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将軍様、今日の味方はどちらですか

男が差し出した旗の切れ端には、赤松家の紋が染め抜かれていた。


長く幕府を支えてきた武家の紋である。


「同じものを、一枚だけ」


男は繰り返した。


「ただし、誰にも知られぬように」


俺は布を受け取らなかった。


「お名前を伺っても?」


「赤松家に仕える者、とだけ」


「使い道は?」


「家のためです」


「それでは分かりません」


男は、苛立ったように息を吐いた。


「旗屋とは、これほど口数の多い商売なのか」


「昔は違いました」


俺は答えた。


「父の代には、紋と枚数さえ分かれば仕事になったそうです」


「ならば、父君に頼みたいものだ」


「亡くなりました」


男は口を閉じた。


「そして父が亡くなるまでに、何人もの武士が死にました。父の作った旗の下で」


路地の向こうから、夜回りの拍子木が聞こえた。


男は懐へ布を戻した。


「……この話は、なかったことに」


「承知しました」


男が去ろうとした時、俺は呼び止めた。


「一つだけ」


男が振り返る。


「その旗は、誰かを集めるためのものですか。それとも、誰かを逃がすためのものですか」


男は答えなかった。


ただ、一瞬だけ、その顔に疲れたような表情が浮かんだ。


「弥一郎殿」


「はい」


「旗一枚で、人が救えると思われますか」


俺は考えた。


「旗だけでは、救えません」


「……そうでしょうな」


男は闇の中へ消えた。


その後ろ姿を見ながら、俺は気づいていた。


今夜の注文は、断ったことでは終わらない。


おそらく、ここから始まる。


          ◇


嘉吉元年、1441年。


俺はもう、若い親方ではなかった。


弥三郎はすっかり一人前の職人になり、佐吉も白髪が目立つようになった。新九郎だけは、相変わらず毎日のように店へ来ていたが、最近では腰を下ろす時に小さく声を漏らす。


「よいしょ」


「年寄りくさいな」


「お前も言うだろ」


「俺は言わん」


「昨日、三回言った」


実に腹立たしい。


だが、そんなやり取りができることを、俺はありがたく思っていた。


京の町では、笑い話を口にする前にも、相手を選ぶようになっていたからだ。


将軍・足利義教様は、強かった。


幕府の命令を軽んじる者を許さず、有力な守護たちの力を抑えようとした。逆らう者には厳しい処分が下され、以前なら酒席の冗談で済んだことも、誰かが密告すれば命取りになると噂された。


