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第44話「ゴミ拾い、捨てられた力で勝つ」

  

 《鎧針猪獣(スパインブルート)》が倒れても、入口前の広場の空気はすぐには戻らなかった。


 黒い巨体は浅瀬第一通路の石床に沈み、割れた黒針の鎧から白い煙を上げている。


 さっきまで通路ごと押し潰すように暴れていた魔物が、今は上位討伐班の盾と槍に囲まれていた。


「まだ近づくな! 動いている、首を押さえろ!」


 年長の討伐班員の声で、止まっていた者たちが一斉に動き出す。


 盾役が巨体の頭を横から押さえ、槍持ちが割れた黒針の隙間へ刃を入れる。氷の魔術が前脚を固め、剣士の一撃が首元へ深く入った。


 《鎧針猪獣(スパインブルート)》は最後に一度だけ大きく震えた。

 石床が鳴り、通路の奥から土埃が流れてくる。


 それきり、黒い巨体は動かなくなった。


「討伐完了――!」


 その声が響いた瞬間、広場に溜まっていた息が一気に弾けた。


「おおおおおおおおっ!」


 誰かが叫んだ。

 次の瞬間、同じ声が入口広場のあちこちから上がる。


 盾を抱えた職員がその場に座り込み、槍持ちが拳を突き上げた。後ろへ下がっていた冒険者たちも、顔を見合わせてから声を張り上げる。


「倒したぞ!」

「止まった! 本当に止まった!」

「浅瀬であんなのが出て、よく抑えたな……!」


 歓声と安堵が混ざり、広場の空気がようやく動き出した。


 俺は封鎖縄の外で片膝をついたまま、裂けた鞘を握っていた。

 鞘口は焦げ、補強してもらった部分にも細い亀裂が走っている。

 奥義を撃った熱はまだ残っていて、手のひらがじんじん痺れていた。


「ルーカさん、手を見せてください」


 セラが隣にしゃがみ込む。

 白い髪は乱れ、頬には煤がついている。薄い碧色の外套も汚れていたが、自分のことより俺の手ばかり見てくる。


「火傷は浅い。それよりこの鞘の方がひどい」


「そういうことじゃありません。ルーカさんの体も大事です。見せてください」


 少し怒った声だった。

 だが、その声は震えていた。


 俺が手を開くと、セラは回薬草を染みこませた布を押し当てた。

 ひやりとした感触が熱を奪っていく。


「……さっきの一撃、本当にすごかったです」


「俺だけの力じゃない。セラの炎がなかったら届かなかった」


「でも、あれは外れた炎です」


「外れたからこそ拾えた。セラの炎にはちゃんと向きが残ってたからな」


 セラは何か言いかけて、言葉を止めた。

 手に力が入る。


 暴発だと笑われていた炎。

 狙い通りに当たらない炎。

 その失敗の残りが最後の一撃を通すための道になった。


 セラ自身もそれが少しずつ分かってきている顔だった。


 ダンジョンの入口では支部長が上位討伐班から報告を受けている。

 《小型実況盤(タブレット)》には黒針の鎧が割れた瞬間の映像が残っているらしい。

 職員たちが記録を固定し、何度も確認している。


「今の一撃は正式記録に残せ。討伐班の止めだけではない。黒針の鎧が割れた理由まで必要だ」


「はい!」


 支部長の声が広場に通る。

 さっきまで俺たちを遠巻きに見ていた冒険者たちは、誰も笑っていなかった。


 その中で、救い出した大柄な男が包帯を巻かれた足を引きずりながら近づいてきた。


「……おい」


「まだ動くな。足をやられてるだろ」


「分かってる。今、言わなきゃいけねえことだけは……ちゃんと言わせてくれ」


 男は俺を見る前にセラへ向き直った。

 そして深く頭を下げる。


「悪かった。暴発魔術師なんて言った。お前の炎がなきゃ、俺はここに戻れてねえ」


 セラは戸惑ったように杖を抱え直した。

