第3話「ゴミ拾い、焦げ跡を削ってる」
翌朝、俺はダンジョンの入口へ向かった。
背中には一応回収用の鞄、腰には短い鉄べら、手には清掃依頼票が1枚。
装備の確認を終えた冒険者たちが次々とダンジョンへ入っていく横で、俺は入口脇に積まれた壊れた板や折れた矢を《廃品収納》へ放り込んでいた。
《廃品収納》に入るのは、壊れた物や捨てられた物だけだ。
新品の剣はもちろん、まだ使える魔道具や誰かの落とし物さえも入らない。そのため、回収用の鞄も持っている。
《廃品収納》はゴミだけはかなり入るから、清掃員の仕事では重宝していた。
「おい、そこのゴミ拾い。ここの焦げ跡もしっかり削っとけよ」
通りすがりの剣士が、顎で石床を示した。
石床の端が黒く焦げている。
昨日、誰かが入口近くで魔法を暴発させたのだろう。
「……分かった」
俺は膝をつき、鉄べらを脇に置いて焦げ跡に触れた。
黒く焼けた石の表面に、赤い術式の残りが絡んでいる。
火を前へ飛ばすはずだった術式が途中で崩れ、火になりきれなかった力だけが焦げ跡に残っていた。
普通の人には、ただの汚れに見えるだろう。
だが俺には、失敗した魔法の『残式』が見えていた。
壊れた魔道具の奥に残った残式なら、これまでも拾ったことがある。
だが、これは違う。
魔道具ではない。
誰かが撃ち損ねた魔法そのものの残式だ。
「……魔法の残式も、拾えるのか?」
思わず、小さく声が漏れた。
指先でなぞると、赤い残式が少し熱を持ったまま石床から剥がれていく。
――《暴炎・誤式》を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
視界の端に新しい名前が浮かぶ。
《暴炎・誤式》
火の魔法になれなかった、壊れた術式。
誰かが失敗して、床の焦げ跡に捨てていったもの。
それが今、俺の《廃品収納》の中に入った。
胸の奥が一瞬だけ熱くなった。
だが、すぐに息を吐く。
昨日もそうだった。
壊れた魔道具に残っていただけのゴミだ。
魔法の残滓を拾えたからといって、火の魔法が撃てるわけじゃない。
魔道具の残式と同じで、取り出しても名残が漏れるだけだろう。
ただ、それでも魔道具以外の残式を拾えたのは初めてだった。
俺は焦げ跡の黒い汚れを鉄べらで削り、剥がれた煤を袋へまとめる。
その時、入口の上部に据えられた丸い魔道具が、かすかに光った。
――このダンジョンの入口の定点実況カメラだ。
ダンジョンの映像は、この定点カメラや冒険者パーティが持つ『記録石』を通して、ギルド酒場のダンジョン実況盤へ映る。
だが、俺は冒険者ではない。
清掃依頼の作業員だ。
だから俺がカメラに映るのは、入口付近の定点枠に入った時だけだった。
♢◆♢◆♢◆♢
そのころ、ギルド酒場では壁のダンジョン実況盤に小さな入口枠が映っていた。
大画面では、昨日の《銀嶺》の映像が繰り返し流されている。
30層のボスを相手にした派手な戦闘に、朝から酒場の冒険者たちは盛り上がっていた。
その横に並んだ小さな枠の1つに、入口で焦げ跡を削るルーカの姿が映る。
「おい、入口枠にまたいるぞ」
「出た、ゴミチャンネル」
「速報、ゴミ拾い、今日もゴミを拾ってる」
「ってことは、もう9時か。俺もダンジョン行かなきゃな」
「あいつ、時計代わりになるな」
ギルド酒場に笑いが広がった。




