第7話「ゴミ拾い、成功率を上げる」
工房通りから宿屋へ戻るまで、鞘のことが頭から離れなかった。
口金は歪み、先端も割れかけている。
それでも確かに3つの壊れた術式は、一瞬ではあったがこの鞘の中へ納まった。
だが、まだうまく形にはなっていない。
宿屋へ戻ると、俺は机の上を片づけて窓を少しだけ開けた。
「……今度は残式を一つずつ入れてみるか」
鞘を机に置き、1つ目の『残式』――赤色の《暴炎・誤式》を入れてみる。
ゆっくり流れるように鞘の奥に到達して、そこで小さく爆ぜた。
だが、押さえるものがないせいで、火の残りは内側にぶつかり、そのまま口金がすぐ熱を持つ。
「⋯⋯やっぱりこれは違うな。火が先だと暴れる⋯⋯と」
すぐ引き戻して、今度は青色の《断斬・欠技》を入れてみる。
斬撃が細く伸びたが、鞘の途中でぷつりと切れた感覚。
敵に届かなかった技の残りだからか、支える流れがなければそこで終わってしまうようだ。
「⋯⋯これも違う。ということは⋯⋯」
俺は息を整え、最後に緑だけ――《疾風・残具》を入れる。鞘の内側の溝に沿って奥へ滑っていく。
風が横へ逃げない。方向が固定されていた。
「……うまく⋯⋯いったのか? それなら――」
俺はさらに上から赤――《暴炎・誤式》を重ねて鞘の中に入れた。
また暴れたが、今度は緑の風の流れと合流しながら奥へ進む。ばらばらに弾けるのではなく、前へ向かって爆ぜようとしていた。
――来た! 今しかチャンスはない。
俺はすかさず青の《断斬・欠技》を追加で入れる。
青い線が、赤と緑の先へ重なった。
途切れかけた斬撃の向きが、押し出す力と爆ぜる力に乗って、鞘口へ向かって長く伸びてくる。
風で通り道を作り、火で勢いを足す。
最後に、斬る向きを乗せる。
この方向と順番だったのか。
「向きだけじゃなく、組み合わせる順番もあるんだな⋯⋯」
壊れたものをただ適当に混ぜているわけではない。
残っていた作用を、噛み合う順に通していくことで、何かが起きる。
「これであとは⋯⋯撃つだけか」
俺は机の端に置いた木片へ、壊れた鞘の口を向けた。
「撃つ方向としては、これで良いのか?」
鞘の中で、緑、赤、青の残式が一瞬だけ重なる。
次の瞬間、鞘口から細い光が走った。
パシッ――と乾いた音。
机の上に立てた木片に何かが当たり、少しだけ吹き飛んだ。
冒険者の魔法や剣技、魔道具とは比べ物にならないほど威力が弱い。
というか、今のはただの『失敗』だろう。
たとえこれを魔物に当てても、傷になるかどうか分からないほどのものなのだから。
それでも、俺は嬉しかった。
「……出た。俺が⋯⋯一人でやっと⋯⋯」
弱くても、短くても、自分の手でスキルを撃てた。
だが、喜べたのは一瞬だった。
鞘の口金が熱を持ち始める、指先に熱い痛みが走る。
「っ……!」
俺は慌てて3つを《廃品収納》へ引き戻した。
鞘の先端から、また細い煙が上がっている。
鞘口付近の割れは、工房の裏で試した時より少し広がってしまった。
もし成功したらどれくらいの威力なのだろうか。
そして、そのときはこの鞘の方が壊れるかもしれない。
視界の奥で職業『ゴミ拾い』のスキルツリーの根元が揺れた。
―――――
【スキルツリー】
■《廃式奥義》
・構成残式
《疾風・残具》
《暴炎・誤式》
《断斬・欠技》
・残式消耗度⋯⋯34%
・成功率⋯⋯36%↑
・補助器
▶壊れた鞘
・銘……未確定
―――――
「……成功率が⋯⋯上がった?」
壊れた鞘に3つをまとめて押し込んだだけでは駄目だった。
――だが、今は違う。
風の作用が通り道を作り、火の作用がその流れへ勢いを足し、最後に斬撃の作用が切る向きを決めた。
同じ3つでも、入れる順番と向きが噛み合っただけで、鞘の中の暴れ方がまるで変わった。
今の一撃は成功ではない。失敗だ。
銘が出ていないことからもそれは明らかだろう。
それでも、これはただの失敗ではないはずだ。
成功率が1%から大きく上がっているのだから。
ゴミだったものが少しずつ形になってきたのがわかった。
試行錯誤によって、可能性が広がっていく。
――なんだかすごくワクワクする。楽しい。
俺は鞘を握ったまま、こみ上げてくる嬉しさを抑えられなかった。
誰かが失敗して捨てたもの。
壊れて、役に立たないと思われたもの。
そこに残っていた作用が、奇跡的に噛み合うことでスキルとなって攻撃へ繋げられる。
「まだまだ、伸ばせる⋯⋯」
俺は壊れた鞘を収納せず、布で綺麗に拭いてから枕元へ置いて眠った。
まるで大切なものを買ってもらった子どものように。
♢◆♢◆♢◆♢
そして翌朝。
いつものように回収鞄を背負い、ダンジョン入口へ向かう。もちろん鞘は忘れないように。
今日も朝から入口の清掃依頼だ。
入口の手前に捨てられたゴミを拾うため、膝をついた瞬間――ダンジョンの奥からかすかな声が聞こえてきた。
「……誰⋯⋯助け⋯⋯て」
俺は鉄べらを握ったまま、動きを止めた。




