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本日も主君が変わりました ~昨日の敵が今日の味方な室町時代~  作者: さかもち
第三部 昨日の味方は、今日の敵です
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家族の面会に、敵味方の許可は必要ですか

「東軍にいる兄の妻と、西軍にいる弟を会わせたい」


俺がそう言うと、新九郎殿はしばらく黙った。


そして、深いため息をついた。


「弥三郎」


「はい」


「お前は、いつから縁談の世話まで始めたんだ」


「縁談ではありません」


「では、見合いか」


「違います」


「親戚同士の仲直りか」


俺は少し考えた。


「……それが一番近いかもしれません」


新九郎殿は腕を組んだ。


「なるほど。だったら、旗屋に頼む話じゃないな」


「そうなんです」


「断ればいいだろう」


俺は帳面を開いた。


そこには、昨日書いた名前が並んでいる。


源太郎。


藤次郎。


志乃。


そして、源太郎の息子。


俺は静かに答えた。


「……でも、断れませんでした」


新九郎殿は、しばらく俺を見つめた。


やがて、小さく笑った。


「お前も、弥一郎に似てきたな」


俺は、少しだけ顔をしかめた。


「最近、そればかり言われます」


「いいことじゃないか」


「父上は、仕事を断れない人でしたから」


「お前もだろう」


俺は黙った。


どうやら、反論できないらしい。


          ◇


応仁二年、1468年。


京の町は、東軍と西軍に分かれていた。


もっとも、二つに分かれたと言っても、真っすぐ線を引けば済むものではない。


東軍の陣がある。


西軍の陣がある。


その間には、焼け残った町家があり、寺があり、逃げられずにいる人々がいる。


戦の前なら、半刻もかからずに行けた場所へ、今では何日もかかることがある。


道が塞がれているからだ。


兵がいるからだ。


そして何より、相手が敵か味方か分からないからだ。


俺は、以前に作った白い旗を見つめた。


東西双方の許しを得て、町人を通すために用意した旗である。


あの旗によって、何人もの人が安全な場所へ移ることができた。


だが、今回の話は少し違う。


東軍にいる志乃とその息子。


西軍にいる藤次郎。


三人を会わせたい。


それだけのことなのに、両軍の許しが必要になる。


俺は、帳面の隅に小さく書いた。


『家族の面会』


そして、その下に、


『要相談』


と書き加えた。


書いてから、嫌になった。


家族が会うことまで、旗屋が相談を受けなければならない時代になってしまったのか。


          ◇


まず、志乃に話を聞いた。


志乃は、息子を連れて店へ来た。


少年の名は太一(たいち)といった。


十歳になるという。


父親の源太郎が亡くなってから、ほとんど笑わなくなったそうだ。


「藤次郎殿に会いたいというのは、どのような理由でしょう」


俺が尋ねると、志乃は静かに答えた。


「夫のことを、話したいのです」


俺は頷いた。


「……はい」


「夫が亡くなった時、義弟は西軍におりました。きっと、誰にも話せないことがあると思います」


俺は黙った。


志乃は続けた。


「私は、夫がどのように亡くなったのか、詳しく知りません」


「……そうですか」


「ただ、最後まで陣を守っていたと聞きました」


俺は頷いた。


それは、以前に東軍の武士から聞いた話だった。


志乃は、少しだけ目を伏せた。


「義弟が兄の旗を拾った時、何を思ったのか。それも聞きたいのです」


俺は、静かに頷いた。


「分かりました」


すると、隣にいた太一が口を開いた。


「旗屋さん」


「何だい」


「叔父上は、父上の敵なんですか」


俺は、言葉に詰まった。


志乃も、息子を見た。


太一は、真剣な顔をしていた。


「父上は東軍で、叔父上は西軍なんでしょう」


「……そうだね」


「じゃあ、叔父上は敵なの?」


俺は、少し考えた。


そして答えた。


「お父上にとって、叔父上は弟だったんだ」


太一は、首を傾げた。


「でも、敵なんでしょう」


俺は、静かに言った。


「戦では、そういうことになっていたのかもしれない」


「……じゃあ、どっちなの?」


その問いに、俺は答えられなかった。


戦では敵。


家族では弟。


どちらも本当だ。


だが、十歳の少年には、それが理解できない。


