第28話「ゴミ拾い、小さな風を拾う」
西通りにある魔道具店のアネットは、棚の奥で小さな魔道具を分解していた。
俺たちを見るなり、手元の細い工具を置く。
「あれ、早いね。もしかして、鞘がうまくいかなかった?」
「いや、親方に鍛えてもらったから壊れてはいない。一発は耐えたんだ」
「一発は……ね」
アネットは面白そうに笑い、それから俺の横にいるセラを見た。
「今日は連れがいるんだ?」
「セラです。よろしくお願いします」
「私はアネット。壊れた魔道具を分解するのが仕事の――少し変わった店の店主だよ」
「壊れたものを見てくれる方はありがたいです」
セラが真面目にそう返すと、アネットは少しだけ目を丸くした。
「ルーカ君……この子はいい子だねぇ」
アネットは感心したようにセラを見て、それから俺へにやりと笑う。
「セラは真面目なんだ」
「へえ。もうそんな風に分かるくらい、一緒にいるんだ」
「いや、まだそんなに時間は経ってないが……」
セラの白い髪の奥で、耳がほんのり赤くなっているのが見えた。
アネットは楽しそうに笑い、作業台の上を片づけた。
「それで、今日は何を探しに来たの?」
「買い物というより、ここで捨てるしかない壊れた魔道具なんかがあるなら見せてもらえないか?」
「捨てるしかないもの?」
「ああ。売り物になる部品じゃなくていい。修理にも使えない、部品取りにも向かないようなゴミがあれば」
アネットは少し考えた後、店の奥へ目を向ける。
「知っての通り、うちは壊れた魔道具も商品として売ってる店だからね。使えなくても部品だけでも、価値があるなら値段がついてるんだよね」
「それは分かってる。もちろん売れるものに手を出すつもりはない」
「じゃあ、本当に廃棄するしかないやつだよ? 処分するにも手間がかかるから、持っていってくれるならこっちとしても助かるけど……」
アネットは奥から木箱を一つ引きずり出した。
中には割れた筒、欠けた羽根、魔石の殻、曲がった留め具、焦げた小さな部品など、何に使うかも分からないようなゴミが雑に入っていた。
「ここにあるのは、うちでも値段をつけられないようなもの。売り物にはならないし、修理にも使えない。あとはまとめて捨てるか、廃品業者行き」
「……見てもいいか?」
「いいけど、本当にただのゴミだよ?」
「ああ。それが俺の仕事だ」
そう答えると、アネットは少しだけ目を細めた。
「……なるほどね。ゴミ拾いとして来たわけだ」
「すまないが、買える金はほとんどないんだ。だが、捨てるものを片づけることならできる。処分費用はいらないから、何かあればもらえないか?」
「こっちも処分の手間が減るから、それなら助かる」
箱には大小様々なガラクタが詰まっていた。
アネットの目ではもう何の価値もない廃棄品。
だが、その奥に小さな光がいくつも残っているのが見えていた。
「ルーカさん?」
セラが小声で話しかけてくる。
「これが探していたものですか?」
「そうだな。いったん回収して外で確認する」
「はい」
セラはそれ以上、深く聞かなかった。
俺はこの店にとって売り物にならない廃棄品だけをまとめて鞄に入れた。
「助かるよ、廃棄箱が少し空いた」
「こっちも助かった」
「本当に助かった顔だねぇ。そんなゴミで何をするのかは聞かないことにする」
「ああ。聞かないでくれると助かる」
アネットは笑って、空いた木箱を棚の下へ戻した。
「また廃棄品が出たら声をかけようか?」
「いいのか?」
「処分の手間が減るなら、こっちにも得だからね。それにルーカ君が喜んでることくらいは分かるから」
「⋯⋯ありがとう、助かる」
「ただし、危ないもの――爆ぜる魔石とか、呪いが残ってそうなものとかは渡さないから安心して」
「安心だが、そういうのも一度くらい見てはみたい」
