第22話「ゴミ拾い、術式を拾わない」
親方に言われた西通りへ向かう。
聞いていた場所に着くと、店先には割れたランプや曲がった金属の輪などが入口横の箱に詰められていた。
その建物には細い看板が掛かっている。
――壊れた魔道具、買い取り・分解・修理などお任せを。
店名は書いていない。
俺は鞘を抱え直し、その魔道具屋らしい店の扉へ手をかけた。
中へ入ると、思っていたよりずっと整った店だった。
新品の魔道具や修理されて動くようになった中古品も置かれている。
だが、この店の主役は壊れた魔道具らしい。
棚には割れた灯り、焦げた薄板、欠けた金属輪、小さな魔石の殻などが種類ごとに並んでいる。
店内の端に置かれた木箱には値引き札がかかり、普通なら捨てられそうな部品まで丁寧に分けられていた。
ただのガラクタ置き場ではない。
壊れた魔道具の中にある、まだ使える部分を探す――そんな店だ。
「いらっしゃい。売りに来たの? それとも買いに来たの?」
棚の奥から顔を出したのは親方が言っていた通り、若い綺麗な女の人だった。
淡い栗色の髪を後ろでまとめ、作業用の前掛けをつけている。目元は柔らかいが、指先には細かな火傷の跡があり、爪の縁には黒い油が残っていた。
職人の手だ。
「買いに来た。北通りの鍛冶場の親方に、ここへ行けって言われて」
「鍛冶場……親方……?」
女の人は俺の抱えている布包みに目を落とした。
「うーん、ゴルドさんかな?」
「……ゴルドさん?」
「もしかして⋯⋯名前を知らずに親方って呼んでたの?」
「ああ。ずっと親方だったから」
女の人は少し笑う。
「それで通じるのもあの人らしいね。私はアネット。この店の店主だよ」
アネットは作業台の上を片づけ、そこを指で示した。
「ゴルドさんが寄こしたなら、普通の買い物じゃないでしょ。それ、見せてみて」
俺は布をほどき、焦げついた鞘を置いた。
アネットの目つきが変わる。
焦げついた鞘口や革紐、浮きかけた口金、内側の黒ずみやひび割れ。
それらを順に見た後、細い棒で鞘の中を軽くなぞった。
「これ、魔道具じゃないね」
「元は普通の鞘らしい。捨てられていたのを拾った」
「だよね。回路も魔石もない。でも中から焼けてる。外から燃やしたなら、この焦げ方にはならない」
「いろいろあってこれが魔術の通り道みたいになってる」
「この壊れてる鞘が?」
「ああ」
「なるほど……ゴルドさんがこっちへ寄越すわけだ」
アネットは鞘を台に戻し、奥の棚へ向かった。
「これを魔道具へ改良するのは無理だよ。何に使うかは聞かない。でも、この焼け方なら、熱をどうにかしたいんだよね」
「……なぜ分かる?」
「中から焼けてるから。外から燃やした焦げ方じゃない。だったら、保冷系の廃品と熱に強い部品を見た方がいいと思う」
そう言って、アネットは棚の下から浅い木箱を引き出した。
中には欠けた青白い縁金と黒く焼けた板状の素材が入っている。
「これは壊れた保冷筒の縁金。薬瓶や小さな魔石を冷やしておく筒型の魔道具だったんだけど、筒の方は割れてもう使えない。でも、この縁金には保冷の効果がまだ残ってる」
アネットが青白い縁金を台に置く。
欠けているのに、近づけた指先が少し冷えた。
「こっちは排熱用の魔道具に入っていた耐熱板だね。魔道具自体は壊れているけど、熱には強いから材料にはなると思う」
「詳細は親方が決めるってことか」
「うん。私は使えそうな部品を選ぶだけ。どう使うかはゴルドさんの仕事だよ」
俺は台に置かれた保冷筒の縁金と耐熱板を見た。
どちらも壊れた魔道具の一部だ。
親方が言っていたのは、熱を受けるものと熱を外へ散らすもの。
この二つなら、その材料になるかもしれない。
「……ゴルドとはどういう関係なんだ?」
思わず気になっていたことを聞いてみた。
「うーん、そうだね。関係って言っても古い取引相手だよ。先代の頃から、よく魔道具や材料を見に来てくれてた」
「先代……親方も言っていた」
「……私のお母さん。もう死んじゃったけどね。普通の人なら捨てるような魔道具や部品でも、ゴルドさんは真面目に見てくれてたんだ」