いや。


大人の俺にも、完全には理解できていない。


          ◇


次に、藤次郎へ使いを出した。


西軍の陣へ入るには、以前から顔なじみの三浦頼景殿を頼るしかなかった。


事情を記した書状を渡すと、頼景殿はしばらく黙っていた。


「……弥三郎」


「はい」


「今度は家族を会わせたいのか」


「はい」


頼景殿は、深いため息をついた。


「そなたは、旗屋だったな」


「はい」


「間違いないな」


「はい」


「最近、旗を作っているのか」


俺は少し考えた。


「……作っています」


頼景殿は、じっと俺を見た。


「本当に?」


「もちろんです」


「では、なぜ私は旗の注文以外でしか、そなたに会わぬのだ」


俺は、返事に困った。


実にもっともな疑問だった。


頼景殿は、少しだけ笑った。


だが、すぐに真顔になった。


「藤次郎は西軍に仕える者だ。勝手に東軍側へ出すわけにはいかぬ」


「承知しております」


「会わせるとしても、場所を慎重に選ばねばならぬ」


俺は頷いた。


「ですので、双方の兵が確認できる場所を考えています」


頼景殿は、しばらく考えた。


「……以前、町人を通した道か」


「はい。ただし、今回もその都度、両軍の許可が必要です」


頼景殿は頷いた。


「それなら、上役へ相談してみよう」


俺は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


頼景殿は、少しだけ顔をしかめた。


「ただし、許可が出るとは限らぬぞ」


「分かっています」


「それから、弥三郎」


「はい」


「面会の場で争いが起きれば、そなたも責任を問われる」


俺は、静かに頷いた。


「……承知しております」


          ◇


数日後。


藤次郎本人から返事が届いた。


短い書状だった。


『兄の妻子に会いたい。ただし、二人を危険にさらすならば、会わぬ』


俺は、その文字を何度も読んだ。


藤次郎も、同じことを考えているのだ。


会いたい。


だが、危険にさらしたくない。


家族を思う気持ちは、東軍も西軍も変わらない。


俺は、静かに息を吐いた。


そして、もう一度、三浦頼景殿へ書状を送った。


面会の場所。


時刻。


同行する人数。


持ち込むもの。


そして、双方の兵が近づきすぎないこと。


細かな条件を、一つずつ決めていった。


時間がかかった。


何度も断られかけた。


「そんな面会に兵を割けるか」


そう言われたこともある。


俺は、そのたびに頭を下げた。


「長い時間はいただきません」


「武器は持ち込ませません」


「双方が同意した場合に限ります」


まるで、旗の注文を取る時のようだった。


ただし、今回の納品物は旗ではない。


家族が再会する時間である。


          ◇


ようやく、限られた時間だけ面会が認められた。


場所は、かつて町人の通行に使った道の途中にある、小さな空き地だった。


周囲には焼けた壁が残り、地面には瓦が散らばっている。


以前は、何かの店があったのだろう。


今では、何を売っていた場所なのかも分からない。


俺は佐吉に頼み、簡単な日除けを用意した。


佐吉は、布を広げながら言った。


「親方。これも旗屋の仕事ですか」


俺は、少し考えた。


「……幕を仕立てるのは、旗屋の仕事です」


佐吉は笑った。


「それはそうですね」


千吉も手伝った。


柱を立て、布を張る。


雨風を防ぐほど立派なものではない。


だが、家族が少しの間座れる場所にはなる。


俺は、完成した日除けを見上げた。


これが今日の仕事だ。


旗ではない。


誰かを威嚇するためでもない。


ただ、家族が顔を合わせるための小さな場所。


俺は、少しだけ胸が温かくなった。


          ◇


面会の日。


俺は、朝早くから現場へ向かった。


東軍の兵が二人。


西軍の兵も二人。


互いに警戒しながら、少し離れた場所に立っている。


俺は、両方へ頭を下げた。


「本日は、ありがとうございます」


東軍の兵は頷いた。


西軍の兵も、わずかに頷いた。


それだけだった。


俺は、日除けの下に座る場所を用意した。


やがて、志乃と太一が現れた。


志乃は、深く頭を下げた。


「本日は、ありがとうございます」


俺は頷いた。


「まだ、これからです」


太一は、周囲を見回していた。


兵を見て、少し怯えた顔をした。


