある。


だが、その費用をすべて任されているわけではない。


俺は店へ戻り、佐吉と千吉に話した。


佐吉は、しばらく考えた。


「つまり、主計殿も困っているのですね」


「そういうことになります」


千吉が言った。


「では、誰が銭を持っているんでしょう」


俺は首を振った。


「それが分かれば、俺も聞きたい」


千吉は少し笑った。


「旗の代金も、その人にお願いできるかもしれませんね」


俺は、思わず笑った。


「本当だな」


だが、すぐに笑えなくなった。


主計殿も困っている。


米屋も困っている。


そして、その間で米が届かなければ、兵も困る。


だからといって、米屋だけに負担を押しつけてよいはずはない。


俺は、帳面を開いた。


『米五十俵』


『三日後に必要な分 十俵』


『残り四十俵 納期要確認』


『代金 未定』


そして、最後に書いた。


『支払える者、要確認』


千吉がそれを見て笑った。


「親方。これでは、いつもの旗の帳面と同じですね」


俺も笑った。


「……本当だ」


          ◇


翌日。


俺は町の商人たちを集めた。


米屋だけではない。


油屋。


紙屋。


薪を扱う者。


荷車を持つ者。


それぞれ、軍勢からの注文を受けていた。


俺は、事情を説明した。


五十俵という注文を、一度に受けることの難しさ。


代金の支払いが不明確なこと。


そして、個々の商人が無理をすれば、商売を続けられなくなること。


油屋の主人が頷いた。


「うちも同じです」


俺は顔を上げた。


「何がですか」


「油を二十樽、先に納めろと言われています」


紙屋も言った。


「こちらは紙を百束です」


薪屋が、深いため息をついた。


「うちは、薪を好きなだけ持ってこいと」


俺は、思わず顔を上げた。


「好きなだけ?」


「はい」


「……代金は?」


薪屋は、苦く笑った。


「戦が終わったら」


皆が黙った。


そして、次の瞬間。


誰かが笑った。


それにつられて、皆が笑い始めた。


笑うしかなかった。


今の京では、戦が終わったら払うという約束が、あまりにも多すぎる。


          ◇


「皆さん」


俺は、笑いが収まるのを待ってから言った。


「一つ、ご提案があります」


米屋が顔を上げた。


「何でしょう」


「注文を受ける時の条件を、できるだけ揃えませんか」


油屋が首を傾げた。


「揃える?」


「はい。たとえば、注文を受けた量、納める時期、代金の支払い方法を、書面で確認するのです」


紙屋が頷いた。


「なるほど」


俺は続けた。


「それから、一度に納められない場合は、分けて納めることを相談する」


薪屋が、少し考えた。


「……でも、武士の方々が聞いてくださるでしょうか」


俺は、静かに答えた。


「分かりません」


皆が、少し困った顔をした。


俺は続けた。


「ただ、一人で断るよりは、町の商人たちが同じような条件で話をした方が、相手にも事情が伝わるかもしれません」


米屋が、ゆっくり頷いた。


「……それなら、やってみたいです」


油屋も頷いた。


紙屋も。


薪屋も。


俺は、少しだけ胸が温かくなった。


          ◇


数日後。


俺たちは、注文の条件を確認するための簡単な書式を作った。


『注文主』


『品物』


『数量』


『納期』


『代金』


『支払い時期』


そして、最後に、


『納品時の確認』


と書いた。


佐吉が、それを見て言った。


「親方。旗の注文書と同じですね」


俺は頷いた。


「はい」


千吉も笑った。


「とうとう、旗屋の帳面が町の皆さんのお役に立ちましたね」


俺は、少しだけ笑った。


「そうだな」


父の帳面。


祖父の帳面。


そして、俺の帳面。


三代続けてきた仕事のやり方が、今度は町の商人たちの助けになる。


俺は、静かに頷いた。


父上。


あなたが残してくれたものは、思っていたよりずっと大きかったようです。


          ◇