もちろん、義教様のもとで秩序が保たれたことも事実だった。


弱い将軍の下で武士が勝手に争うより、強い将軍が一人で決めた方がよい。


そう語る人々もいる。


しかし、その強さを支えるものが恐れであるならば。


恐れられた者は、いつか恐れ返すようになる。


俺は近頃、そのことを考えていた。


赤松家の名を耳にするたびに。


「父上」


弥三郎が帳面を持ってきた。


「今月の注文です。幕府関係の仕事が増えています」


俺は目を通した。


旗。幕。陣で使う目印。


その多くが、以前より短い納期を求めている。


「忙しくなるな」


「はい。ただ……」


弥三郎は言い淀んだ。


「どうした」


「幕府の仕事を断る商人が出ているそうです」


俺は顔を上げた。


「なぜだ」


「間違いがあれば、どんな処罰を受けるか分からないから、と」


俺は帳面を閉じた。


仕事が来なければ困る。


だが、仕事が来ても怖い。


そんな商売に、いつからなってしまったのだろう。


          ◇


数日後、あの男が再び現れた。


昼間だった。


今度は旅装ではなく、地味な小袖を着ている。


「弥一郎殿」


俺は驚いた。


「……あなたは」


男は頭を下げた。


「先日は失礼しました。名を源六(げんろく)と申します」


「今日は旗のご注文ですか」


「いいえ」


源六は、店の奥へ目を向けた。


「少し、人目を避けて話せませんか」


俺は迷った。


前回の注文には応じなかった。


その男を、今度は店の奥へ通す。


もし幕府に知られれば、何を疑われるか分からない。


だが、男の顔色が気になった。


ひどく青白い。


「こちらへ」


俺は佐吉に店を任せ、源六を裏庭へ案内した。


水を出すと、源六は一息に飲み干した。


「お願いがございます」


「何でしょう」


「人を一人、預かっていただきたい」


俺は黙った。


「まだ十五の小僧です。赤松家で雑用をしております」


「なぜ、うちに?」


源六は俯いた。


「……近いうちに、屋敷で大きなことが起きるかもしれません」


俺の背中に、冷たいものが走った。


「大きなこと?」


源六は答えなかった。


代わりに、小さな包みを差し出した。


中には銭が入っていた。


「小僧の食い扶持です。三月ほど、仕事を教えていただけませんか」


俺は包みを押し戻した。


「まず、何が起きるのか話してください」


源六の目が揺れた。


「……話せません」


「なら、引き受けられません」


「子ども一人です!」


思いがけず大きな声だった。


源六は慌てて口を閉じた。


裏庭には、雨上がりの土の匂いが漂っていた。


「その子には、関わりのないことなのです」


俺は、しばらく男を見つめた。


「関わりがないのなら、なぜ逃がす必要があるんですか」


源六は答えなかった。


だが、目に涙が浮かんでいた。


俺は、その涙を見てしまった。


そして、決めかねた。


          ◇


その夜、俺は弥三郎と佐吉に事情を話した。


新九郎もいた。


最近の新九郎は、呼ばなくても大事な話の場にいる。


「お前、どうして毎回いるんだ」


「長年の付き合いだろ」


「うちの職人じゃないだろ」


「まだ言うか。何十年になると思ってる」


佐吉が小さく笑った。


だが、源六の話に戻ると、皆の顔が険しくなった。


「赤松家が、何かを企んでいるということですか」


弥三郎が言った。


「分からん」


「将軍様に知らせるべきでは?」


新九郎が頷いた。


「俺もそう思う」


佐吉は、しばらく黙っていた。


そして言った。


「ですが、若旦那。何を知らせるのですか」


俺は佐吉を見た。


「旗を一枚注文した男が、子どもを預けたいと言ってきた。それだけでございます」


弥三郎が口を開いた。


「でも、もし……」


「もし、で人を訴えれば、今の幕府ではどうなるか分かりません」


佐吉の声は静かだった。


俺は頷いた。


重定の旗を修繕した時のことを思い出した。


将軍様の前に呼び出され、ようやく生きて帰った。


あの時、義教様は俺に尋ねた。


誰が旗を何に使うか、どうして確かめなかったのか。


今度は逆だった。


何かが起こると感じている。


しかし、確かなことを何も知らない。


弥三郎が言った。