俺は膝をついた。


「大丈夫かい」


太一は、小さく頷いた。


「……はい」


「怖くなったら、すぐに言うんだよ」


少年は、もう一度頷いた。


それからしばらくして、西軍側から一人の男が現れた。


藤次郎だった。


俺は、静かに立ち上がった。


「藤次郎殿」


男は、深く頭を下げた。


そして、志乃を見た。


二人は、しばらく何も言わなかった。


          ◇


「……義姉上」


藤次郎が、ようやく口を開いた。


志乃の目に、涙が浮かんだ。


「藤次郎さん」


それだけで、声が途切れた。


太一が、母の袖を握った。


藤次郎は、少年を見た。


「……太一か」


太一は、少しだけ後ずさった。


藤次郎は、その反応を見て足を止めた。


そして、静かに膝をついた。


「大きくなったな」


太一は、黙っていた。


「最後に会った時は、まだ小さかったのに」


藤次郎は、少し笑った。


だが、太一は笑わなかった。


代わりに、真剣な顔で尋ねた。


「……叔父上」


「何だ」


「叔父上は、父上の敵だったんですか」


その場が、静まり返った。


俺は、息を呑んだ。


志乃も、何も言えなかった。


藤次郎は、長い間太一を見つめていた。


そして、静かに答えた。


「……戦では、そういうことになっていた」


太一は、唇を噛んだ。


「じゃあ、父上を殺したんですか」


藤次郎の顔が歪んだ。


「違う」


声が震えていた。


「私は、兄上を殺していない」


太一は、藤次郎を見た。


「でも、同じ西軍だったんでしょう」


藤次郎は、何も言えなかった。


その沈黙が、重かった。


          ◇


やがて、藤次郎はゆっくり言った。


「太一。私は、兄上と戦いたくなかった」


太一は、黙って聞いていた。


「戦が始まった時、兄上は私に言った。戦場では、互いを見つけるなと」


藤次郎は、少し目を伏せた。


「だから、私は兄上のいる場所を避けていた」


「……どうして」


「もし会えば、刀を向けなければならないかもしれなかったからだ」


太一は、目を見開いた。


藤次郎は続けた。


「兄上も、同じことを考えていたと思う」


太一は、しばらく黙った。


そして、小さな声で言った。


「……父上は、叔父上が嫌いだったんですか」


藤次郎は首を振った。


「違う」


今度は、はっきり答えた。


「兄上は、私を大切にしてくれていた」


太一は、顔を上げた。


藤次郎は、少しだけ笑った。


「昔、私が病に倒れた時、兄上は何日も看病してくれた。私が奉公に出る時も、荷物を背負って送ってくれた」


その声が、少しずつ温かくなっていった。


「兄上は、私の兄上だった」


太一は、静かに聞いていた。


藤次郎は続けた。


「東軍でも、西軍でも。それは変わらなかった」


太一の目から、涙がこぼれた。


          ◇


志乃が、静かに口を開いた。


「藤次郎さん」


「はい」


「夫の旗を、直してくださったそうですね」


藤次郎は頷いた。


「……はい」


「ありがとうございます」


藤次郎は、深く頭を下げた。


「義姉上。申し訳ありません」


志乃は、首を振った。


「なぜ謝るのです」


藤次郎は、しばらく黙った。


そして、震える声で言った。


「兄上を、助けられませんでした」


志乃の目から、涙がこぼれた。


「……私もです」


藤次郎は顔を上げた。


志乃は、静かに続けた。


「私は、夫が戦へ出る時、何もできませんでした。ただ、無事に帰ってくるよう祈ることしかできなかった」


その声は、少しずつ震えていった。


「それでも、帰ってきませんでした」


藤次郎は、深く頭を下げた。


志乃も、涙を拭った。


二人の間には、長い沈黙があった。


だが、その沈黙は、最初のものとは違っていた。


互いに、同じ人を失った者の沈黙だった。


          ◇


その時、太一が小さな声で言った。


「……叔父上」


藤次郎が顔を上げた。


「何だ」


「父上の旗は、どこにあるんですか」


藤次郎は、俺を見た。


俺は頷いた。


そして、預かっていた旗を取り出した。


修繕した細川家の旗。


血の染みは残してある。


裂け目は補強され、古い縫い目もできる限り残されていた。


俺は、志乃へ差し出した。


「お預かりしていた旗です」


志乃は、両手で受け取った。


しばらく、何も言わなかった。


そして、静かに呟いた。


「……あなた」


