第29話「ゴミ拾い、雷を撃つ」
《廃式奥義》の銘はまだ出ていないが、形は見えた。
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《微風・残具》
《跳雷・誤式》
《刺突・欠技》
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威力と衝撃が強い《廃式・疾焔刃》とは違う。
咄嗟に魔物が出たときでもすぐ撃てて、次の動きにもつなげられるような迅速な一撃。
一点を速く貫くような奥義。
足止めだけでは足りない。小型の魔物ならそのまま倒せるくらいの威力が欲しい。
今の俺に必要なのはそういう《廃式奥義》だった。
3つの残式をすぐにでも組み合わせてみたい。
セラが真面目な顔でこちらに目を向けた。
「ルーカさん、親方さんのところへ行きましょう。そこで見てもらう方がいいと思います」
これは《疾焔刃》とは全く別の残式構成だ。
威力を小さくするつもりでも、スキルがどう跳ねるかは予測できない。
鞘の中で暴れれば、改良してもらったばかりの鞘をまた壊すかもしれないし、最悪、俺の手に返ってくる。
「そう……だよな。止めてくれて助かった。ついつい撃てるかどうかばかり考えてしまっていた」
俺は自分を抑えると、セラと一緒に鍛冶場へ向かった。
西通りから親方の工房へ向かう道を歩いていると、どこかの店先から焼けた肉の良い匂いが流れてきた。
腹は空いているが、今の俺はそれどころではなかった。
鍛冶場に着くと、親方は炉の前で鞘口の部品を選り分けていた。
俺たちを見るなり、眉を動かす。
「早かったな。何か良いものでも拾ったような顔をしてるぞ」
「ああ、拾った。新しいスキルになりそうなんだ」
親方の目が細くなる。
「……またその鞘を使うのか?」
「ああ。《疾焔刃》みたいな大技じゃなく、もっと小さくて速く、負担が少ないスキルにしたい」
「小さい技でも、逃げ方を間違えりゃ手を持っていくぞ」
「だから見てほしい。どこに負荷がかかるか、俺だけだと分からない」
親方はしばらく俺を見ていた。
それから短く息を吐き、工房の奥を顎で示す。
「仕方ねえ。大技にならないなら、奥を使ってもいいぞ。絶対に炉の横で撃つなよ」
「ありがとう」
鍛冶場の奥には外へ出る扉があり、そこを抜けると鉄屑や割れた石材を使って試し斬りをする場所に出た。
周囲は高い塀で囲われ、地面はしっかり踏み固められている。壁際には焦げ跡の残る古い的が立てかけてあった。
親方は的の近くへ回り、その場で腕を組んだ。
セラはそれよりも離れた位置で、杖を抱えたまま立っている。
薄い碧色の外套の紐が胸元で揺れ、白い髪の先がちょうど肩にかかっていた。
「ルーカさん、無理はしないでください」
「ああ。今回は1つ試すだけだ」
俺は鞘口を壁の的へ向けた。
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【スキルツリー】
■《廃式奥義》
・構成残式
《微風・残具》
《跳雷・誤式》
《刺突・欠技》
・残式消耗度……0%
・成功率……不明
・銘……未確定
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まだ銘は出ていない。
俺は3つの残式を鞘の中へ順に入れていく。
まず《微風・残具》を通す。
細い風の名残を、鞘口から的へ向けて伸ばす。
次に《刺突・欠技》を入れる。
斬るのではなく、一点へ突き刺さる針のような形を風の中へ入れ込む。
最後に《跳雷・誤式》だ。
跳ねる力を、前へ走る細い道の根元へ押し込む。
鞘口の奥で3つが合わさった。
だが、その直後に一瞬だけズレた。
「……っ」
雷が横へ逃げかける。
俺は慌てて抑えたが、鞘口から小さな雷が散り、踏み固められた地面に落ちて消えた。
親方の声が飛ぶ。
「止めろ!」
俺はすぐに残式を戻す。
鞘口から焦げた匂いが薄く上がってきた。
――失敗だ。
