第43話「ゴミ拾い、導かれた炎を拾う」
《鎧針猪獣》の低い唸りが、通路の奥から腹の底へ響いた。
上位討伐班の盾役が構え直し、槍持ちが左右へ散る。入口奥の防衛線では職員たちが押し寄せる《石毛鼠》をどうにか散らしていた。
俺とセラは防衛線の外側まで下がっている。
さっき拾った《黒針・遺片》の重さが《廃品収納》の奥にまだ沈んでいた。
あの黒針を使えれば届くかもしれない。
だが、すぐには形にならない。
俺は熱が少し残る鞘を握ったまま、頭の中で残式を並べ替えた。
いつも通りなら構成は3つだ。
壊れた魔道具の《残具》。
失敗した魔術の《誤式》。
崩れた技の《欠技》。
この3つが噛み合えば、俺の《廃式奥義》になる。
《微光・残具》。
《暴炎・誤式》。
《断斬・欠技》。
光で一瞬を作り、炎で押し込み、断斬で裂く。
形だけなら悪くない。
だが、あの黒い鎧には浅い。
《鎧針猪獣》の背中は黒針が何層にも重なっている。普通にぶつければ弾かれるだろう。
剥がれた場所を狙うにしても、そこへ届く前に黒針の鎧で止められる。
そこで《黒針・遺片》を入れようとする。
だが、今度は別のものが抜ける。
《微光・残具》を抜けば、一瞬の隙を作れない。
《断斬・欠技》を抜けば、割れ目を走らせる力が足りない。
《暴炎・誤式》を抜けば、押し込む勢いが消える。
黒針は必要だ。
だが、今ある3つのどれかと入れ替えるだけでは噛み合わない。
何かが足りない。
その感覚だけがはっきり残った。
そのとき、《鎧針猪獣》が太い前脚で石床を踏み砕き、横へ体を振った。
黒針の鎧が壁を削る。
火花と石片が弾け、通路の空気が乱れた。
「あっ……!」
セラの炎が揺れた。
さっき右壁沿いへ流していた火が巨体の起こした風で途切れる。
その隙間へ《石毛鼠》がなだれ込もうとした。
「右側、抜けるぞ!」
「盾を寄せろ!」
上位冒険者や職員たちの声が口々に飛ぶ。
セラは杖を握り直した。
顔色は悪い。手も震えている。
それでも杖先は下がらなかった。
「もう一度、止めます!」
杖先に火が灯る。
《炎弾》ではない。
セラは《導炎》で、炎を壁際へ流す。
だが、《鎧針猪獣》の巨体が起こした風が先に通路を襲った。
炎が押し戻される。
狙った右壁へ届かず、石床の割れ目をかすめると途中で大きく曲がった。
「だめ、そっちじゃ……!」
セラが杖を引く。
だが、間に合わない。
炎は壁際ではなく、崩れた石の上で弾けた。
鼠の流れは乱れたが完全には止まらない。
失敗した。
だが、俺の目には違って見えた。
ただ暴れて消えた火じゃない。
右壁へ流そうとした向きがしっかりと残っていた。
《分別》が鋭く引っかかった。
拾える。
俺は防衛線の端へ走った。
足元では職員たちが盾を寄せ、鼠の群れを押し返している。
上位討伐班の怒鳴り声。
石床を踏み鳴らす黒い巨体。
全部が一つに混ざる中で赤い名残だけが消えかけていた。
俺は膝をつき、熱の残る石床へ指を伸ばす。
熱い。だが、掴める。
炎が進もうとした向き。
導こうとして失敗した流れ。
崩れたまま残った細い赤い線。
指先に絡みついたそれを逃がさないように引き寄せた。
――《導炎・誤式》を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
胸の奥が強く鳴った。
セラの炎を。
セラが導こうとして導ききれなかった失敗を――拾えた。
「ルーカさん、今の……」
セラが息を切らしながら俺を見る。
「セラの力を借りるぞ」
「私の……ですか?」
「あぁ。今のはただ消えたんじゃない。導かれた炎の形が残ってた」
セラの瞳が大きく揺れる。
怖さと驚きの奥に小さな光が灯った。
「さっきの私の失敗でも使えるんですか」
「使える。今ので足りなかったものが分かった」
言い切った瞬間、《廃品収納》の奥で残式たちが震えた。
《微光・残具》。
《導炎・誤式》。
《断斬・欠技》。
《黒針・遺片》。
4つが並ぶ。
違う。