「父上。私がもう一度、源六という人と話します」


「お前が?」


「はい」


「危険だぞ」


「分かっています」


俺は息子を見た。


いつの間にか、父上が店を譲ってくれた頃の俺より、ずっと落ち着いた目をするようになっていた。


「……一人では行くな」


「はい」


「俺も行く」


弥三郎は笑った。


「父上なら、そう言うと思いました」


          ◇


翌日、源六と会った。


弥三郎は、俺が思いもしなかったことを尋ねた。


「その子は、旗屋になりたいのでしょうか」


源六は、驚いた顔をした。


「……何?」


「仕事を教えてほしいと仰いました。でも、本人はどう考えているんですか」


源六は黙った。


「ご主人の命令で逃げるのなら、私たちが引き受けても、また別の命令で連れ戻されるかもしれません」


源六は、唇を噛んだ。


弥三郎は続けた。


「その子が、自分の意思でここへ来たいのなら、話は違います」


俺は息子を見た。


父上。


あなたの孫は、俺よりずっとまともなことを言います。


源六は長い間、俯いていた。


そして、ようやく口を開いた。


「……小僧は、わしの弟の子です」


俺は息を呑んだ。


「弟は、数年前に亡くなりました。小僧には、ほかに頼れる親類がおりません」


「名は?」


「千吉(せんきち)」


源六は、声を震わせた。


「屋敷で何が起ころうと、あの子だけは巻き込みたくないのです」


俺は、もう一度尋ねた。


「何が起こるのですか」


源六は顔を上げた。


「……申せば、私も小僧も、命がありません」


その目を見て、俺はこれ以上聞けなかった。


ただ、弥三郎が言った。


「千吉本人を連れてきてください。仕事をしたいかどうか、私たちが直接聞きます」


源六は、深く頭を下げた。


          ◇


六月二十三日。


千吉が店へ来た。


日に焼けた、細い少年だった。


目つきは鋭いが、佐吉の針仕事を見ると、そこだけ年相応の好奇心が浮かんだ。


弥三郎が尋ねた。


「何か作ったことはあるか」


「……草履なら」


「上等だ。俺は草履を編めない」


千吉が初めて笑った。


佐吉は、布の端切れを渡した。


「では、真っすぐ縫ってみましょう」


少年は針を持った。


手が震えていた。


俺は声をかけた。


「慌てなくていい」


千吉は頷いた。


やがて、一針。


また一針。


縫い目は見事に曲がった。


新九郎が笑った。


「初代の旗に似てるな」


俺も笑った。


「父上の最初の旗は、もっと曲がってた」


千吉は不思議そうな顔をした。


「そんな旗でも、売れたんですか」


「いや。今も店にある」


「売れなかったんですか」


俺は少し考えた。


「……売らなかったんだろうな」


千吉は、もう一度針を動かした。


その姿を見ながら、俺はようやく決めた。


「千吉。しばらく、ここで働くか」


少年は顔を上げた。


「……よいのですか」


「ただし、給金は少ないぞ」


新九郎が口を挟んだ。


「うちは親方も貧乏だからな」


「お前には払ってないだろ!」


久しぶりに、店の中で笑い声が響いた。


その時の俺は、翌日に何が起きるのか知らなかった。


          ◇


六月二十四日。


昼を過ぎた頃、町の空気が変わった。


最初に聞こえたのは、走る足音だった。


次に、怒鳴り声。


「道を開けろ!」


武士たちが駆けていく。


店の前を、荷を抱えた商人が走り抜けた。


俺は戸口へ出た。


「何があった!」


男は振り返りもせずに叫んだ。


「将軍様が!」


その先は、聞き取れなかった。


弥三郎が外へ出てきた。


「父上?」


俺は、嫌な胸騒ぎを覚えた。


しばらくして、新九郎が戻ってきた。


顔が真っ青だった。


「弥一郎」


「どうした」


新九郎は息を整えようとした。


だが、上手くいかなかった。


「将軍様が……」


俺は、思わず肩を掴んだ。


「何だ!」


新九郎は、ようやく言った。


「赤松満祐殿の屋敷で、討たれたそうだ」


俺は、何も言えなかった。


足利義教様。


くじで選ばれた将軍。


白い旗を大切にすると言った人。


そして、誰もが恐れるようになった人。


その人が、殺された。


しかも、赤松家の屋敷で。