ただし、ここからが難しかった。


町の商人たちが条件を揃えたからといって、武士が簡単に従うわけではない。


俺たちは再び、東軍の兵糧担当である小笠原主計殿を訪ねた。


主計殿は、書式を見るなり眉をひそめた。


「……何だ、これは」


俺は頭を下げた。


「納品の条件を確認するためのものです」


「米屋だけの話ではないのか」


「はい。油屋や薪屋も、同じような注文を受けております」


主計殿は、深くため息をついた。


「商人たちが、皆で相談してきたというわけか」


俺は頷いた。


「はい」


主計殿は、しばらく書式を見つめていた。


そして、静かに言った。


「……困ったものだな」


俺は少し身構えた。


だが、主計殿は続けた。


「こちらも、何をどれだけ頼んだのか分からなくなっている」


俺は、思わず顔を上げた。


「……そうなのですか」


主計殿は頷いた。


「担当が変われば、前の注文が分からぬ。どこへ何を頼んだか、調べるだけでも手間がかかる」


俺は、しばらく考えた。


そして言った。


「でしたら、こちらの書式が少しはお役に立つかもしれません」


主計殿は、俺を見た。


そして、少しだけ笑った。


「……そうかもしれぬな」


俺は、ようやく息を吐いた。


          ◇


話し合いの結果、米五十俵については、まず十俵だけ納めることになった。


残り四十俵は、必要な時期を改めて確認する。


また、最初の十俵分については、軍の担当者が支払いの手配を進めることになった。


ただし、その場で全額が支払われたわけではない。


俺は、米屋へ念を押した。


「代金の支払いが確かめられるまでは、無理に追加分を納めないでください」


米屋は、深く頷いた。


「分かりました」


主計殿も、静かに言った。


「こちらも、できる限り早く手配しよう」


俺は頭を下げた。


「お願いいたします」


これですべて解決したわけではない。


だが、少なくとも五十俵を無条件で渡す話ではなくなった。


そのことが、何より大きかった。


          ◇


店へ戻ると、千吉が待っていた。


「親方。どうでしたか」


俺は頷いた。


「少し、前へ進んだ」


千吉は、嬉しそうに笑った。


「よかったですね」


佐吉も、静かに頷いた。


俺は、帳面を開いた。


『米五十俵』


『初回十俵』


『残り四十俵 再協議』


『代金 支払い手配中』


筆を置く。


そして、深く息を吐いた。


「……疲れた」


千吉が笑った。


「親方。今日は旗を一枚も作っていませんね」


俺は、顔を上げた。


「……そうだったな」


佐吉も笑った。


「ですが、町の商人たちには喜ばれたでしょう」


俺は、少しだけ笑った。


「そうだといいですね」


          ◇


その夜。


俺は父の帳面を開いた。


そこには、こんな一行があった。


『代金を払わぬ客ほど、急ぎの注文をする』


俺は、思わず笑った。


「……父上」


本当に、その通りだった。


俺は、しばらく帳面を見つめた。


そして、静かに呟いた。


「今日は、米屋の代金の話をしてきました」


返事はない。


だが、父の字はそこに残っている。


俺は、少しだけ笑った。


「……旗屋なのに、何をしているんでしょうね」


すると、奥から千吉の声がした。


「親方!」


「何だ!」


「山名家の旗、仕上がりました!」


俺は、思わず立ち上がった。


「……そうだった!」


千吉が笑った。


佐吉も、静かに言った。


「親方。納品先の確認をお願いいたします」


俺は、深くため息をついた。


本業も、きちんと続いている。


いや、続けなければならない。


俺は帳面を開いた。


「……分かった。明日、確認しよう」


          ◇


翌朝。


俺は店先に、新しい札を掛けた。


『ご注文の条件、明確にいたします』


その下に、


『戦後払いは、原則お断りします』


新九郎殿が、それを読んだ。


そして、しばらく黙った。


「弥三郎」


「何でしょう」