今までの3つの構成に無理やり黒針を足すのではない。
この外れた炎の流れがあって、初めて黒針が噛み合う。
微光で一瞬を作る。
導炎の失敗で、狙いから外れながらも隙間へ流れ込む向きを作る。
断斬で割れ目を断ち斬る。
黒針をあいつ自身の外殻の繫ぎ目へ喰いつかせる。
硬いものを正面から貫くんじゃない。
噛み合った一点へ。
―――――
【スキルツリー】
■《廃式奥義》
・構成残式
《微光・残具》
《導炎・誤式》
《断斬・欠技》
《黒針・遺片》
・残式消耗度……100%
・成功率……不明
・銘……未確定
―――――
銘はまだ読めない。
だが、形は見えた。
そのとき、《鎧針猪獣》が低く唸った。
盾役の1人が膝をつく。
支部長の声が広場に響いた。
「正面で受けるな! もっと流せ!」
だが、黒い巨体はもう入口側へ向かって頭を低くしていた。
次に走られたら盾ごと押し潰される。
セラが杖を握り直した。
「ルーカさん。私、もう一度やります」
「大丈夫か?」
「もちろん、怖いです。でも、今度は足元へ火を置きます。少しでも動きを乱せるなら」
俺は頷き、熱が少し残る鞘を抜いた。
鞘の奥が低くきしむ。
この4つを通せば、たぶん無事では済まない。
それでも今しかない。
《鎧針猪獣》が突進した。
石床が砕ける。
盾役たちが斜めに構え、衝撃を逃がそうとする。
その足元へ、セラの炎が落ちた。
今度の炎はまっすぐではない。
石床を舐めるように走り、黒い巨体の前脚の下へ入り込む。
一瞬、前脚が浮いた。
その隙間へ俺は鞘口を向けた。
落ちていた光。
導かれなかった炎。
崩れた斬撃。
剥がれた黒針。
全部、捨てられるはずだったものだ。
それを拾って今ここで一つにする。
――――
【スキルツリー】
■《廃式奥義》
・銘……確定
《廃式・閃黒炎断》
――――
鞘の中で光が爆ぜた。
微光は眩い閃きに変わり、黒い通路を白く染める。
《鎧針猪獣》の赤い目が揺れた。
次に導炎の失敗が走る。
まっすぐではない。
曲がり、押し戻され、崩れた火の流れが黒針の隙間へ入り込む。
最後に断斬が噛んだ。
黒針の遺片が楔のように食いつき、鎧の繫ぎ目へ光と火を押し込む。
貫く音ではなかった。
鎧が断ち斬られ、割れる音だった。
バギィィィイイイン――!
背中の黒針が何本も弾け飛ぶ。
鎧のように重なっていた針が内側から裂け、巨体が横へ傾いた。
同時に俺の鞘が音を立てて壊れた。
握った手に熱が走る。
鞘口に亀裂が入り、黒く焦げた木片が散った。
「ぐっ……!」
腕ごと持っていかれそうになる。
だが、止めない。
まだ足りない。
上位討伐班の槍持ちが叫んだ。
「鎧の黒針が割れた! 今だ!」
盾役が横へ押し流し、槍が裂けた背中の隙間へ突き込まれる。
魔術師の氷が前脚を固め、剣士の刃が首元へ走った。
《鎧針猪獣》が暴れる。
だが、もう突進の勢いはなかった。
しばらくして、黒い巨体が石床へ崩れ落ちた。
轟音が入口広場まで響き、土埃が白く舞い上がる。
誰もすぐには声を出さなかった。
俺は膝をついたまま、焦げた鞘を握っていた。
鞘口は割れ、熱はまだ手のひらに食い込んでいる。
俺たちだけで倒したわけじゃない。
最後に刃を届かせたのは上位討伐班だ。
だが、その刃が届く場所を作ったのは捨てられるはずだったものたちだった。
「ルーカさん!」
セラが駆け寄ってくる。
顔は真っ青で目には涙が浮かんでいた。
「手、見せてください」
「大丈夫だ。俺よりも鞘の方がひどい」
「大丈夫じゃありません!」
セラの声が震えた。
怒っているようで泣きそうでもあった。
俺は焦げた鞘を見下ろした。
親方とアネットに直してもらった大事な武器。
それが今、目の前で大きく裂けている。
だが、後悔はなかった。
広場の方で誰かが呟いた。
「今の……ゴミ拾いのスキルか?」
その声にざわめきが広がる。
俺は返事をしなかった。
捨てられた失敗は終わりじゃなかった。
拾えば、繋げば、誰かを守る力になる。
そのことだけははっきりと分かった。