俺の頭に、源六の顔が浮かんだ。


――近いうちに、屋敷で大きなことが起きるかもしれません。


「……まさか」


俺は呟いた。


弥三郎が、俺を見た。


何も言わなかった。


その沈黙が、何よりつらかった。


          ◇


後に伝わってきたところによれば、義教様は赤松満祐殿の屋敷へ招かれ、猿楽を楽しんでいたという。


その席で、武装した者たちが襲いかかった。


将軍は命を落とした。


京の人々は震え上がった。


幕府の頂点に立つ者が、家臣の屋敷で討たれたのである。


あれほど強かった将軍が。


あれほど恐れられた将軍が。


赤松方は播磨へ退き、幕府は討伐の準備を進めた。


町では、誰もが赤松家を非難していた。


同時に、別の声もあった。


「あれほど人を恐れさせれば、いつかこうなる」


そんなことを囁く者もいた。


だが、その声を大きくする者はいなかった。


将軍が亡くなっても、恐れはすぐには消えなかった。


          ◇


その夜、千吉が姿を消した。


夕食の膳に手をつけず、寝床からいなくなっていた。


弥三郎が飛び出した。


「父上! 探してきます!」


「待て!」


俺は腕を掴んだ。


「今、外へ出るな」


「でも、千吉が!」


「分かってる!」


俺の声が、思ったより大きく響いた。


弥三郎は驚いた顔をした。


俺は、息を整えた。


「……すまん」


新九郎が言った。


「俺が裏の路地を見てくる。お前たちは店にいろ」


「一人で行くな」


佐吉が立ち上がった。


「私も参ります」


二人は提灯を持って出ていった。


俺と弥三郎は、店で待った。


長い時間だった。


やがて、戸が叩かれた。


「弥一郎!」


新九郎の声だった。


戸を開けると、千吉が立っていた。


頬に泥がつき、目が赤く腫れていた。


弥三郎が駆け寄った。


「千吉!」


少年は、震える声で言った。


「……叔父上が」


俺は膝をついた。


「源六殿か」


千吉は頷いた。


「叔父上が、屋敷に残っているんです」


そして、泣き始めた。


「帰ってこないんです」


俺は、何も言えなかった。


          ◇


数日後、源六の消息を知る者が現れた。


赤松家に仕えていたという老人だった。


「源六は、満祐殿と共に播磨へ向かった」


俺は、息を吐いた。


生きていた。


だが、それが安心できる知らせではないことは分かっていた。


老人は続けた。


「小僧を逃がせたことだけが、あやつの救いでしょう」


俺は、千吉のいる奥の部屋を見た。


「源六殿は、何が起きるか知っていたのですか」


老人は黙った。


「義教様が討たれると?」


老人は、長い間、俺を見つめていた。


そして言った。


「知らなかったと言えば、嘘になるでしょうな」


胸の奥が冷たくなった。


「では、なぜ止めなかった」


俺の声は震えていた。


老人は、疲れ切った顔で答えた。


「止められる立場ではなかったのでしょう」


「それでも……」


俺は、言葉を失った。


将軍様を恐れていたのは、京の人々だけではない。


赤松家の中にも、恐れがあった。


そして、赤松家の主人を恐れる家人たちもいた。


誰もが誰かを恐れ、誰もが黙っていた。


その果てに、将軍が殺された。


俺は、膝の上で拳を握った。


          ◇


夏の終わりから秋にかけて、幕府の軍勢は赤松方を追い詰めた。


播磨へ討伐軍が進み、やがて赤松満祐殿は敗れて命を絶った。


都では、ようやく騒ぎが収まると喜ぶ声が上がった。


だが、千吉は笑わなかった。


源六が戻ってこなかったからだ。


ある夕方、少年は佐吉の隣で針を動かしていた。


針先が止まった。


「親方」


千吉が俺を呼んだ。


「何だ」


「叔父上は、悪い人だったんでしょうか」


俺は、答えられなかった。


千吉は続けた。


「将軍様を殺した家の人間です」


「……そうだな」


「でも、俺を逃がしてくれました」


俺は頷いた。


「そうだな」


千吉は、唇を噛んだ。


「どっちが本当なんですか」


俺は、少年の隣に座った。


しばらくして、答えた。


「どちらも、本当なんだと思う」


千吉が顔を上げた。


「人は、一つのことだけで出来ているわけじゃない」