「……戦が終わったら払うというのは、駄目なのか」


俺は即座に答えた。


「駄目です」


「では、戦に勝ったら払うというのは?」


「もっと駄目です」


「負けたら?」


「なおさらです」


新九郎殿は、腹を抱えて笑った。


「ははは! 弥太郎殿の孫らしい!」


俺も、少しだけ笑った。


「……そうでしょうか」


新九郎殿は頷いた。


「いや、弥太郎殿より、ずっと商売人らしい」


俺は、少しだけ胸を張った。


「ありがとうございます」


新九郎殿は、静かに笑った。


「よいことだ」


          ◇


ところが、その日の午後。


町の米屋が、再び店へやってきた。


俺は、少しだけ嫌な予感がした。


「……今度は、何でしょう」


米屋は、深く頭を下げた。


「旗屋さん。昨日は、ありがとうございました」


俺は頷いた。


「いえ」


「おかげで、五十俵を一度に渡さずに済みました」


「それは、よかったです」


だが、米屋の表情は険しかった。


「ただ……」


俺は、胸が冷たくなった。


「……ただ?」


米屋は、懐から一枚の書状を取り出した。


俺は、受け取った。


そこには、別の注文が書かれていた。


『米三十俵』


俺は、眉をひそめた。


「……新しい注文ですか」


米屋は頷いた。


「はい」


「どちらから?」


米屋は、しばらく黙った。


そして、静かに答えた。


「西軍からです」


俺は、ゆっくり目を閉じた。


……またか。


だが、米屋は続けた。


「今度は、代金を先に払うと言っています」


俺は、顔を上げた。


「……本当ですか」


「はい」


俺は、しばらく考えた。


西軍から米三十俵。


代金は前払い。


商売の条件としては、むしろ東軍よりよい。


だが、問題はそこではない。


今、東軍は西軍への物資の流出を警戒している。


その中で西軍へ米を売れば、米屋が危険にさらされるかもしれない。


俺は、静かに尋ねた。


「……どこで受け渡すのですか」


米屋は、書状の一番下を指した。


そこには、受け渡し場所が書かれていた。


俺は、その文字を読んだ。


そして、息を呑んだ。


『東軍の陣を通過した先の倉にて受け渡し』


俺は、しばらく何も言えなかった。


東軍の陣を通って、西軍へ米を運ぶ。


今の京では、最も危険な取引の一つだ。


しかも、三十俵。


隠して運べる量ではない。


俺は、静かに書状を畳んだ。


そして、米屋を見た。


「……この注文を、受けるおつもりですか」


米屋は、長い間黙っていた。


やがて、静かに答えた。


「……受けたいのです」


俺は、息を呑んだ。


米屋は続けた。


「前払いで三十俵分の代金が入れば、店を立て直せるかもしれません」


俺は、何も言えなかった。


米屋は、深く頭を下げた。


「旗屋さん。どうか、知恵を貸してください」


俺は、書状を見つめた。


商売を続けるための注文。


だが、その注文を受ければ、商売を続けられなくなるかもしれない。


俺は、深く息を吐いた。


そして、静かに言った。


「……まず、東軍の許しを得られるか確かめましょう」


米屋は、顔を上げた。


「……許してもらえるでしょうか」


俺は、首を振った。


「分かりません」


そして、少しだけ笑った。


「ですが、無理に運んでから怒られるよりは、先に聞いた方がよいでしょう」


米屋は、静かに頷いた。


俺は、帳面を開いた。


『西軍 米三十俵』


『代金前払い』


『受け渡し場所 東軍陣の先』


そして、最後に一行。


『通行許可 未定』


俺は、筆を置いた。


父上。


お祖父様。


どうやら今度は、代金をきちんと払ってくださるお客様が現れました。


ですが。


代金を払ってくだされば、何でも売れるというわけではないようです。


俺は、静かに帳面を閉じた。


京の町では、今日も戦が続いている。


そして、俺たち商人は、戦の間で商売を続ける方法を探していた。

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