第45話「ゴミ拾い、憧れの冒険者になる」
治療室で手当てを受けた後、俺とセラはギルドの支部長室へ呼ばれた。
広場の騒ぎはまだ完全には収まっていない。
浅瀬第一通路では《鎧針猪獣》の回収が続き、入口詰所の職員たちは記録石と《小型実況盤》を何度も見比べている。
俺の手は軽い火傷で済んだ。
だが、鞘の方はひどい。
鞘口は裂け、焦げた木片が端からめくれている。
親方に直してもらったばかりなのに、最後の一撃で無理をさせすぎた。
隣を歩くセラが小さく言った。
「大丈夫です。絶対親方は怒らないと思います。もし怒られるなら、私も一緒ですから」
白い髪は手当ての時に軽く整えたらしいが、耳元の細い編み込みにはまだ煤が少し残っている。
俺は少しだけ笑って、裂けた鞘を抱え直した。
受付奥の小部屋には支部長と女性職員、それから記録係がいた。
机の上には俺たちの補助証と今日の依頼記録が並べられている。
支部長は短く顎を引いた。
「座れ。長くはかからない」
俺とセラが椅子に座ると女性職員が記録板を開いた。
「今回の様々な対応のすべてを特別貢献扱いといたします」
「え、清掃依頼じゃなくなるってことか?」
「清掃依頼として受けた事実は残ります。ただ、成果が清掃だけでは収まらないということです」
支部長が俺を見る。
「職業レベル5。依頼中の判断。赤標旗の使用。救助補助。討伐班との連携。どれも確認した。ルーカ、お前は冒険者登録の条件を満たしている」
胸の奥が一呼吸遅れて熱くなった。
12歳で職業『ゴミ拾い』を授かったとき、冒険者なんて遠い場所の話だと思っていた。
戦闘職じゃない。
強い魔術もない。
剣も振れない。
ゴミを拾うだけの職業。
そう笑われてきた。
だが、その職業でここまで来た。
「……本当に俺でいいのか」
「あぁ、よくなければそもそもこんな話になっていない」
支部長は淡々と言った。
「もちろん、Fランク登録からだぞ。戦闘職としてのダンジョンの単独探索はやめておけ。お前の強みは拾い、分けること、見落とされた異常に気づくことだ。そこを間違えるな」
「あぁ。分かってる」
支部長は次にセラへ目を向けた。
「セラ、お前もだ。魔術師として職業レベル7。今日の退避支援と進路制御は記録に残っている。護衛同行者ではなく、Eランク冒険者として昇級できる」
セラの肩が小さく跳ねた。
「え、私も……ですか」
「不安か」
「わ、私、登録できただけで、何も依頼を成功させてきていないので」
セラは杖を握りしめ、まっすぐ支部長を見た。
「私はまだ魔術を上手く当てられません。でも、火で道を作れるなら⋯⋯誰かを逃がせるなら⋯⋯冒険者として、まだFランクとしてやっていきたいです」
支部長は少しだけ目を細めた。
「なら、今回は少し見送ろう。自信がついたときにランクアップ申請をしてくれ」
「はい!」
女性職員が机の引き出しから小さな金属札を2枚取り出した。
鈍い鉄色の札に、まだ何も刻まれていない。
「名前と職業を確認します。ルーカ、職業『ゴミ拾い』。セラ、職業『魔術師』。登録ランクはどちらもFランク。よろしいですか」
「あぁ」
「はい」
記録係が細い針のような道具で札へ文字を刻んでいく。
小さな音が部屋に響いた。
やがて、2枚の冒険者証が俺たちの前へ置かれた。
――――
Fランク冒険者
ルーカ
職業『ゴミ拾い』
――――
その文字を見た瞬間、喉の奥が少し詰まった。
強そうな職業名じゃない。
格好いい肩書きでもない。
だが、それは確かに俺の名前と一緒に刻まれていた。
「ルーカさん」
隣でセラが自分の札を両手で包むように持っていた。
目元が少し赤い。
「私たち、冒険者になったんですね」
「あぁ」
俺は金属札を握った。
「やっと入口に立てた」
そのとき、扉の外が急にざわついた。
女性職員が眉を上げ、部屋の扉を少し開ける。
外の受付広場から何人もの声が流れ込んできた。
「酒場の実況盤、まだ流れてるぞ!」
「黒針の鎧が割れたところ、もう一回映せって騒ぎになってる!」