「……親方らしいな」
「だからお母さんも、ゴルドさんには変な物を出さなかった。壊れた物の良いところを見てくれる職人は少ないって、よく言ってたよ」
「……いい人だったんだな」
アネットは少しだけ懐かしそうに笑った。
「だから、今の私もゴルドさん相手には変な物は出せない。雑そうに見えるところもあるけど、あの人はちゃんと見てるから」
「……それは分かる。俺の職業でもまともに取り合ってくれる鍛冶師だから」
それを聞いて、アネットは小さく微笑んだ。
そのとき、台に置かれた青白い縁金と耐熱板が、俺の目に小さく光って見えた。
――二つとも『残式』が拾える。
魔道具そのものではなく、壊れた部品の一部だ。
それでも中に残式が残っていれば、俺には見える。
指が少し動きかけたが、俺はそこで止めた。
今これを拾ってしまえば、この部品に残ったものは俺の中へ移る。
目の前のものはただの壊れた廃材になる可能性が高い。
それに、まだこれは俺の物でもない。
親方が必要としているのは、この鞘に組み込める効果や性質の残った部品だ。
「これでいい?」
「ああ。今日はこの二つにする」
「そう。じゃあ、こっちの縁金と耐熱板を包んでおくね」
アネットは小箱に保冷筒の縁金と耐熱板を収め、部品同士がこすれないよう木片で隙間を作った。
「銀貨5枚と銅貨8枚。一応、再利用できる廃品だからね。ただのゴミってほどは安くないよ」
高い。
そう言いかけて、俺は財布の中身を思い浮かべた。
毎日働けば、それなりには稼げる。
だが、宿代と食事代、細かい消耗品代を払えば、手元には銅貨が数枚残るくらいの生活だ。
銀貨5枚と銅貨8枚。
俺にとってはかなり重い。およそ1週間の宿と朝食代に等しい。
だが、これはただの買い物じゃない。
今後、《廃式奥義》を撃つために必要な部品になる可能性が高い。
「……分かった」
俺は代金を払った。
少しずつ貯めていた分まで、ほとんど消えた。
さらに今日の宿代と食事代を払えば、手元に残るのはわずかだ。
アネットは受け取った硬貨を確かめると、少しだけ考えて棚の端へ手を伸ばした。
「じゃあこれはおまけで入れておく」
「それは?」
「壊れた送風具の羽根。風を送る魔道具の一部だけど、軸が折れてるからもう回らない。外装に使うには薄すぎるし、売り物として値をつけるほどでもない」
アネットは曲がった羽根を2枚、小箱の隅へ入れた。
「ゴルドさんなら、使えるか使えないか見れば分かると思う。使えなかったら捨てていいよ」
「いいのか?」
「この廃品の価値を理解して、これだけ払ってくれたならね。端材くらいはサービスするよ」
小箱の隅に入った送風具の羽根にも、薄い緑光が残っていた。
だが、それにも今は触れない。
親方が使うかどうかを見てからでいい。
拾えるものは全て拾う――それでは駄目なこともある。
鞘を使えるようにするにも、残式を集めるにも金がいることを実感した。
街の掃除だけで何とかするには、もう厳しいとも思う。
ギルドの臨時補助員になれた今なら、ダンジョン浅瀬の清掃依頼も受けられる。
危険はあるが、報酬は街の仕事より高いし、壊れた魔道具や失敗した魔術の跡も多いはずだ。
――もっと金がいる。
そのためには、浅瀬へ入るしかない。
アネットは小箱を渡す前に、もう一度だけ俺の持つ鞘を見た。
「形になったら、また見せに来て」
「……うまくいけば今後も世話になるかもしれない」
「ふふ、秘密がある顔だね」
「親方にも余計なことは話すなって言われた」
「それは正しいね。ゴルドさんにしては珍しく慎重だ」
アネットはそれ以上聞かず、小箱の蓋を軽く押さえた。
「これは廃品だけど、使える廃品だからね。雑に扱わないで」
「ああ」
俺は小箱と焦げた鞘を抱え、店の扉へ向かった。
《廃品収納》には入れない。
腕にかかる重さごと持って帰りたかった。
これはただの廃品じゃない。
今の俺にはもう一度《廃式奥義》へ近づくための重要な部品だ。
俺は小箱を抱え直し、親方のいる鍛冶場へ戻った。




