第26話「ゴミ拾い、方針を決める」
「セラ、少し下がってくれ」
「はい」
俺が親方へ目を向ける前に、親方はもう壁際へ下がっていた。
「お前は的だけ見てろ」
親方の目は俺ではなく、鞘口と外装に向いている。
どこに熱が返るか。
どの留め具が浮くか。
俺より先に危ない場所を見ようとしているのが分かった。
俺は的へ鞘口を向け、《廃品収納》の中から三つの残式を選んだ。
―――――
【スキルツリー】
■《廃式・疾焔刃》
・構成残式
《疾風・残具》
《暴炎・誤式》
《断斬・欠技》
・補助器
改良された鞘
・安定率……92%
・銘……確定
《廃式・疾焔刃》
―――――
まず風を薄く通す。
鞘の内側を先に走らせ、出口までの道を作る。
次に火を乗せる。
暴れようとする熱を、風の後ろへ押し込む。
最後に斬撃。
火を刃の形へまとめ、前へ向ける。
《分別》の感覚が少し深くなっている。
どの残式を先に通し、どこで重ね、どこで逃がすか。
その流れが前よりはっきりわかった。
鞘口の青白い欠片が白く曇る。
黒い耐熱板の端に、鈍い赤が差した。
だが、前のように熱が腕へ返ってくる感じはない。
――いける。
俺は息を止め、残式の流れを前へ押し出した。
「――《廃式・疾焔刃》!」
勢いよく撃ち出された炎を纏った風刃が、石の的へ斜めに入る。
音が遅れて響き渡ったときには、的は真っ二つに割れていた。
的がただ切れたのではない。
風の斬撃が通った場所から炎が噴き上がったかと思ったときには、爆風が的の根元ごと吹き飛ばしていた。
セラが息を呑む音が聞こえる。
撃ち終えたときには手首を持っていかれそうな衝撃はあった。
だが、以前ほどではない。
鞘の外装の耐熱板がじわりと赤くなり、すぐに色を失っていく。
鞘口の青白い縁金も割れてはいない。
「……いけ……た?」
思わず声が漏れた。
親方が近づき、俺の手から鞘を受け取る。
鞘口を覗き、外装の留め具を指で押し、耐熱板の浮きを確かめた。
「よし、一発は耐えたな。だが、連発は駄目だ。二発目をすぐ撃てば、ここの浮きがもっと広がる」
親方は外装の板の一枚を軽く叩いた。
少しだけ浮いている。
「ただ、熱はしっかり逃げている。少し時間を置いて冷ませば収まるだろう。単発ならしばらくはこのままでも使っていけるはずだ」
その言葉に俺は鞘を見る。
撃った後も形を保っている。
「まぁ、調子に乗るなよ。これは何発も撃つための道具じゃねえ」
「……分かった」
セラは焦げて吹き飛んだ的と俺の手元を見比べていた。
「ルーカさん、腕は……大丈夫ですか?」
「ああ。前よりずっとましだ」
「よかったです。さっき、反動で持っていかれそうに見えたので」
「少し持っていかれた。だが、大丈夫だ」
そう答えると、セラは小さく息を吐いた。
「なら……よかったです」
大げさな言葉ではなかったが、心配してくれたのが分かる。
俺は《廃品収納》の中を確認した。
やはり、今使った三つの残式は消えている。
―――――
《疾風・残具》……消失
《暴炎・誤式》……消失
《断斬・欠技》……消失
―――――
成功すれば残式は消える。
それは分かっていた。
だが、この廃式奥義の構成はしっかりと残っている。
必要な残式をもう一度集めれば、《疾焔刃》はまた撃てる。
「一発は撃てる。だが、浅瀬で何度も撃つつもりならやめておけ」
「……連発は無理か」
「魔物が出るたびに鞘を冷ましてる暇はねえからな」
《疾焔刃》の威力はかなり高いと思う。
だが、ダンジョン浅瀬のレベルで使うには重すぎる。
もっと小さく、もっと反動の軽い《廃式奥義》がいる。
俺がそう考えたところで、親方が鞘を返してきた。
「それでも行くつもりか。ダンジョンの清掃依頼に」
俺は鞘を受け取り、少し黙って考える。
もう手持ちの金はほとんどない。
鞘をもっと使えるようにするにも、残式を集めるにも金がいる。
