表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/45

第41話「ゴミ拾い、導きの炎を見る」


 上位討伐班が到着してから、入口広場の動きは一気に変わった。

 封鎖縄の前にいた低ランク冒険者たちは後方へ下げられ、代わりに厚い盾を持った冒険者たちがダンジョン入口の内側へ入っていく。


 槍持ちがその隙間を埋め、魔術師たちが杖を構え、職員たちは入口から外へ魔物を出さないための防衛線を組み直していた。


 浅瀬第一通路を閉じるのではなく、広い入口そのものを押さえる形だ。

 奥で暴れている《鎧針猪獣(スパインブルート)》を上位討伐班が抑え、その手前からあふれてくる《石毛鼠(ストーンラット)》を入口で止める。


 俺とセラは防衛線の外側で待機していた。

 戦う場所には入れない。

 だが、目を離すこともできなかった。


 《小型実況盤(タブレット)》には浅瀬第一通路の映像が映っている。


 倒れた《赤標旗(レッドフラッグ)》の近くを《石毛鼠(ストーンラット)》の群れがばらばらに走り回っていた。その奥で黒い塊がゆっくり近づいてくる。


 《鎧針猪獣(スパインブルート)


 画面越しでもあの背中の黒針は大きく重く見えた。

 何層にも重なった太い針が鎧のように盛り上がり、動くたびに石壁へ擦れて火花を散らしている。


「正面から受けるな! 横へ流せ!」


 支部長の声が飛んだ。


 上位討伐班の盾役が2人、入口側の通路で膝を落とす。

 その直後、《鎧針猪獣(スパインブルート)》が頭を低くした。


 来る。

 黒い巨体が地面を蹴った。


 ドォゴォォン――。


 石床が鳴り、盾役たちの体が後ろへ押される。

 真正面では受けず、斜めに構えた盾で衝撃を逃がしている。それでも盾役たちの靴底が石床を削り、盾の縁が嫌な音を立てた。


「重すぎる……!」


「止めるな、流せ!」


 槍持ちが横から突く。

 だが、穂先は黒針の鎧に滑り、深く刺さらない。

 魔術師の氷が足元を凍らせたが、《鎧針猪獣(スパインブルート)》は前脚を振るだけで氷を砕いた。


 強い。ただ硬いだけじゃない。

 止めようとした力をあの重さで押し潰してくる。


「ルーカさん……あれ、普通に戦って倒せるんでしょうか」


「少なくとも俺たちが正面からどうにかする相手じゃない」


 そう答えながら俺は奥歯を噛んだ。


 《雷穿針(ボルトスティング)》で一点を狙っても、あの黒針の鎧に届くか分からない。

 《疾焔刃(ブラストエッジ)》は威力がある。だが、今の鞘で撃てば反動が危ない。


 勝てる形が見えない。

 だが、何かはあるはずだった。


 そのとき、入口の右脇で鼠の群れが崩れた。


 《鎧針猪獣(スパインブルート)》に押されて逃げてきた《石毛鼠(ストーンラット)》が、盾役たちの横を抜けようとしている。上位討伐班は黒い巨体を流すだけで手いっぱいだ。

 あの群れが広場へ出れば、防衛線が乱れる。


「右脇、抜けるぞ!」


 職員の声が上がった。

 セラが一歩前へ出る。


「私、止めます」


「セラ」


「大丈夫です。さっきより火が動かしやすい感じがするんです」


 白い髪の端が汗で頬に張りついている。

 顔色はまだ悪い。

 それでも淡青の瞳は逃げていなかった。


 セラは封鎖縄の内側へは入らず、防衛線の横から杖を構える。

 狙っているのは《鎧針猪獣(スパインブルート)》ではない。

 鼠が抜けようとしている右脇の石床だった。


「《炎弾(フレアショット)》!」


 火はいつものような弾になりきらなかった。

 外れたわけじゃない。

 杖先から吹いた細い風が火を押し、炎は石床へ落ちてから右壁沿いに走った。


 赤い帯のように伸びた火が鼠の進路を塞ぐ。

 《石毛鼠(ストーンラット)》たちが一斉に跳ねた。


 群れの流れが止まり、入口右脇に空白ができる。


「今だ、右を塞げ!」


 職員たちが盾を寄せる。

 槍持ちがその隙間に入り、崩れかけていた防衛線が持ち直した。


 セラは息を荒げたまま、自分の杖先を見つめていた。


「今……炎がうまく流れました」


 その瞬間、セラの前に淡い文字が浮かぶ。


―――――

職業『魔術師』

枝葉スキルを習得しました。


導炎(フレアガイド)

・炎の進路制御精度上昇

―――――


「……新しい、スキル?」


 セラの声が震えた。

 怖さではない。

 信じられないものを掴んだ時の震えだった。


「セラ、今のすごかった」


「私……当てるんじゃなくて、火を流す場所を選べました」


「それで道が止まったんだな、十分だ」


 セラは小さく頷いた。

 まだ怯えは残っている。

 だが、ただ怯えているだけじゃなかった。


 自分の炎で誰かを守れた。

 その実感が彼女の中で形になり始めていた。


 画面の中で《鎧針猪獣(スパインブルート)》が怒ったように鼻を鳴らす。

 右脇の鼠の流れが止まったせいで、黒い巨体の進路がわずかに狭まった。


「押し込めるぞ!」


 上位討伐班の盾役が叫んでいた。

 槍持ちが横から黒針の隙間を狙い、魔術師が前脚の下を凍らせる。


 《鎧針猪獣(スパインブルート)》が踏み込んだが、凍った石床で一瞬だけ足が滑る。


 巨体が壁へぶつかった。


 石が砕ける。

 黒針とそれを形成している鎧が壁に擦れ、何かが弾け飛んだ。


 画面の端に破片が転がる。

 鈴に挟まっていた欠片とは違う。


 大きい。

 そして、まだ熱をまとっているのが煙でわかる。


 今までの黒針の欠片とは違う。

 力が奥へ固まりきる前の剥がれたばかりの遺物だ。


「ルーカさん?」


「……今の見えたか⋯⋯?」


「黒針? 外殻が剥がれました」


「あぁ」


 喉の奥が乾いた。

 拾えるとは限らない。


 あそこはまだ戦場だ。

 近づけば踏み潰されるだろう。


 だが、分かった。


 魔物の体から剥がれたものにも何かが残る。

 古くなれば固まって拾えない。


 だが、落ちてすぐなら?

 まだ熱を持っているうちなら。


 もしかすると――間に合うかもしれない。


 画面の向こうで《鎧針猪獣(スパインブルート)》が再び頭を低くした。

 上位の冒険者たちの中の盾役が身構える。


 セラは新しく生えたスキルの余韻を抱えたまま、杖を握り直した。

 俺は画面の端に転がる黒針の欠片から目を離せなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