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第39話「ゴミ拾い、答えを拾う」

  

 黒針の獣の映像が消えた後も入口広場の空気は張り詰めたままだった。


 上位討伐班を待つ間、俺たちは仮の確認所へ呼ばれた。

 机の上には浅瀬で拾ってきたものが並べられている。


 潰れた魔物避けの鈴。

 割れた魔灯の破片。

 焦げた硬毛。

 砕けた石片。

 そして、鈴のひしゃげた縁に食い込んでいた黒い針の欠片。


 魔物避けの鈴は思っていたより大きかった。

 手のひらに余るほどの金属の鈴で、作業員が腰や荷紐に吊るして使うものらしい。片側は大きく潰れ、口の部分には泥と焦げが詰まり、その奥に黒い針のささくれが深く刺さっている。


 普通ならまとめて捨てられるだけのものだ。

 だが、今は支部長も女性職員も魔道具の確認係も、それをただのゴミとしては見ていなかった。


「ルーカ」


 支部長が俺を見る。


「拾った本人として、まだ気になるものはあるか」


 俺は鈴を見下ろした。

 ここで全部を話す必要はない。残式が見えることも、拾えることも、俺の一番奥にある秘密だ。


「鈴は危ない。さっき言った通り、嫌な音の残りがある」


「ほかは」


 俺は黒い針の欠片を見た。

 太い針そのものではない。折れた先端か剥がれた表面の一部だ。それでも《石毛鼠(ストーンラット)》の硬毛とはまるで違う。重く、黒く、触れなくても圧があった。


「この黒い欠片は鼠の毛じゃない。おそらくさっき映像に映っていた《鎧針猪獣(スパインブルート)》から剥がれたものだと思う」


 魔道具の確認係が頷く。


「鈴の潰れ方とも合います。耐久をかなり強化されている『魔除けの鈴』をここまで押し潰すには、かなりの力が必要です」


 俺は次に割れた魔灯の破片へ手を伸ばした。

 半透明の欠片はもう灯りとしては死んでいる。泥と煤がつき、端も欠けていた。


 それなのに指先には小さな明かりの名残が触れていた。


――《微光・残具(ライトジャンク)》を拾いました。

――《廃品収納(ストックヤード)》に登録されました。


「……それも何かあるのか?」


 支部長の声で我に返る。

 俺は魔灯の破片を机に戻した。


「普通の破片より少し気になっただけだ」


「危険ということか」


「今すぐ暴れる感じはない。ただ、捨てずに分けておいた方がいい」


「分かった。確認係、別に保管しろ」


「はい」


 確認係が布を広げ、魔灯の破片を慎重に包む。


 支部長は机の上の回収品を一通り見た後、短く息を吐いた。


「浅瀬清掃依頼は中止だ。だが、お前たちの依頼は失敗ではない」


 その声は確認所の空気をまっすぐ切った。


「異常を発見し、赤標旗を立て、負傷者を連れ戻した。さらに原因につながる回収品も持ち帰った。特別貢献として正式に記録する」


 その言葉が落ちた瞬間、視界の端に文字が浮かび上がった。


―――――

職業『ゴミ拾い』

レベル2 → 3


小物拾い(ピックアップ)》……精度上昇↑

分別(ソート)》……危険物判別精度上昇↑

廃品収納(ストックヤード)》……分類保持数増加↑

―――――


「……上がった」


 思わず声が漏れた。


 ただゴミを拾っただけではほとんど上がらなかった職業だ。

 だが今日は違った。


 危険なものを分けた。

 異常を見つけた。

 取り残された人間も拾った。


 俺の職業はちゃんと前へ進んでいる。


「ルーカさん?」


 セラが俺を見る。

 俺は小さく頷いた。


「職業レベルが3になった」


「すごいです!」


 セラの声が少し弾んだ。

 その素直な反応に胸の熱が少しだけ軽くなる。


 そのとき、入口側で金属がきしむ音がした。

 封鎖柵の前にいた職員たちが一斉に後ろへ下がる。


 ダンジョンの奥から低い足音が響いた。


 ドォォォオオオン――。


 さっきより近い。


「3番定点、一瞬だけ映像が戻りました! 《鎧針猪獣(スパインブルート)》、入口側へ向かっています!」


 支部長が声を張った。


「封鎖柵を重ねろ! 上位討伐班の到着まで押し込まれるな!」


 職員たちが動く。

 冒険者たちが盾を運び、縄を張り直す。


 その騒ぎの中で封鎖線の近くにいた職員が声を上げた。


「通路の壁に黒針が刺さっています! 先端が折れて、こっち側まで転がってきた!」


 運び込まれたのは腕ほどもある黒い針の先端だった。

 槍ほど長い一本ではない。壁に刺さって砕けた先だけだ。それでも石床に置かれた瞬間、周りの空気が重くなった。


 折れて落ちたもの。

 もう本体から剥がれたもの。

 それでもまだ力を残している。


 《分別(ソート)》がざらりと反応した。


 俺は息を止め、黒針の欠片へ指先を近づける。

 いつもの残式なら、壊れた術式の名残が外へほどけるように浮いている。拾う時も手の内へ引っかける感覚に近い。


 だが、これは違った。


 力は見える。確かに残っているのに外へほどけていない。

 黒い針の奥へ、沈み込んで固まってしまっている。


「……拾えない」


 思わず声が漏れた。


 消えているわけじゃない。

 もう死んだわけでもない。

 ただ、俺がいつも拾っている残式とは残り方が違った。


 魔道具の残具でも、魔術の誤式でも、技の欠技でもない。

 これは魔物の体そのものに染みついていた力だ。


 剥がれ落ちた瞬間から力が素材の奥へ固まっていく。

 時間が経てば経つほどただの硬い針になっていく。


 もしかすると。


 落ちてすぐなら。

 まだ熱を持っているうちなら。

 力が完全に沈み切る前なら。


 ――拾えるのかもしれない。


 黒針の欠片は答えを隠したまま石床の上で重く沈黙していた。


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