第23話「ゴミ拾い、鞘が変わる」
鍛冶場に戻ると、親方は炉の横で古い金具を選り分けていた。
俺を見るなり、視線が小箱へ向く。
「買えたか?」
「ああ。保冷筒の縁金と排熱用の魔道具に入っていた耐熱板だ。あと、おまけで壊れた送風具の羽根も入れてくれた」
「見せてみろ」
俺は作業台に小箱を置き、蓋を開けた。
親方はまず青白い縁金を取る。
欠けた縁を爪で軽く弾き、次に黒く焼けた耐熱板を持って炉の光に透かした。
「悪くない」
「……高かった」
「だろうな。だが、ちゃんと使える物を出してくれているな」
それを聞いて、少しだけ安心した。
最後に親方は小箱の隅に入っていた羽根をつまみ上げた。
曲がった金属製の羽根はかなり薄く、端が少し欠けている。
「これは送風具の⋯⋯羽根⋯⋯か?」
「そうだ。アネットは使えなかったら捨てていいって言ってた」
「鞘には使わんな。薄すぎるし、加工したとしてもここには付けられんだろう。お前が好きにしたらいい」
「そうか、わかった」
「だが、悪い部品じゃない。風を送る魔道具の端材だ。何かには使えるかもしれん」
親方はそう言って、送風具の羽根を作業台の端へ置いた。
その羽根の奥には薄い緑光が見えた。
だが、今はまだ拾わない。
鞘には使わないと判断したのなら、後でゆっくり拾えばいい。
親方は焦げ付いた鞘を作業台に置き、保冷筒の縁金と耐熱板を横へ並べる。
「壊れたまま使える形に変える。今日はそこまでだ」
「撃つの――」
「――撃つな」
早い。最後まで言っていない。
「お前は顔に出る」
「……分かった」
親方はまったく信用していないといった顔で鼻を鳴らし、鍛冶道具の小刀と細い鑢を手に取った。
作業は思っていたよりかなり時間がかかった。
保冷筒の縁金は丸ごと使わない。
親方は欠けたところを避け、青白い部分だけを少しずつ削り出していく。
小さな欠片は月の切れ端みたいな形になり、焦げた鞘口の周りへ噛ませられた。
「ここで一度、熱を受ける」
次に耐熱板を薄く切り分ける。
黒く焼けた板は何枚かの細長い板になり、鞘の外側へ斜めに並べられていった。
板の向きがそろい、鞘口から外側へ流れるように重なっていく。
焦げ付いた革の上に、黒い鱗みたいな外装ができていった。
「……かなり本格的だな」
「当たり前だ。昨日の改良が効かなかったんだ」
「見た目がここまで変わるとは思っていなかった」
「そこは大事だからな。形が悪いと使いにくい。見た目だけの話じゃない」
親方は古い留め具を選び、耐熱板の上から軽く叩いた。
新品の金具ではない。黒ずんでいて少し歪んでいるものだ。
何度も合わせては外し、角度を変え、また叩く。
◆♢◆♢◆
作業は昼を過ぎても終わらなかった。
俺は途中で手伝おうとしたが、親方に一言で止められた。
「今は見てるか、休んでいろ」
それ以上、俺は何も言えなかった。
◆♢◆♢◆
夕方になり、炉の赤い光が工房の壁に濃く映る頃、親方は最後の留め具を叩いた。
カンカンカン、と乾いた音が鳴る。
「よし。とりあえずこれで完成だ」
作業台の上に置かれた鞘を見て、俺はしばらく言葉が出なかった。
焦げ跡は残っている。
ひびも完全には消えていない。
だが、それでも焦げ付いて壊れかけていた鞘には見えなかった。
鞘口には青白い縁金の欠片が浅く噛み、薄い牙みたいに光っている。
外側には黒い耐熱板が斜めに重なり、焦げた革の上を覆っていた。
古い留め具はくすんだ黒銀色で、ところどころに傷がある。
それでも不格好ではない。
むしろ、捨てられた部品が集まってこの鞘ならではの造形になっていた。
使い込まれた傷や焼けた跡、そして壊れた魔道具の欠片が噛み合っているのがわかる。
これは《廃式奥義》を通すために作られた――俺だけの専用武器だ。
「かっこいい……これ、本当に俺の鞘か……」
「まだ形だけだぞ。撃てるかどうかは明日やってみないと分からん」
親方はそう言いながら、炉から短い鉄棒を取り出した。
赤く熱した先端を鞘口の近くへ寄せる。
ジュジュ、と小さな音がする。
青白い欠片が一瞬だけ白く曇った。