だが、何も見えなかったわけじゃない。
微風で通り道を作り、刺突で細く締め、最後に雷を流す。
その順番だと、雷が後から押し込まれて暴れる。細い道に収まりきらず、横へ跳ねる。
「雷を最後に入れると暴れる……か」
俺が呟くと、セラが鞘口の焦げ跡を見つめた。
「さっきの雷、最後に押し込まれて逃げ場を探したみたいに見えました」
「逃げ場……」
「はい。逃げないように、最初に雷を置くのはどうでしょうか」
「先に?」
俺が聞き返すと、セラは少し考えながら言葉を選んだ。
「ルーカさんが教えてくれました。私の魔術も……火を押さえ込むだけでは駄目でした。風の向きを変えたら前へ進みましたよね。雷も先に置いてから、風で前へ流せば……横に逃げなくなるかもしれません」
親方が黙って俺を見ている。
止めはしない。目は「やってみろ」と言っていた。
雷を最後に押し込むから跳ねる。
なら、先に雷を置く。
そう頭で唱えながら、俺は息を整えてもう一度3つの残式をセットした。
今度は雷から入れる。
跳ねようとする白い力を、鞘口の奥に小さく置く。まだ押し出さない。ただ、そこに留める。
次に微風を流す。
雷の周りを薄く包み、暴れようとする力を前へ逃がす。
最後に刺突。
広がりかけた雷と風を一点へ絞る。
鞘口の奥で光がすっと伸びた。
さっきとは違って、雷が横には跳ねない。
鞘の中で暴れずに、前だけを向いている。
「よし――いけっ!」
俺は残式の流れを一気に外へ押し出した。
鞘口から鋭い針のような白雷が走った。
次の瞬間、古い木の的の中心に白い点が突き抜ける。
バチバチバチィッ――!
遅れて雷の音が弾けた。
的の表面に空いた穴は指1本ほどしかなかったが、その突き抜けた穴の奥で雷が暴れた。
的に空いた穴の内側から火花が一気に広がり、裏側の板がめくれるように裂ける。
固定していた杭まで震え、的全体がびりびりと細かく揺れた。
俺の手首に残ったのは軽い痺れだけだった。
腕は動く。鞘も壊れていない。
「……使えた」
思わず声が漏れた。
局所的な一点を貫き、その内側で雷を爆発させる。
当たりどころがよければ、小型の魔物なら止めるだけでは済まないだろう。
「……今の、すごく速かったです」
セラの声が少し遅れて聞こえた。
親方は的の裏側へ回り、裂けた板を見た。
それから鞘の外側に重ねた排熱板と留め具を確認する。
「大技じゃないんだろうが、十分な威力だな⋯⋯。鞘も生きてるし、外装の耐熱板も割れてねえ。鞘口も大丈夫そうだ」
「親方、これならすぐにもう一回撃てる?」
「衝撃の返りが小さいスキルでも雷は雷だ。中に残った熱が引くまでは待て。だが、少し置けば撃てるだろう」
「わかった」
俺は鞘を下ろした。
視界の奥でスキルツリー欄の文字がゆっくり力を帯びる。
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【スキルツリー】
■《廃式奥義》
・構成残式
《跳雷・誤式》……消失
《微風・残具》……消失
《刺突・欠技》……消失
・残式消耗度……100%
・成功率……89%↑
・銘……確定
《廃式・雷穿針》
▷跳雷の誤式を中心に置き、微風の残具で進行方向を整え、刺突の欠技で一点へ絞る奥義。
鞘口から白雷の針を放ち、対象を貫いた内側で雷を弾けさせる。攻撃範囲こそ小さいが、速射性と貫通力には優れている。
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成功だ。
銘が判読でき、成功率もかなり高くなった。
胸の奥が熱くなる。
これで、俺が使えるスキルは《疾焔刃》だけじゃなくなった。
「ルーカさん……」
セラが的に空いた小さな穴を見つめたまま呟く。
「これならダンジョンでも……行けそうですね!」
「ああ、ようやく依頼も受けられそうだ」
俺は鞘を握り直した。
清掃依頼の準備としてなら、ここまで来られただけで十分だ。
明日、ダンジョン内清掃の依頼を受けてみよう。