 すぐに許す言葉は出てこない。

 それでいいと思った。


 言われたことが、謝られた瞬間に消えるわけじゃない。


「……次からは、そう呼ばないでください」


 小さな声だった。

 だが、はっきり聞こえた。


 男は顔を歪め、もう一度頭を下げた。


「ああ。もう言わねえよ」


 それから男は俺を見た。


「ゴミ拾いも違った。あんたは本当に拾ったんだな。俺みたいな命まで」


「助けを求めてたからだ」


「それができる奴はそういねえよ。ありがとう、助かった」


 周りにいた冒険者たちが気まずそうに視線を逸らす。

 さっきまで軽く見ていた視線が、少しずつ別のものに変わっていく。


 そのとき、入口詰所の連絡係が声を上げた。


「支部長、入口定点の記録、固定できました! 救助と討伐補助の場面も残っています」


「わかった。そのまま正式記録に回せ」


「はい!」


 支部長がこちらへ歩いてくる。

 胸元の銀の徽章が実況盤の光を受けて鈍く光っていた。


「ルーカ、セラ」


 俺とセラは顔を上げる。


「今回の浅瀬清掃依頼は通常の達成扱いでは終わらせない。異常発見をはじめ、赤標旗(レッドフラッグ)による通報、負傷者救助、上位魔物討伐補助なと。すべて正式記録に載せる」


 周囲がざわついた。


「職業『ゴミ拾い』と『魔術師』の2人の働きがなければ、被害は入口広場まで広がっていた可能性が高い」


 その言葉が落ちた瞬間、視界の端に淡い文字が浮かんだ。


―――――

職業『ゴミ拾い』

レベル3 → 5


小物拾い(ピックアップ)》……微細残式発見精度上昇↑

回収(サルベージ)》……高熱廃品回収補助↑

分別(ソート)》……素材残式判別幅拡張↑

廃品収納(ストックヤード)》……一時保持枠拡張↑

―――――


「レベル……5」


 声に出すつもりはなかった。

 だが、漏れていた。


 ただゴミを拾っただけではほとんど上がらなかった職業だ。


 だが、今日は違った。

 危険を分け、異常を知らせた。

 逃げ道を作った。

 壊れたものを繋ぎ、届かないはずの鎧を割った。


 俺の職業はちゃんとここまで来た。


「え、ルーカさん、レベルが?」


「ああ。5になった」


「ええ! すごいです!」


 セラが自分のことのように笑った。

 その直後、彼女自身も胸元を押さえる。


「あ……私も」


―――――

職業『魔術師』

レベル6 → 7


炎弾(フレアショット)》……制御精度上昇↑

導炎(フレアガイド)》……進路制御精度上昇↑

―――――


 セラは表示を見つめたまま、唇を震わせた。


「私の魔術も少しは前に進めたんですね」


「少しどころじゃない。今日は何度も助けられた」


「……はい」


 セラは泣きそうな顔で笑った。

 その笑い方はさっきまでの怯えだけのものではなかった。


 俺は裂けた鞘を見下ろす。

 レベルは上がった。

 拾えるものも増えた。

 だが、大技を撃った代償ははっきり残っている。


「親方に怒られるな、これ」


「私も一緒に謝ります」


「セラが謝ることじゃないだろ」


「でも、私の炎も入ってますから」


 そう言ってから、セラは少し照れたように目を逸らした。


 支部長が最後に言った。


「ルーカ、セラ。治療室に行った後、支部長室へ来い。正式な話をする」


「正式な話?」


「あぁ、とにかく終わり次第来てくれ」


 支部長はそういうと、事後処理のためにギルドへ戻って行った。


 浅瀬の奥では倒れた黒い巨体の回収が始まっている。

 広場にはまだ獣臭と焦げた匂いが残っていた。


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