第25話「ゴミ拾い、訓練室で見る」
受付で奥の訓練室を借りたいと伝えると、職員は慣れた様子で貸し出しの申請書を出す。
「1時間ですね。銀貨1枚になります。こちらへ名前と時間をご記入ください」
財布の中にはもう銅貨しか残っていない。
昨日の出費でこれまで貯めてきた、なけなしのお金はほとんど消えていた。
「……今日は、やめておくか」
そう言いかけたとき、横から親方が銀貨を1枚置いた。
「今日は俺が払う」
「いや、これは俺の試し撃ちだから――」
「俺が鍛えた鞘の試験だ。寝る場所までなかったやつがここで見栄を張るな。今日は黙って受け取れ」
親方はそれだけ言い、さっさと受付を済ませてしまった。
セラが少し困ったように俺たちを見る。
「あの、私も使わせてもらうなら……」
「もう払った後だ。早く行くぞ」
荒い言い方だが、そこに嫌な感じはなかった。
案内された訓練室は訓練場の屋内区画にある石造りの部屋だった。
壁も床も厚い石でできていて、奥には黒く焦げた的がいくつか並んでいる。扉を閉めると、外の訓練場の声はほとんど聞こえなくなった。
「⋯⋯じゃあ、先にセラの魔術を見せてくれ」
「私からでいいんですか?」
「ああ。昨日の練習でどこまで変わったか見たい」
セラはこくりと頷き、的の前に立った。
肩に落ちた白い髪が杖を構える動きに合わせて揺れる。
訓練用の杖の先に小さな炎が集まっていく。
「《炎弾》!」
本来なら、そのまま一直線に飛ぶ初級魔術だ。
炎弾が的へ向かったが、途中で少し膨らむ。
俺は思わず身構えた。
しかし、以前のように真横へ弾けなかった。
炎弾は的の端をかすめた後、斜めに外れて石壁の手前で爆ぜる。
強烈な熱風が床をなめ、黒い焦げ跡が辺りに広がった。
「……真横じゃない」
俺が呟くと、セラは杖を下ろして小さく息を吐いた。
「昨日はそれだけをずっと練習しました。まだ的にはしっかりとは当たりません。でも、前よりは……」
「ああ。かなり変わってる。すごいじゃないか、セラ!」
言いながら、俺は思わずセラの手を握っていた。
「えっ……」
セラの指先が、俺の手の中で小さく跳ねる。
「昨日のたった一日でここまで変えたんだろ。真横に弾けていた炎弾が、ちゃんと前に進もうとしてる」
「あ、あの……ルーカさん」
「⋯⋯ん?」
セラの声で、ようやく自分の手元を見た。
俺はセラの手を握ったままだった。
細い指先は魔術を撃った後だからか少し熱を持っていて、慌てて離すとセラは握られていた手を胸元へ引き寄せた。
「わ、悪い。嬉しくて、つい」
「う、うれしく……て?」
セラが小さく繰り返した。
その言葉を確かめるように、透き通った淡青色の目が俺を見る。
セラの頬が一気に赤くなっていた。
「だって、昨日ずっと練習したんだろ。ちゃんと変わってるのを見たら、嬉しいに決まってる」
「……っ」
セラは何か言おうとして、言葉を飲み込んだ。
白い髪の先が頬にかかり、その奥で耳まで赤くなっている。
「い、いえ……大丈夫、です」
「怒ってるのか?」
「⋯⋯怒ってません」
即答だった。
だが、視線は合わない。
「ただ、その……急だったので」
「悪かった」
「いえ。褒めてもらえたのは……嬉しかったです」
最後の声は小さかった。
だが、杖を抱える指の力はさっきよりずっと柔らかくなっていた。
「撃った跡を見てもいいか?」
「は、はい!」
「今の時点ではどこで崩れているか、もう少し分かるかもしれない」
セラはすぐに頷いた。
「お願いします」
俺は炎が消えてから、爆ぜた跡へしゃがみ込む。
石床には大きな黒く焦げが残り、その端だけが斜めに伸びていた。
以前のセラの暴発とは違う。
火が勝手に膨らんだだけではない。
中で何かが押し合い、風だけが少し違う形で残っている。
俺は指先を近づけた。
――《暴炎・誤式》を拾いました。
――《乱水・誤式》を拾いました。
――《疾風・誤式》を拾いました。
――《崩土・誤式》を拾いました。
――《跳雷・誤式》を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
やっぱりだ。
――風だけ前と違う。
前に拾ったのは《旋風・誤式》だった。
だが、今残っていたのは《疾風・誤式》。
火も、水も、土も、雷もまだ荒れている。
それでも風だけは、ただ渦になって暴れる形ではなくなっている。
「セラ」
「はい」
「昨日の練習は無駄じゃない。やはり風が変わってる」
「風が……?」
「ああ。まだ成功じゃないが、前と同じ失敗ではない」
「焦げ跡でそこまで分かるんですか?」
「全部じゃないが、前に見たときと残り方が違うのは分かるんだ。火が横に持っていかれる感じが減ってる」
セラは少しだけ唇を結んだ。
それから胸の前で杖を抱き直す。
「私……もう少し続ければ、当たるでしょうか」
「俺は当たるようになると思う。努力を続ければ」
俺がそう言うと、セラは小さく息を吸った。
「なら、続けます」
その声にはさっきまでの不安が薄れていた。
親方が少し離れた場所で腕を組み、俺の鞘へ視線を向ける。
「嬢ちゃんの方は一歩進んだんだな」
親方はそう言うと、俺の手元を顎で示した。
「次はお前だ、ルーカ」
「ああ」
俺は改良された鞘を握り直した。
黒い耐熱板が鞘の外側に細く重なっている。
鞘口に噛ませた青白い縁金は、訓練室の光を受けて冷たく光っていた。
セラの魔術は前へ進み始めた。
なら、次は俺の番だ。




