第42話「ゴミ拾い、針を拾う」
画面の端に転がっていたのは、《鎧針猪獣》の背中から剥がれ落ちたばかりの外殻片だった。
黒い鎧みたいな殻に、短剣並の長さと太さの針毛が何本も残っている。
――あれなら何か拾えるかもしれない。
指先の奥で《分別》がざわついていた。
「右壁側、黒針の殻に注意しろ! 踏めば足を裂くぞ!」
上位討伐班の一人が叫んだ。
外殻片は壁にぶつかった衝撃で入口側へ転がってきた。
防衛線のすぐ前、盾役が下がるにも槍持ちが踏み込むにも邪魔な位置で止まっている。
素手でどかせるような大きさではない。
黒い針毛はばらばらの向きに突き出し、石床に食い込むように止まっているのだ。
上位の盾役たちは《鎧針猪獣》を横へ流すので手いっぱいだ。
槍持ちが近づこうとした瞬間、横穴から《石毛鼠》が飛び出し、すぐに下がらされる。
「ルーカさん……」
セラが俺を見た。
言いたいことは分かっていた。
あれを片づけられるとすれば、たぶん俺のスキルだけだ。
ゴミとして拾えるなら、一瞬で《廃品収納》へ入れられる。
「支部長。あの黒い外殻片、俺が片づける。あそこにあると防衛線がうまく動けていない」
支部長は外殻片の位置を見て、すぐに判断した。
「わかった。前へ出すぎるな。防衛線のすぐ前までだ」
「あぁ、わかっている。セラ、無理に当てなくていい。近づく鼠だけ散らしてくれるか?」
「はい!」
セラは杖を握り直した。
怖さは残っている。だが、目は逃げていない。
俺たちは防衛線の右側へ走った。
地面には鼠の硬毛や折れた矢、砕けた石片が散っている。通れないほどではないが、踏めば足を取られるものばかりだった。
《分別》が働く。
邪魔な破片だけを選び、《廃品収納》へどんどん送る。
湿った石床に細い通り道ができた。
「右から来ます!」
セラの声と同時に壁穴から《石毛鼠》が飛び出した。
「――《導炎》!」
火は弾になって真っ直ぐ飛ぶのではなく、細い風に押されるように石床を流れた。
赤い火が鼠の鼻先をなぞり、魔物たちが跳ねて下がる。
「助かる!」
俺は外殻片へ手を伸ばした。
触れた瞬間、指先に熱さに似た痛みが走る。
魔物の体から剥がれたばかりの外殻片。
壊れた魔道具の《残具》とも、失敗した魔術の《誤式》とも、崩れた技の《欠技》とも違う。
これはゴミだ。
だが、俺にとっては価値のあるゴミだ。
中に力の名残が沈みきらずにまだ残っていた。
力だけを抜こうとすればたぶん間に合わない。
あの潰れた鈴に挟まっていた黒針のように奥で固まってしまうだろう。
なら、分けない。
剥がれたものを剥がれたまま拾う。
壊れたものを壊れたまま使う。
ゴミのまま、その価値を拾う。
「――入れ」
黒い外殻片が触れていた手からふっと消えた。
――《黒針・遺片》を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
胸の奥で何かが強く跳ねた。
残具でもない。
誤式でもない。
欠技でもない。
――遺片。
「ルーカさん!」
「あぁ、拾えた!」
言った直後、《廃品収納》の奥で《黒針・遺片》が重く沈むのを感じた。
今までの3つとは置き場所が違う。
だが、ただの素材とも違う。
空いていた場所へ、4つ目の重さが落ちたような感覚だけが残った。
考えている暇はない。
《鎧針猪獣》が低く唸り、巨体を大きく振った。
黒針の鎧が壁にこすれ、石片が雨のように散る。
「下がれ! そこにいると巻き込まれるぞ!」
上位討伐班の声が飛んだ。
俺は反射的に足元を見る。
拾った場所の周りには砕けた石と割れた針の欠片が散っていた。
このまま下がれば、セラが足を取られる。
通り道にある邪魔な破片だけを一気に《廃品収納》へ送った。
細い足場が開く。
「セラ、こっち!」
「はい!」
セラが杖を抱え、俺の後ろへ続く。
背後で《鎧針猪獣》がもう一度暴れた。
太い前脚が石床を叩き、衝撃が足裏まで響く。
振り返る余裕はない。
俺たちは崩れた石片の間を抜け、防衛線の外へ滑り込むように戻った。
上位討伐班の盾役がすぐ前へ出て、俺たちと黒い巨体の間に盾を並べる。
「無事か!」
「あぁ!」
息を吐いた瞬間、膝が少し笑った。
セラも肩で息をしながら俺の隣に立つ。
入口詰所の職員が《小型実況盤》をこちらへ向けた。
「3番定点、まだ映っています!」
薄い板の中で《鎧針猪獣》が暴れていた。
黒い巨体はさっき剥がれた場所を庇うように体をひねっている。
盾役が横へ流そうとしても、槍持ちが隙間を突こうとしても、剥がれた部分だけは見せまいとするように肩を壁へ押しつけていた。
「傷口を隠しているのでしょうか……?」
セラが呟く。
「そこを嫌がってるようだな」
俺は《小型実況盤》を睨んだ。
あの巨大な体からしても、剥がれた場所はほんの僅かだ。
普通の攻撃ならそこを狙う前に黒針の鎧で弾かれる。
だが、あいつ自身から剥がれた黒針に残る力なら。
今拾った《黒針・遺片》なら。
《廃品収納》の奥で黒針の欠片が熱を返した。
それに遅れて、さっきセラが流した火の動きが頭の中に残る。
壊れた魔灯の小さな光。
崩れた斬撃の形。
剥がれたばかりの黒針。
そこへあの火の流れが重なったら。
俺は息を止めた。まだ形にはならない。
だが、何かが噛み合いかけている。
そんな感覚がしていた。
《鎧針猪獣》が怒り狂ったように鼻を鳴らし、入口へ向けて頭を低くした。
上位討伐班が構える。
俺は腰の鞘を握った。
今のままでは届かない。
だが、あと一つ何かが噛み合えば。
ゴミ拾いの廃式奥義はあの黒い鎧に届くかもしれない。