太一は、母の隣で旗を見つめた。


やがて、小さな手を伸ばした。


「……父上の旗」


俺は、胸の奥が熱くなった。


藤次郎も、静かに旗を見つめていた。


その時だった。


太一が、思いがけないことを言った。


「叔父上も、触ってください」


藤次郎は、驚いた顔をした。


「……私も?」


太一は頷いた。


「父上の弟なんでしょう」


藤次郎は、しばらく動けなかった。


やがて、ゆっくり手を伸ばした。


志乃も、旗を少しだけ前へ差し出した。


三人の手が、同じ布に触れた。


東軍の旗。


西軍に仕える弟。


そして、亡くなった兄の妻と子。


そこには、もう敵も味方もなかった。


ただ、家族がいた。


          ◇


俺は、少し離れた場所でその光景を見ていた。


隣には千吉がいた。


「親方」


「何だ」


「……よかったですね」


俺は頷いた。


「ああ」


千吉は、少しだけ笑った。


「旗が、役に立ちましたね」


俺は、旗を見た。


三人が、同じ布に触れている。


確かに、旗がなければ、この面会は違うものになっていたかもしれない。


だが、俺は首を振った。


「……旗だけじゃない」


千吉は顔を上げた。


俺は続けた。


「三人が、会おうと決めたからだ」


千吉は、静かに頷いた。


その時、東軍の兵が近づいてきた。


「弥三郎殿」


俺は頭を下げた。


「はい」


「そろそろ、時刻だ」


俺は、胸が痛んだ。


分かっていた。


この面会は、長く続けられない。


双方の兵が、決められた時間だけ認めたものなのだ。


俺は、三人へ声をかけた。


「……そろそろ、お時間です」


藤次郎は、静かに頷いた。


志乃も、涙を拭った。


太一は、旗を握ったまま動かなかった。


          ◇


「叔父上」


太一が言った。


藤次郎は膝をついた。


「何だ」


「また、会えますか」


藤次郎は、すぐには答えなかった。


俺も、何も言えなかった。


次に面会が認められる保証はない。


戦が激しくなれば、今日のような場所を用意することも難しくなる。


藤次郎は、しばらく太一を見つめていた。


そして、静かに言った。


「……会えるように、生きていよう」


太一は、目を見開いた。


藤次郎は、少し笑った。


「約束だ」


太一は、涙を拭った。


そして、深く頷いた。


「……はい」


藤次郎は、太一の頭を撫でた。


志乃にも、深く頭を下げた。


「義姉上。どうか、お達者で」


志乃は、静かに答えた。


「藤次郎さんも」


三人は、ゆっくり手を離した。


同じ旗に触れていた手が、離れていく。


それぞれの陣へ戻るために。


俺は、その光景を忘れないだろうと思った。


          ◇


面会が終わると、藤次郎は西軍側へ戻った。


志乃と太一は、東軍側へ戻った。


旗は、志乃が持って帰った。


俺は、日除けの布を畳んだ。


佐吉が、静かに言った。


「親方。今日は、よい仕事でしたね」


俺は、少し笑った。


「……そうですね」


千吉も頷いた。


だが、俺は少しだけ寂しかった。


家族が会えた。


それは、確かによかった。


だが、また別々の場所へ帰らなければならない。


東軍。


西軍。


その境目がある限り、家族は自由に会えない。


俺は、畳んだ布を見つめた。


たった一度、顔を合わせるために、何日もかけて許可を取り、場所を用意し、兵に見守られなければならない。


それが、今の京だった。


          ◇


店へ戻ると、父が待っていた。


「弥三郎」


「はい」


「……どうだった」


俺は、今日の出来事を話した。


志乃。


太一。


藤次郎。


そして、三人が同じ旗に触れたこと。


父は、最後まで黙って聞いていた。


話し終えると、静かに頷いた。


「……そうか」


俺は、少し笑った。


「父上は、いつもそれですね」


父も笑った。


だが、すぐに真顔になった。


「弥三郎」


「はい」


「今日、三人を会わせたことは、よかったと思うか」


俺は頷いた。


「はい」


「では、なぜそんなに寂しそうな顔をしている」


俺は、少し驚いた。


そして、静かに答えた。


「……また、別々の場所へ帰っていったからです」


父は頷いた。


「そうだな」


俺は続けた。


「家族なのに、自由に会えないのです」


父は、しばらく考えた。


そして言った。