「ふふ、そう言うと思った。じゃあ、次から廃棄箱を分けておくよ。街のゴミ拾いさん用にね」
ゴミ拾いさん。
アネットにそう呼ばれても嫌ではなかった。
誰にも価値を見つけられなかったものを拾う。
それが俺の仕事だ。
店を出ると、昼の光が西通りの石畳に落ちていた。
セラの新しい外套の紐が、風で小さく揺れている。
「少し、こっちで見てもいいか」
「はい!」
俺たちは店の横の細い路地へ入った。
人通りの音は聞こえるが、店先からは少し外れている。
俺は鞄を開けて、廃棄品を一つずつ並べた。
割れた筒。
焦げた小さな灯りの部品。
曲がった留め具。
何かの魔道具に使われていたらしい薄い金属片。
その中で、最初に目を引いたのは割れた筒だった。
もとは掃除用の送風具のようだ。
この大きさから考えると、机の隙間や魔道具の溝に詰まった埃を吹き飛ばす道具だろうか。
筒の先は割れ、内部の羽根も砕けている。
細い羽根の欠片が筒口からこぼれかけ、少し動かすだけでかすかに鳴った。
戦いに使うような魔道具ではない。
だが、バラバラに割れた羽根の欠片に、弱い風の名残がいくつも光って見えた。
俺はそれらに指先を近づける。
――《微風・残具》×3を拾いました。
――《微風・残具》×4を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
強くない風。
だが、まっすぐ吹きそうだ。
《疾風・残具》のように一気に押し出す風ではない。
狭い場所へ細く通すための、今の俺でも扱いやすそうな風の名残だった。
「……拾えた」
思わず呟くと、セラが隣で息を止めた。
「私には見えませんが、魔道具の⋯⋯残式ですか?」
「ああ。今欲しかったのはこういう小さい力なんだ」
「小さい力⋯⋯強いものではなくて、ですか?」
「強すぎると反動も大きい。浅瀬で使うなら小さくて扱いやすい方がいい」
セラは布の上の壊れた筒を見つめた。
「こんなに小さな欠片からでも拾えるんですね」
「壊れ方が細かいからだと思う。羽根の欠片ごとに、少しずつ風が残ってるみたいだな」
俺は他の廃棄品を見下ろす。
焦げた灯りの部品。
割れた魔石の殻。
曲がった留め具。
どれもアネットの店では値段をつけられなかったものだ。
だが、その中にも小さな光は残っている。
「他にも拾えそうなものはある。だざ、今はこの風だけでいい」
「全部拾わないんですか?」
「今はダンジョンで使える新しい廃式奥義を作りたい。だから、まずは細く前へ通す風を集める」
「……やっぱり、不思議ですね」
セラは小さくそう言って、壊れた筒と羽根をもう一度見ている。
「私にはただの壊れた破片にしか見えません。でも、ルーカさんにはそこに残っているものが見えているんですよね」
「ああ。全部が分かるわけじゃない。でも、この筒に残っていた風は、今俺が一番欲しい形に近い」
俺は《廃品収納》の中を確認する。
―――――
《微風・残具》×7
《跳雷・誤式》×4
《刺突・欠技》×10
―――――
技のイメージは決まっていた。
大きく斬り裂く一撃ではない。
だが、弱い魔物なら撃ち抜けるくらいの威力は欲しい。
浅瀬で魔物が出たとき、先に一発入れて動きを止める。
小さな相手ならそのまま倒し、大きな相手ならセラが魔術を撃つ時間を作る。
そのための、小さくて速い一手がほしい。
細く押し出す風。
跳ねて走る雷。
前へ突き出す技の失敗。
そう考えながら三つの残式をセットしたところ、視界のスキルツリーの根元に何か色が付き始めた。
―――――
【スキルツリー】
■《廃式奥義》
・構成残式
《微風・残具》
《跳雷・誤式》
《刺突・欠技》
・残式消耗度……0%
・成功率……不明
・銘……未確定
―――――
新しい《廃式奥義》の根が生えていた。