次に、黒い耐熱板の端が鈍く赤くなり、すぐに色が引く。
「うまく熱は散ったようだ。あとはお前の力とやらを通したときにどうなるか……」
親方は鞘を作業台に置き、指で軽く叩いた。
「試すなら明日、ギルドの訓練場を借りろ。人のいない場所で俺が見ている前でやれ」
「親方も来るのか」
「俺がここまで技術を込めたものがどうなるか、見ないわけはないだろ。もし目の前で壊れたなら、また直してやる。いや、直したら駄目なのか……じゃあまた変えてやる」
気づけば、外は暗くなっていた。
朝からまともに食べていない。
それは親方も同じだ。
「親方、ちょっと出てくる」
「どこへ行く」
「少し待っててくれ」
飯を買いに行くと言えば、たぶん止められる。
俺は返事を待たずに鍛冶場を出た。
外の通りはもう薄暗く、屋台の火だけがぽつぽつと残っていた。
財布の中身は分かっている。
分かっているからこそ、屋台の前で少しだけ迷った。
親方はここまでずっと手を動かしてくれていた。
昨日の補強が一発で駄目になったことを気にしているのも何となく分かる。
乗りかかった船だと言いながら、代金の話は一度も出してこない。
屋台には薄い麦パンで具を巻いた包み焼きが並んでいた。
一番安いのは豆だけを包んだものだったが、俺は少し迷って肉入りの大きいものを選んだ。
お金がまた減る。
それでも、今日はこれを買うべきだと思った。
鍛冶場へ戻ると、親方はまだ鞘を見ていた。
作業台の上で角度を変え、鞘口と外側の板を確かめている。
「親方、これ」
「あぁ?」
「親方の分だ」
親方は包みを見て、眉を寄せた。
「肉入りじゃねえか。金がねえくせに……馬鹿か」
「たまにはいいだろ」
「ったく……」
そう言いながら、親方は包み焼きを受け取った。
文句を言うわりに、食べるのは早かった。
飯を食べ終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。
今日の宿代を払えば、手元の金はさらに減る。
明日の朝飯代まで考えると、今日はどこか軒下で眠るしかない。
俺が荷物をまとめようとすると、親方が低く言った。
「どこへ行く気だ」
「外で寝る」
「おい、待て」
「……金がない」
「お前、そんな状態で俺にまで気を使うな」
「……それは」
「寝るだけなら奥を使え。ただの物置だ。文句は言うなよ」
親方は鍛冶場の奥を顎で示した。
「いいのか?」
「明日、訓練場へ行くんだろ。寝不足になってもらっても困る」
「……ありがとう」
「礼は明日、鞘を壊さずに済んでから言え」
その日、俺は初めて依頼を受けなかった。
街を回らず、拾う仕事もせず、稼ぎもほとんどない。
代わりに、この鞘は特別なものになった。
鍛冶場の奥で横になりながら、俺は作業台の上に置かれた鞘を見る。
鞘口の青白い欠片が、炉の残り火の中でかすかに光っていた。
明日、あれが本当に《廃式奥義》に耐えられるか分かる。
――待て。
そこで、ようやく気づいた。
鞘は完成した。
試す場所も決まった。
だが、肝心の撃つための『残式』が足りない。
そう思った時、作業台の端に置かれた送風具の羽根が目に入った。
親方が鞘には使わないと言った、曲がった細い5枚の羽根。
古びた金属の奥に、俺だけに見える淡い光が残っている。
これはもう鞘には使わない。
売り物でもない。
アネットがおまけで入れてくれた、半端な端材だ。
俺は起き上がり、作業台へ近づいた。
親方は炉の火を落とした後、奥の方で道具を片づけている。
その羽根の緑光に指先で触れる。
――《疾風・残具》×5を拾いました。
――《廃品収納》に登録されました。
風の残式がか2つも戻ってきた。
火はある。昨日、セラの暴発した火球の跡から《暴炎・誤式》をいくつか拾えていた。
3つの残式中、手元にないのは残り1つ。
足りないのは、最後に斬る向きを決める技の残式だ。
――《断斬・欠技》
訓練場にある確率が一番高いだろう。
土壇場だが、そこで拾って組むしかない。
鞘は完成した。
風と火の残式もある。
あとは明日、最後の一つを拾えるかどうかだった。