「ゴミチャンネルって呼んでたやつだろ、あれ」
「馬鹿、今それ言うな。本人たち奥にいるぞ」
支部長がため息をついた。
「騒がしいな」
女性職員は苦笑しながら扉を閉める。
「入口定点の映像が酒場側で拡大表示されたようです。救助と討伐補助の場面が続けて流れています」
ゴミチャンネル。
前なら笑うための言葉だった。
誰も期待していない小さな枠。
ゴミ拾いが浅瀬を掃除しているだけの映像。
それが今は酒場で何度も見直されているらしい。
セラが少し不安そうに俺を見る。
「……また、笑われているんでしょうか」
「分からない」
俺は正直に答えた。
「今日の映像を見ても同じ笑い方ができるなら、それはそれで大したものだな」
支部長が机に指を置いて言う。
セラは一瞬、きょとんとしている。
「勘違いするな。今日の件で評価は変わる。だが、一晩で全部がひっくり返るわけじゃないぞ」
「分かってる」
「お前たちはFランクになったばかりだ。ゴミ拾いと暴発魔術師。そう呼ぶ者はまだいるだろう。今日の記録を見ても、上位討伐班が倒しただけだと言う者もいる」
支部長の声は厳しい。
だが、突き放しているわけではなかった。
「それでも正式記録は残る。救助された者の証言もある。実況盤の映像もある。お前たちが何をしたかはもう消えない。自信を持っていけ」
俺は冒険者証を握り直した。
消えない。
支部長のその言葉が胸に残った。
拾ったものは捨てられて終わりじゃない。
壊れたものも、失敗したものも、誰かが見れば価値になる。
今日の俺たちもたぶん同じだ。
《廃品収納》の奥では、《黒針・遺片》を拾った時の重さがまだ残っている。
あれが今後どう使えるのか、俺にもまだ分からない。
だが、分からないまま終わる気はなかった。
部屋を出ると、受付広場にいた冒険者たちの視線が一斉にこちらへ向いた。
居心地が悪い。
だが、前とは少し違っていた。
嘲笑だけではない。
驚きや気まずさ、興味、警戒。
いろんなものが混ざっている。
その中で、足に包帯を巻いた大柄な男が壁際から手を挙げた。
俺も軽く手を上げるだけにした。
セラが隣で冒険者証を胸元に抱く。
まだ少し震えている。
それでも足は止まっていない。
「ルーカさん」
「どうした?」
「これからも、一緒について行って……いいですか?」
俺は少しだけ驚いてセラを見た。
白い髪の編み込みが揺れている。
淡青の瞳には不安も残っている。
だが、逃げる目ではなかった。
「あぁ、俺の方こそ頼みたかったんだ。セラがいないと、たぶんまた無茶をしてしまう」
「それは困ります。ちゃんと止めますから」
真面目な顔で返されて、俺は少し笑った。
ギルドの外へ出ると、夕方の光が街の石畳に落ちていた。
ダンジョンの匂いはまだ服に残っている。
やらなきゃいけない報告も、謝りに行く場所も、次の不安も山ほどある。
それでも、腰に下げたFランクの冒険者証が小さく鳴った。
捨てられたものを拾う。
壊れたものを繋ぐ。
失敗したものにもう一度役目を与える。
職業『ゴミ拾い』。
笑われていた名前はまだ格好いい名前にはなっていない。
だが、今日その名前で一つの命を拾い、一つの道を自分たちの手で開いた。
「行こう、セラ」
「はい、ルーカさん」
俺たちは並んで歩き出した。
ゴミチャンネルと笑われる小さな映像枠は、たぶん今後も流れていく。
だが、次に映る時は少しだけ違って見えるはずだ。
これは終わりじゃない。
ゴミ拾いの俺が、冒険者として最初の一歩を踏み出した日だった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
一旦ここで締めたいと思います。
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続きの構成はいろいろと考えているのですが、他にも書きたい話があるのでしばらくはもっと面白くなるように練りたいと思います。
今後ともよろしくお願いいたします。




