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第2話「ゴミ拾い、英雄を見上げる」

  

「うおおお!」

「30層のボスだ!」

「今の一撃、見たかよ!」


 昼過ぎのギルドに入ると、酒場の方から冒険者たちの声が跳ねた。


 俺は受付横の依頼板へ向かいかけて、つい足を止める。


 ギルド酒場の壁では、大きなダンジョン実況盤が淡く光っていた。


 大画面に映っているのは、この城下街セイネントでも有名なAランクパーティ《銀嶺(シルバーリッジ)》だ。

 俺もずっと憧れているこの街の英雄だ。


 きらびやかな鎧を着た女性剣士が、巨大な甲殻を持つボスの突進を横へ流し、そのまま敵の後ろから飛剣を振るう。機会を待っていた長身の魔術師が、燃え盛る爆炎を連続で叩き込む。

 大盾役の大男が瞬時に仲間の前で盾を広げて完全に守る。弓士の引いた矢は雷を纏いながら、目にも止まらぬ速さでボスの目元へ突き刺さった。


 酒場中が沸いていた。


「さすが《銀嶺(シルバーリッジ)》だ!」

「30層のボス相手に押してる!」

「これ、もしかして倒したら初踏破か?」

「おい、あの剣、魔剣じゃねえのか!?」


 ダンジョン実況盤は、世界中の冒険者ギルドで共有されている映像網だ。


 Cランク以上の冒険者やパーティは、記録石を通して探索の様子が映る。


 視聴数が伸びれば還元金が入り、有名になれば武器工房や商会がスポンサーにつくこともあるらしい。


 だから冒険者たちは、強さだけじゃなく、見られる価値や栄誉を求めていた。


 もちろん、俺も何度も妄想したことがある。


 もし、俺があの大画面に映ったら。

 もし、俺が魔物を倒して、酒場中から名前を呼ばれたら。


 だが現実の俺は、午前中に拾った壊れた腕輪や折れた矢を《廃品収納(ストックヤード)》に入れて戻ってきただけだった。


 受付横の依頼板には、今日も討伐依頼が並んでいる。


 ■街道の角兎の討伐

 ■ダンジョン浅層のEランク魔物の退治

 ■薬草採取の護衛


 どれも冒険者資格が必要な依頼だ。


 俺はその反対側にある古びた別の掲示板を見る。


 ◇清掃依頼

 ◇廃材の整理

 ◇ダンジョン入口の破損品の片づけ

 ◇訓練場の掃除


 冒険者たちには『お手伝い板』と笑われているものだ。


 大画面の中では、Aランク冒険者たちが歓声を浴びていた。

 俺の手元には、お手伝い板から剥がした『ダンジョン入口前の清掃』の依頼票が1枚。


 同じダンジョンに関わっているはずなのに、あちらとこちらでは立っている場所がまるで違った。


◆♢◆♢◆♢


 その夜、安宿の狭い部屋で、俺は《廃品収納(ストックヤード)》を開いた。


 今日回収したものを《分別(ソート)》する。


―――――

【回収した物品】

 ・壊れた腕輪

 ・折れた矢

 ・焦げた金具


【回収した残式】

 ・《疾風・残具(ゲイル・ジャンク)

―――――


 緑色の術式の名残――残式が、視界の中で淡く揺れている。


 壊れた魔道具に残った残式なら、最近になって何度か拾えるようになった。


 だが、拾ったところで使えるわけじゃない。


 俺は《疾風・残式(ゲイル・ジャンク)》を見つめる。

 ふと指先をかざして動かす。

 すると、収納の中から緑の残式がふわりと浮き出てきた。


「え……動かせるのか?」


 一瞬だけ、胸が跳ねた。


 だが、空中に浮いた残式は歪んだまま震えているだけだった。

 もちろん、風を起こす術式には戻らない。

 壊れているからだ。

 式の輪は欠け、流れも途中で切れているように見える。


 俺が指を離した瞬間、ふわっと弱いそよ風が頬を撫でた。


「――いや……名残が漏れただけか。まぁゴミだもんなぁ」


 風の名残が、少しだけ外へ逃げただけだった。


 見える。

 拾える。

 《廃品収納(ストックヤード)》から取り出して動かすこともできる。


 でも、使えるわけじゃないのだ。


 魔道具の残式を拾っても、壊れた魔道具は使えない。

 今の俺には、それ以上のことができなかった。


 俺は椅子にもたれ、天井をぼんやりと見た。


 ダンジョンの未踏破エリアへ挑むAランクパーティ。


 《銀嶺(シルバーリッジ)》は、今ごろ酒場で何度も名前を呼ばれているのだろう。

 今日の映像は記録され、明日には別の街のギルドでも見られるのかもしれない。


 ――俺には関係のない話だ。


 そう思ったのに、視界の中で揺れる緑の残式からは目が離せなかった。


 これはただのゴミだ。

 誰かが失敗して、壊れて、捨てた術式の残り。


 それでも、俺には見える。

 見えているなら、拾わずにはいられなかった。


 俺はため息をつき、明日の依頼票を見た。

 受けられるときなら必ず受ける依頼の一つ。


―――――

 ダンジョン入口付近清掃。

 報酬は銅貨6枚。

 危険あり。

―――――


 その下に、係員の雑な字で追記がある。


 ダンジョン入口付近、地面の汚れと廃材などあり。

 片づけを希望。


 ただの汚れかもしれない。

 ただの壊れた板や折れた矢かもしれない。


 それでもダンジョンで出たゴミなら、何かが残っているかもしれない。


 冒険者としてではない。

 掃除係として、俺はまたダンジョンの入口へ行く。


 ただ、ゴミを拾うために。

 誰かが失敗して捨てたものを、拾うために。



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