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第31話「ゴミ拾い、ダンジョンに入る」


 ダンジョン入口へ近づくと、いつもの広場が見えてきた。


 5年間ほとんど毎日、壊れた道具を拾い、焦げ跡を削り、折れた矢を集めてきた場所。

 だが、今日はその入口の先へ進む。


 黒い口を開けたダンジョン入口の前で、俺たちは一度立ち止まった。

 中から流れてくる空気は冷たく、湿った石の匂いに魔物の獣臭が混じっている。


 背中の方から、まだギルドの笑い声が追いかけてくるような気がした。


 ――ゴミ拾い。

 ――暴発魔術師。

 ――捨てられたもん同士。


 あいつらはこの場にはいない。

 それでも、下品な笑い声だけが耳の奥に残っていた。


「今日は……戻りますか?」


 セラが小さく聞いた。


「……戻ったら、あいつらの言った通りになる」


 セラは少しだけ目を伏せ、それから杖を握り直した。


「私も、戻りたくないです」


「そうだよな。……よし、行こう」


 俺は鞘に巻いていた布を外した。

 外装の黒い断熱板と青白い縁金が、入口の薄暗い光を受けて鈍く光る。


「セラは無理に撃たなくていい。危ないと思ったら下がってくれ」


「はい。ルーカさんこそ、一人で前に出すぎないでくださいね」


「分かった」


 俺たちはお互いに頷き合い、入口の境目を越えた。


 外の石畳から湿ったダンジョンの地面へ移っただけで、足音の響き方が変わる。

 浅瀬の最初の通路は思っていたよりも広く、横幅にも余裕があった。壁には古い傷がいくつも残り、床の端には折れた矢や欠けた金具、使い切られた魔灯の破片、焦げた布切れが所々に散らばっている。


 まずは仕事だ。


 俺は通路に落ちているゴミを《廃品収納(ストックヤード)》へ入れていった。

 拾ったものは消えるように収納されていき、俺だけが確認できるリストへ並んでいく。


 ただ、落ちているものなら何でも雑に放り込めばいいわけではなかった。


 誰かの落とし物かもしれないものやギルドに確認が必要そうなものなどは、背中の回収鞄へ分けておく。清掃依頼はゴミを片づけるだけではなく、持ち主がいるかもしれないものや危ないものを分けておくことも仕事なのだ。


 セラは少し離れて、通路の奥と壁際を交互に見てくれていた。


 俺たちは清掃依頼としてダンジョンに入っている。

 普通の冒険者から見れば、笑いものにされてきたお手伝い依頼。


 前にセラを助けるため飛び込んだときは、周りを見る余裕なんてなかった。

 あのときはただ追ってくる魔物が怖くて、セラを抱えて逃げることしか考えられなかった。


 だが、今は違う。


 壊れた魔道具に残った術式。

 焦げ跡にこびりついた魔術の失敗。

 床に刻まれた、敵に届かなかった技が残した傷。


 やはりダンジョンの中は、入口前や街よりも『残式』がずっと多い。


「……すごい」


「何か見えるんですか?」


「あぁ。ここには捨てられ、失敗した跡がたくさんある」


 俺は壁際に落ちていた曲がった金具を拾った。小さな送風具の部品らしく、道具としてはもう壊れているが、内側に弱い風の通り道だけが残っている。


 ――《微風・残具(ブリーズ・ジャンク)》を拾いました。

 ――《廃品収納(ストックヤード)》に登録されました。


 その少し先には、ひび割れた青白い板片が落ちていた。携帯用の冷却具に使われていた部品らしく、割れ目の奥には、熱を少しだけ吸い取るような冷たさが残っている。


 ――《冷片・残具(クール・ジャンク)》を拾いました。

 ――《廃品収納(ストックヤード)》に登録されました。


 さらに奥の壁には、盾で受けようとして受け損ねたような浅い傷があった。真正面から止めきれず、斜めに流れた力だけが傷の端に引っかかっている。


 ――《盾受・欠技(ガード・ミス)》を拾いました。

 ――《廃品収納(ストックヤード)》に登録されました。


 セラが、杖を抱えたまま俺の横顔を見ていた。


「ルーカさん、何だか……嬉しそうです」


「え、そう見えるか?」


「はい。拾えるものを見つける度に、表情が明るくなっています」


「……変だよな。こんなダンジョンの中だっていうのに」


「変じゃないと思います。ルーカさんの仕事がちゃんとここにあるんですよね」


 その言い方が優しくて、俺は少しだけ返事に詰まった。


「なら、拾えるものは拾って進もう。清掃依頼だしな」


「はい!」


 セラは小さく頷き、杖を握り直した。

 さっきよりも肩の力が少し抜けているように見えた。


 すぐに使えるかは分からない。

 それでも、ここには俺がまだ知らない残式がたくさん落ちている。


 先日の一件から、ダンジョンはセラにも俺にも良い思い出はない。

 特にセラはついこの間、中層のイレギュラーの魔物に襲われたばかりだ。


 それなのに、ここについてきてくれている。

 胸の奥が少しだけ熱い。


 そのとき、通路の奥でカササッ、と音がした。


 セラの肩がわずかに跳ねる。

 俺も腰の鞘へ手をかけた。


 暗がりの奥で小さな影が動く。


 鼠のような形の魔物だ。

 ただし、普通の鼠ではない。街で見かける鼠よりもずっと大きく、背中には硬そうな尖った体毛が生えている。

 その赤い目が、こちらを見ていた。


「浅瀬の鼠――《石毛鼠(ストーンラット)》……だと思います」


 セラの声が硬くなる。


「強い……のか?」


「一般的には弱い魔物と言われていますが、噛まれると危ないです。何匹か一緒にいることが多いので注意が必要です」


 通路の奥で、硬そうな毛がさらに逆立った。


 俺は鞘口を暗がりへと向ける。

 相手は訓練場の的とは違う、動く魔物だ。


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