「弥三郎。今日できたことを、今日できたこととして大切にしろ」


俺は、顔を上げた。


父は続けた。


「明日も同じことができるとは限らん。だが、今日会えたことまで、なかったことにはならない」


俺は、静かに頷いた。


その言葉が、胸に残った。


          ◇


その夜、俺は帳面を開いた。


『東軍 源太郎遺族』


『西軍 藤次郎』


『双方の許可を得て面会』


『面会時間 半刻』


『無事終了』


俺は、筆を置いた。


半刻。


たった半刻だった。


だが、その半刻のために、何日も動いた。


東軍の兵。


西軍の兵。


志乃。


太一。


藤次郎。


佐吉。


千吉。


そして、俺。


大勢の人が関わった。


俺は、静かに呟いた。


「……半刻のために、ずいぶん大変でしたね」


すると、背後から父の声がした。


「弥三郎」


俺は振り返った。


「はい」


父は、少し笑った。


「半刻でも、会えたんだろう」


俺は頷いた。


「はい」


「なら、十分だ」


俺は、静かに笑った。


「……そうですね」


          ◇


翌朝。


俺は店先に新しい札を掛けた。


『家族の面会用の幕、仕立てます』


その下に、小さく一行。


『ただし、東西両軍の許可が必要です』


新九郎殿が、それを読んだ。


そして、しばらく黙った。


「弥三郎」


「何でしょう」


「……もう、旗屋ではないな」


俺は、少し笑った。


「旗屋です」


「本当に?」


「はい」


「旗より、人の相談の方が多いだろう」


俺は、少し考えた。


「……そうかもしれません」


新九郎殿は、腹を抱えて笑った。


「ははは! 弥太郎殿が聞いたら、何と言うかな!」


俺は、祖父の看板を見上げた。


『本日の味方』


『明日は不明』


きっと祖父は、笑うだろう。


そして、こう言うのかもしれない。


――弥三郎。旗屋は、旗だけを作る仕事じゃないんだよ。


俺は、少しだけ胸が温かくなった。


          ◇


その日の午後。


店へ、一人の武士が現れた。


東軍の者だった。


顔には疲れが浮かび、着物には泥がついている。


「旗屋弥三郎殿」


俺は頭を下げた。


「はい」


男は、静かに言った。


「先日の面会について、話を聞いた」


俺は少し身構えた。


「何か、問題がございましたか」


男は首を振った。


「いや」


俺は、少し安心した。


だが、男は続けた。


「むしろ、別の頼みがある」


俺は帳面を開いた。


「何でしょう」


男は、懐から一枚の紙を取り出した。


そこには、いくつもの名前が書かれていた。


俺は、顔を上げた。


「……これは?」


男は、静かに答えた。


「西軍に家族を持つ、東軍の武士たちだ」


俺は、息を呑んだ。


「……そんなに?」


男は頷いた。


「今回の面会の話が広がり、会いたいと申し出る者が増えた」


俺は、紙を見つめた。


十人。


二十人。


いや、それ以上。


男は続けた。


「可能な範囲で、会わせてやりたい」


俺は、深く息を吐いた。


「……ですが、すべての方を一度にというのは」


男は頷いた。


「分かっている」


そして、静かに言った。


「だから、優先する者を決めてほしい」


俺は、顔を上げた。


「……私が?」


男は頷いた。


「そなたなら、公平に決められるだろう」


俺は、何も言えなかった。


誰を先に会わせるか。


誰を後にするか。


場合によっては、最後まで会えない者もいる。


そんなことを、旗屋に決めろというのか。


俺は、紙を見つめた。


そして、静かに息を吐いた。


祖父も、父も。


さまざまな旗を作ってきた。


だが、こんな注文を受けたことは、きっとないだろう。


俺は、男を見た。


そして、静かに答えた。


「……公平に決めるためには、まず事情を聞かせていただけますか」


男は頷いた。


俺は、帳面を開いた。


新しい頁に、こう書いた。


『家族面会希望者』


その下に、


『優先順位、未定』


そして、最後に一行。


『人の命と時間に、値段は付けられない』


俺は、筆を置いた。


京の町では、今日も東軍と西軍が争っている。


だが、その境目には、まだ会いたい人が大勢いる。


そして、俺たち旗屋には、まだできることがあるのかもしれない。

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