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第30話「ゴミ拾い、清掃依頼を受ける」

  

 翌朝、俺はいつもより早くギルドへ向かった。


 背中には回収鞄。腰には改良してもらった鞘。

 もちろん剣はない。


 普通ならそれだけで丸腰に見えるのだろう。

 だが今の俺にとって、この鞘こそ一番重要な武器だった。


 今日受けるのはいつものダンジョン入口前の清掃ではない。

 ダンジョンの中――浅瀬の清掃依頼だ。

 そう考えた瞬間、肩に余計な力が入った。


 ダンジョン内の様子なら、実況盤で何度も見てきたし、先日はセラを助けるために思わず飛び込んだ。

 だが、あの時は考えるより先に身体が動いただけで、依頼として準備を整え、自分の意志だけで中へ入るのは今回が初めてだった。


 ギルドの扉を押すと、朝の空気に酒と革と鉄の匂いが混じって流れてくる。

 冒険者用の依頼板の前にはもう何人かの冒険者が集まり、酒場側の壁ではダンジョン実況盤が淡く光っていた。


 メインの大枠には有名パーティの探索実況が映り、その横では浅い階層の小さな定点カメラの映像がたくさん並んでいた。


 通信石を持てるのは、Cランク以上の正式な冒険者たちだ。

 清掃員の俺に専用の映像枠なんてものはない。


 それでも、入口や浅瀬の定点カメラに映れば、酒場の誰かには見られるかもしれない。


「ルーカさん、おはようございます」


 受付の横でセラが待っていた。


 昨日買った薄い碧色の外套を羽織り、白い髪の細い編み込みが肩の前へ落ちている。杖を胸の前で抱えているせいか、いつもより少し緊張して見えた。


「早いな」


「実は眠れなくて……」


「俺もだ……」


 そう言うと、セラは小さく笑いかけて、すぐに真面目な顔へ戻った。


「本当に、私も一緒に行っていいんですよね」


「それを言うなら、俺の方こそいいのかって話だ。俺は冒険者じゃない。臨時補助員として清掃に入るだけだからな」


「私はFランクなので、形だけ冒険者として登録されているただの見習いです。でも、ルーカさんはギルドから臨時補助員として認められているので……私なんかよりしっかりしていますよ」


「そんなことはない。あとは俺たち、パーティ扱いになるのかこれから確認してみよう」


 セラは少しだけ安心したように頷いた。

 俺たちは並んで受付へ向かう。


「ダンジョン浅瀬の清掃依頼を受けたいのだが」


 受付の女性職員は俺の補助証とセラの冒険者登録証を順に確認した。


「ルーカさんは臨時補助員なので、入口付近から浅瀬までの清掃、廃材回収、破損品の搬出は可能です。ただし、討伐目的の探索はできません」


「あぁ。冒険者登録はまだ無理だったよな」


 俺が聞くと、職員は少しだけ言葉を選んだ。


「はい。戦闘職の方なら職業レベル5以上と講習、実技確認でFランク登録できます。ただ、ルーカさんの職業は非戦闘職となるので、冒険者登録する場合は、職業レベル5以上、依頼の状況、冒険者からの推薦、それから実技確認も必要になります」


「……わかった」


「少なくとも、今すぐ登録はできません。ですが、臨時補助員として浅瀬の依頼を積み重ねれば、道がないわけではありません」


「了解した。今日は清掃依頼を受ける」


 職員は頷き、今度はセラの登録証へ視線を移した。


「セラさんはFランク冒険者ですね。今回の依頼では正式なパーティではなく、護衛同行者として登録されます」


「冒険者と臨時補助員は、正式なパーティにはならないんですか?」


「はい。パーティ登録は冒険者同士で行うものです。今回は清掃依頼の主担当がルーカさん、護衛同行がセラさんという扱いになります。魔物を倒しても討伐報酬は出ません。危険回避として記録されます」


「わかりました。はい、私は大丈夫です」


 討伐報酬が出ないことに悔しさがないわけではない。

 今の俺の目的はダンジョンの浅瀬で拾えるものを拾い、無事に戻ること。

 セラは魔術を訓練場の的以外――魔物にしっかりと当てる練習をすることだ。


 職員が依頼票に印を押した。


「範囲は入口から浅瀬一帯までです。奥へ進みすぎないでください。危険があれば以前渡した赤標旗(レッドフラッグ)を定点カメラの範囲に立てて、すぐ戻ること。無理に戦おうとしないでくださいね」


「あぁ、わかった」


 そのやり取りを、酒場の方にいた冒険者たちが聞いていた。


「おいおい、聞いたか。ゴミ拾いが浅瀬に入るらしいぞ」


「入口掃除じゃなくて中かよ? 今度は自分がダンジョンのゴミになる気か?」


「しかも護衛がセラ? あの暴発魔術師だろ」


 笑い声が広がる。


 セラの肩が少しだけ強張った。

 さらに、酒場の席にいた大柄な男が椅子の背にもたれたまま、にやついた顔でこちらを見た。


「おい、お嬢ちゃん。そんなゴミ拾いの護衛なんかやめとけよ。うちのパーティなら荷物持ちで入れてやるぜ。その代わり⋯⋯わかるだろう?」


「ははっ、お前あんなガキでもいいのかよ!」


「ゴミ拾いと暴発魔術師か。お似合いじゃねえか。捨てられたもん同士で仲良くお掃除、頑張ってくだちゃいねぇ」


 再度大笑いがギルドに響き渡った。


 胸の奥が熱くなる。

 怒りなのか、悔しさなのか、自分でも分からなかった。

 俺だけならまだいい。今までも何度も言われてきたことだ。


 だが、隣にいるセラまで俺のせいで言われてしまった。

 彼女は杖を握ったまま俯いていた。薄い碧色の外套の紐が小さく震えている。


「……ごめん」


 俺が謝ると、セラが顔を上げた。


「どうしてルーカさんが謝るんですか……!」


「俺と一緒にいるから、ああ言われただろ」


「違います。私の方こそ、すみません。私が暴発ばかりする魔術師だから、ルーカさんまで余計に笑われてしまいました」


 互いに謝って、それで余計に分かってしまった。

 あいつらから見れば、俺たちは必要とされなかった者同士なのだろう。


 冒険者になれなかったゴミ拾いと、パーティから避けられた暴発魔術師。


 そう、ゴミ同士だ。

 そう笑われているのだと、嫌でも分かってしまう。


 セラは唇を小さく噛んでいた。

 俺も拳を握ったまま、すぐには言葉が出なかった。


 それでもここで引き返したら本当に笑われただけで終わる。


「セラ」


「……はい」


「行こう。俺たちの目的はしっかりとある」


 セラは一度だけ深く息を吸った。

 淡青の瞳にはまだ悔しさが残っていたが、それでも視線は下ではなく前を向いている。


「はい。行きましょう」


 俺たちはまだ残る笑い声を背にギルドを急いで出るのだった。



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