街の掃除だけでは、もう報酬が足りていなかった。
「……行く必要はある」
親方はすぐには返さなかった。
真っ二つに割れた焦げた石の的。
少し浮いた鞘の耐熱板。
俺の腕へ返った衝撃。
それら全部を見てから、低く言う。
「一人ならやめろ」
俺は何も言えなかった。
「ただ、横で見てるやつがいるなら話は変わる」
親方の視線がセラへ向く。
セラは驚いた顔で、自分の杖を抱え直した。
「私⋯⋯ですか?」
「セラ、ルーカは職業柄か、見つけたものを放っておけねえ性分だ」
親方は俺を見ずに言った。
「拾えると思ったら前に出る。役に立つと思ったら、自分の足元を見るのを忘れる。⋯⋯そこがかなり危なっかしい」
「……はい」
セラは小さく頷いた。
もしかすると、冒険者でもないのにセラを助けに行ったときのことを思い出しているのかもしれない。
「だから、無茶しそうになったら声をかけてやってくれ」
セラは少しだけ俯いた。
その視線は自分の杖に落ちている。
「この前、助けてもらったのは私です」
小さな声だった。
だが、逃げるような弱さではない。
「今日だって、私は的に魔術をしっかり当てられませんでした。だから、今すぐルーカさんを助けるなんて無責任なことは言えません」
セラは顔を上げた。
淡青の瞳がまっすぐ俺を見る。
「でも、見ているだけにもなりたくありません」
そこで一度、言葉を区切る。
「……私も強くなります。助けてもらうだけじゃなくて、ちゃんと横に立てるように」
親方はしばらく黙ってセラを見ていた。
「それでいい」
「……いいんですか?」
「今の自分にできることを分かってるやつは信用できる。できもしねえことを言うやつより、よほどな」
セラは杖を握ったまま、小さく頷いた。
助ける側だと思っていた。
だが、セラはもう、助けられるだけの場所にいるつもりはないらしい。
「……分かった。俺が前に出すぎたら止めてくれ」
「はい」
「俺も、セラの魔術を見る。暴発で終わらせないように、撃った後に残るものまでちゃんと見る。次にどこを直せばいいか、一緒に探す」
セラは少し驚いたように目を揺らした。
それから、杖を胸元で抱え直す。
「よ、よろしくお願いします」
その声は小さかったが、さっきより強かった。
親方が俺の肩を軽く叩く。
「話は決まりだな。俺は工房に戻る。鞘は使ったばかりだから、冷めるまでは乱暴に扱うなよ」
「ああ。分かった」
親方は「じゃあな」と言って、重い足音を響かせて訓練室を出ていった。
俺がぼんやりと親方を見送っていると、扉の近くの石床が小さく光っていることに気付いた。
的を狙ったレイピアの突きだろうか。
それとも弓矢が逸れた跡だろうか。
石床を細く突くような傷跡だ。
「よし、少し片づけてから出るか」
「片づけですか?」
「ああ。借りた部屋だからな」
俺は割れた石の欠片を拾うふりをして、床の傷へ指先を近づけた。
――《刺突・欠技》×3を拾いました。
――《刺突・欠技》×2を拾いました。
――《刺突・欠技》×4を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
これの残式は、斬るための失敗ではない。
突き刺す技の失敗だろう。
俺はさらに床の別の傷にも目を向ける。
的の手前。
壁際。
踏み込みの少し先。
様々な場所にかなりの数がある。
これだけあれば、廃式奥義の構成に組み込みやすくなるだろう。
あと足りないのは、魔道具の残具だ。
俺は何食わぬ顔で石の欠片を端へ寄せ、立ち上がった。
訓練室を出ると、屋内区画の廊下にひんやりした空気が流れていた。
石壁の向こうから、剣を打ち合う音と誰かの掛け声がくぐもって聞こえてくる。
単発なら奥義を撃てる鞘。
少し前へ飛ぶようになったセラの魔術。
次に必要なものは決まっている。
ダンジョン浅瀬へ行く前に、次の廃式奥義を完成させることだ。