俺は言葉を選んだ。


「お前を守ろうとした叔父上も、本当だ。止めるべきことを止められなかった叔父上も、本当かもしれない」


千吉は俯いた。


「……難しいです」


「難しいな」


俺は、その肩に手を置いた。


「だから、簡単に決めなくていい」


少年は、静かに頷いた。


          ◇


ある日、弥三郎が帳面を開いて言った。


「父上。源六さんからの注文は、どう書きますか」


俺は、顔を上げた。


注文?」


「はい。あの時の、一枚の旗です」


作らなかった旗。


赤松家の紋を染めるはずだった、一枚の旗。


俺は、しばらく考えた。


そして、筆を取った。


『赤松家 旗一枚』


その下に、書き加えた。


『製作せず』


弥三郎は、しばらく文字を見つめていた。


「……これでよいのですか」


俺は頷いた。


「ああ」


「でも、注文はあったんですよね」


「そうだ」


俺は帳面を閉じた。


「作らなかったことも、仕事のうちだ」


弥三郎は、静かに頷いた。


          ◇


その夜、俺は父上の箱を開けた。


一枚目の白い旗が、今もそこにある。


宗次殿が預けていった、掲げられなかった旗。


藤丸が持ってきた、使われなかった白い布。


そして、父上が長年残してきた、さまざまな旗の切れ端。


俺は、その一つひとつに触れた。


尊氏様。


直義様。


義満様。


義持様。


義量様。


そして、義教様。


父上が生きていた頃から、将軍家は幾度も変わった。


強い将軍もいた。


弱い将軍もいた。


優しい人もいた。


怖い人もいた。


だが、どの将軍も、最後にはいなくなった。


俺は、小さく呟いた。


「父上。俺は、また一人、将軍様を見送りました」


返事はない。


「くじで選ばれた時、あの方は静かな人でした」


俺は、義教様が弥三郎の白い旗を受け取った日のことを思い出した。


――初めから、すべて整っている必要はない。


あの時の言葉は、今も覚えている。


「……どうして、あんなことになったんでしょうね」


俺は、箱の蓋を閉じた。


          ◇


翌朝、店先に新しい札を掛けた。


『旗の修繕、承ります』


新九郎が読んだ。


「今さらか?」


俺は頷いた。


「ああ」


「前からやってただろう」


「そうだな」


新九郎は、不思議そうな顔をした。


「じゃあ、何でわざわざ」


俺は、少し考えた。


「……新しい旗を作る仕事ばかりじゃないと、忘れたくないんだ」


新九郎は、しばらく黙っていた。


そして、小さく笑った。


「弥太郎殿みたいなことを言うな」


俺も笑った。


「そうか?」


「ああ」


新九郎は、看板を見上げた。


「でも、お前はお前だな」


俺は、少しだけ胸が温かくなった。


          ◇


それから、数日後。


幕府から使者が来た。


俺は、少しだけ緊張した。


「また、旗のご注文でしょうか」


使者は頷いた。


「左様」


「何枚でしょう」


「百枚だ」


俺は、思わず目を見開いた。


「……百枚?」


「次の将軍のためだ」


俺は、深く息を吐いた。


義教様が亡くなったばかりだというのに、幕府はもう次の将軍の準備を始めている。


だが、当然のことでもあった。


将軍がいなければ、幕府は動かない。


幕府が動かなければ、また争いが起きる。


俺は使者に尋ねた。


「次の将軍様は、どなたでしょう」


使者は答えた。


「義教公の御子、千也茶丸様だ」


俺は、首を傾げた。


「……おいくつで?」


使者は、静かに言った。


「まだ、八つになられたばかりだ」


俺は、しばらく黙った。


新九郎が、横から顔を出した。


「八つ?」


佐吉も針を止めた。


弥三郎は、帳面を閉じた。


俺は、ゆっくり天井を見上げた。


父上。


今度は、八つの子どもが将軍になるそうです。


くじで選ばれた将軍の次は、まだ遊びたい盛りの若君。


俺は、そっと呟いた。


「……将軍様にも、旗屋にも、もう少し休みをいただけませんか」


誰も答えなかった。


ただ、店先の看板だけが、風に揺れていた。


『本日の味方――明日は不明』

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